第17話 ドラゴン狩り

 

 アルウ、ノルン、俺の3人は夜の闇をこえて、湖へやって来ていた。


 特別に作成してもらった情報をたよりに、湖と隣接している洞窟へとむかう。


「ん、ちょっと明るくなって来たかも」


 薄ら明るくなる空を見上げてアルウはつぶやく。


「チャチャっと倒せば、街が目を覚ます頃には帰れるな。よし、アルウ、ノルン、気合入れていくぞ」

「ねぇ、もしかしなくても、また私たちが行くんですか、大先輩」

「強化はする」

「それっていくって事だよね、後輩バルトメロイ


 むむ、何やら2人の少女から非難する視線を感じるな。


「やっぱり、肉弾戦したくない……?」


 全力で頭を縦に振る2人。

 今回は俺の魔導弓もあるが、それでダメだった場合、2人にはポルタの時のように俗に言う″いってもらう″ことを期待してたのだが、どうにも感触が良くない。


 俺は、強化する側なのでわからないが、アレって自分が強くなった気分になれるんだろうし、みんな喜んでんのかと思ったが、もしかして全然そんなことないのか。


「天然かよ。まともな思考してほしい、後輩バルトメロイ。私たち魔術師でしょ」

「大先輩! 目を覚ましてください! ちょっとその考え方、狂気じみてますよ!」


 言われてみれば、そうもそうか。


「なら、バルトメロイ・セットより少し手が掛かるけど…… ≪術式補佐じゅつしきほさ・ランク3≫≪魔力供給まりょくきょうきゅう・ランク3≫≪クオリティアップ・ランク3≫≪現象強化げんしょうきょうか・ランク3≫≪魔感覚強化まかんかくきょうか・ランク1≫ーーくらいか。ほかなんかあったかな」


 久しぶりに使う魔術師よう強化魔術バフを思い出しながら、一通りノルンとアルウを仕上げていく。


 彼らにかけた強化魔術は、そのすべてが魔術師用に調整された俺のオリジナルスペルだ。


 ≪術式補佐じゅつしきほさ・ランク〜≫

 魔術行使の際、脳内で処理される術式を、術者が肩代わりして、より素早く魔術を展開したり、高度な魔術を行使するのを助ける。


 ≪魔力供給まりょくきょうきゅう・ランク〜≫

 術者自身から対象者へ、直接の魔力供給を行い、魔術にこめられる魔力量を増加させる。


 ≪クオリティアップ・ランク〜≫

 魔力が『現象』になる際に走るノイズ・魔力の変換損失ロストを減らし、高水準の魔術を行使しやすくする。


 ≪現象強化げんしょうきょうか・ランク〜≫

 魔術がもたらす『現象』を単純増幅させる。


 ≪魔感覚強化まかんかくきょうか・ランク〜≫

 人間誰しもが持つ『魔感覚』の感度をあげて、魔術師が魔術を使う環境を最適化する。


「うん、他にもいくつかあるけど、これで十分だろう。さっ、行こうぜ、2人とも。……どした、固まって」


 ノルン、アルウ、どちらも目を見開いて自身の手を見下ろし、ぽかんと口を開けている。


「な、なん、ですか、大先輩……こんな世界が、あるなんて……」

「……後輩バルトメロイ、ちょっと私にドラゴンと戦わせてほしい」


 わなわなと震えて瞠目しているノルンとは違い、アルウはまっすぐに俺の目を見つめて言ってきた。


 俺も魔導弓がドラゴンに通用するか確かめたかったが……まあ、いいか。


 俺は黙して、道を開けて、洞窟のなかへアルウに先頭をしてもらう。


 湿った暗い岩肌をつたい、しばらく歩く。


 すると、湖から繋がっている水面が、朝日をほんわりと反射する蒼い壁を照らしてるのを見つける。


 艶々としており、微妙に動いている壁。


 それは、ゆっくりと首をもたげると、はるか頭上から俺たちのことを見下ろしてきた。


「これは……! モイスティドラゴンか!」


 知識だけの存在をこの目で見られて感激だ。


 モイスティドラゴン、成体ならば20メートルにも達する長い胴体をもつようになる、ヘビみたいな水の竜。

 いつからか人間の現代魔術に似た魔術を使いはじめ、魔力を属性変換してあつかう器用な魔物だ。

 風と水の二重属性をあつかい、空でも水中でも無類の強さを誇るとか。


「先手必勝! 目を狙えよ!」

「あ、こら、後輩バルトメロイ! 約束が違う!」


 魔導弓の試し射ちを我慢できず、見下ろしてくるモイスティドラゴンの顔へ狙いをつける。


 矢ゴーレムにちゃんと指示をだしてから、速射する。


 水面の光にうっすら輝く青い軌跡が、モイスティドラゴンの目に突き刺さった。


「グォォォォォオオ!」

「あ、怒らせた」

「大先輩、避けてください!」


 とぐろを巻き、洞窟を揺らしながら20メートルの巨体がせまってくる。


 ノルンに押し倒されて、間一髪回避。


 崩れる岩肌から、隅の方へ逃げて、押しつぶされないように祈る。


 その間にモイスティドラゴンは、暴れながら洞窟の外へと飛び出していってしまった。


「痛てて、ありがとう、ノルン。今のは危なかった」

「本当な仕方のない大先輩ですね、もう」


 ローブをはたいて、ホッと一息をつく。


 にしても、まずったな。

 思ったより、ダメージが少ないか。

 魔導弓はまだまだ威力をあげる必要がありそうだ。


後輩バルトメロイ。数分で約束を破るなんて……これはもう戦争だよ」

「ぅ、ごめん、先に射って悪かった。本当に。だから、そんな恐い顔するなよ。可愛い顔がだいなしだぞ」


 アルウからジト目を向けられ、立つ瀬がない。


「ん、外で凄い魔力を感じますね、出てみましょう」


 先導して入り口へむかうノルン。


 確かに高い魔力の集中を湖の上空に感じる。


 これは、やってしまったかな。


 恐る恐る、洞窟をでてみるとソイツは待っていた。


 小さな嵐をつくりだし、無数の水滴に囲まれながら、明け方の朝焼けを背負って浮いている。


 片目の潰れたモイスティドラゴン。

 どうやら、完全に殺る気にさせてしまったらしい。


 あれだけ風と水の壁を纏われては、俺の矢は届かないだろう。


「ゴーレム、動け」


 モイスティドラゴンの目に刺さった矢ゴーレムに指示をだし、傷口をえぐらせる。


 だが、どうやら魔力の壁が相当に厚いらしく、うまく指示が通らない。


 うつて無しかと諦めた時、アルウが一歩前へ出た。


「スゥ……≪火炎弾かえんだん≫」


 唱えられるアルウの魔術。

 ポルタ相手に弾かれていた魔術は、紅い槍となって空気を焼き焦がしながら飛翔する。


 湖のうえに展開された無数の風と水の断絶。

 そのすべてに「なんぼのもんじゃい」と、一蹴するかのように、風水の壁に、輝く紅点をうがち空けて火の魔力は竜へと至った。


「グォォォォォオオッ!?」


 そして、モイスティドラゴンは叫びながらーー爆散した。


「ぁ、」


 湖と周辺の森にふりそそぐ、血の雨。

 大部分が火属性魔力によって、蒸発させられているが、わずかに肉片らしきモノもふってくる。


 恍惚こうこつとした表情をうかべるアルウ。

 洞窟のなかで汚れないようする避難するノルン。


 そして、俺は……泣いた。

 素材が散っていき、どこに収穫をもとめればいいのかわからない現実に。


「ぁぁぁ、牙、牙ぁあ……ッ! 竜の牙が必要なんだよっ! ぁああ、ぁああ!」

「ふぅ。私、最高かも」


 幸せいっぱいの少女の横で、俺は駆けだす。

 一本でも多くの、ドラゴンの牙を手に入れるために。


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