第29話 破壊王と耐久王
「本当に素晴らしい破壊だ」
内臓を揺らす重低音が、都市中に響き渡ったのち、レドモンドは瓦礫の丘に舞い戻って、出来上がった巨大なクレーターを見下ろしていた。
積み重なった宮殿の残骸は、ものの見事に吹き飛ばされ、地はいまだに赤く熱を持っている。
もしそこに人がいたなら蒸発していたことだろう。
レドモンドはあたりを見渡して、望む美しい女神の姿がないことを悟ると、肩をおとした。
期待を裏切られたとばかりに、残念そうに、寂しそうに眉を歪めている。
「ーー」
ふと、彼の背後に″何もない″空間から人影が出現した。
ーージャリ
瓦礫を踏む音に、気づいて振り返るレドモンド。
「このクソカス下郎ぉおー!」
「っ、『爆撃のーーぐぼへぇ!?」
素手でぶん殴られ、レドモンドが赤く火照った地面に転がり落ちる。
「熱っ、ぐっ、どうして、後ろに……!」
仕立ての良い礼服を焦がしながら、レドモンドは立ちあがり、驚愕の顔で虚空から現れたギラーテアを見つめる。
だが、すぐに目の色を変えると「流石は『爆撃の女神』、自分は爆死しないと」と楽しげに笑った。
「はは、いや、しかし、本当にどうやって生き残ったんですか? 死ぬとは思ってなかったですけど、殺す気で破壊したのですか?」
「何も面白くないわよ。今のは仲間の力を借りただけ。『
「……なるほど、あの魔眼は先生が興味を持っていましたが、いろんな使い方ができるようですね」
レドモンドは納得いかないような顔だが、一応は理解したという風にうなづいた。
(プリズナーの魔眼の力を勝手に使っちゃう本人にすごく迷惑な借り物の魔術だけど、今のは仕方がなかった……あとで、ちゃんと謝らないとね)
ギラーテアは頼りになる仲間の姿を思い、目つき鋭くレドモンドを睨んだ。
「人間を爆弾にして、相手とともに自爆させるなんて……ここまでのクソ野郎は流石に会ったことがないわ。どうしてこんな酷い魔術を創り出したの?」
「ノンノン、勘違いしてますよ。僕が創ったのは人間を爆弾に変えるまでです。言ったじゃないですか、これは先生との
レドモンドは青い髪をなでて、呑気にクレーターをのぼりながら話しはじめた。
「僕がつくり、先生が操り、爆破する。爆弾の素材はどこにでもある人間です。人がいる限り、いくらでも兵器を用意できる強み、そして体内魔力を暴走させて得られる至高の破壊、しかも自分から相手を追いかけて確実に命中させるんですよ。素晴らしいとは思いませんか?」
悪魔のような思考。
ギラーテアは我慢ならず、レドモンドへ風の魔力を叩きつけた。
が、レドモンドもまた一流の魔術師。
策なしの正面からの魔術は、簡単に弾かれてしまう。
「いや、実は困ってるんです。さっきの一撃で近辺の″作品″たちはあらかた使ってしまいましてね。奇襲を仕掛けるにも、時間がかかる。かと言って決闘魔術戦をいどむには、いささか僕の方が不利だ」
「なら、はやく降参して、自分を芸術に変えて土に還ったら? 虫みたいにずっと地中で暮らして、二度と人間になっちゃダメだからね」
「これは手厳しい。だけど、それがいい。はは、『爆撃の女神』考えてみてください、どうして僕がこんなに余裕をもっているのか」
「いや、全然」
レドモンドは「簡単です」とひとつ指をたてる。
「もう僕の勝ちは決定しているからですよ」
「は? あんまり舐めた事言ってると、あんたのチ○コ引っこ抜いて内臓をひきずりまわして爆破するけど、いいわけ?」
ギラーテアは仲間に対するお姉ちゃんモードではなく、完全に
「僕がどうやって爆弾人間をつくるか教えましょう。まず、必要なのは時間だ。そうですね、1年くらいは掛かる。時間が経って熟成するほど個体の火力はあがります。では、どうやって人体を作り替えるのか。簡単ですよ、
レドモンドは舌を出して、その腹を指差した。
「クリスト・テレスは食料供給に優れた土壌をもった都市国家です。ここから生まれる食べ物は、都市国家中に行き渡る」
「………………ちょっと、待って、あんた、もしかしてーー」
ギラーテアの脳裏を最悪の予想が通り過ぎていく。
「僕の
レドモンドは自慢の論説を講義する博識者のように、つらつらと言葉を並べていき、ひとり恍惚とした表情で「僕は天才だ……」とつぶやいた。
ギラーテアは眉間にしわを寄せ、ドン引きだ。
「気持ち悪すぎて、言葉がでないんだけど……」
「おや、そんなこと言っていいんですか。僕の女神、もう
「……嘘でしょ?」
「いえ、本当ですよ。これがさっきの問いかけの答えです。いつだってあなたを殺せるから、僕はこれほどに余裕があるんです」
レドモンドは粘質な笑みで、固まるギラーテアの前にたつ。
そして、彼女の白い首に手をそえて、撫でまわしはじました。
「それでいいんですよ、それが一番賢い。……はは、ついにこの時が来た。アイギスと同一視されるのが嫌だったから、今まで抑えてきたけれど、やはり羨望した美女が手に入るとなると興奮するものですね」
レドモンドは頬を薄っすらと染めて、ギラーテアの首に顔を顔をうずめる。鼻をスンスンっと動かして彼女の匂いを楽しんでいるらしい。
だが、邪悪な思惑とは得てして上手くはいかないものだ。
ギラーテアはひどく冷たい眼差しで、不快感を極めて甘えてくる男の青い髪を鷲掴みにした。
「へ?」
固まるレドモンド。
ギラーテアは無言のまま股の下に膝蹴りを打ちこんだ。
「ぐが、ぁ!?」
「触らないで、本当に気持ち悪い、さっさと死になさいよ」
絶対にないと思い込んでいた反撃に、レドモンドは顔に冷や汗をうかべる。
が、すぐにギラーテアに右フックがレドモンドの顎を打ち、『破壊王』は地面に倒れふした。
「ぁ、が、うぅ! ばか、なのか!? いつだって殺せるって言ってる、だろ!」
「だったらやりぁいいじゃない。こんなクソの言いなりになるなら、死んだ方がずっとマシでしょ」
「ぐ、そ? ぅ、僕たちは、都市国家連合の全人口の半分を爆弾人間に、作り変え終わってる! そのすべてが、人質だと、わからない、のか! 僕たちは、絶対に勝てる準備をしたから、戦争を始めようとしてるんだ! これは嘘、じゃない!」
「あっそ。じゃあたしが爆弾人間って方は嘘なわけ?」
「っ、ちが、お前も爆弾に変えてーーぐぼへぇ!」
落とした短杖に、さりげなく手を伸ばしていたレドモンドの顎が蹴り上げられる。
ギラーテアは、仰向けに倒れ痛みにあえぐレドモンドの胸へ足を乗せ、顔面へ杖を突きつけた。
恐怖の色を瞳に宿し、とっさに顔を隠すレドモンド。
しかし、その程度でギラーテアの魔術を防げるはずもない。
「≪
ーーゴキャ
風の力に、レドモンドの顔を覆っていた手は砕け、後頭部を硬い瓦礫に強くぶつけて彼は動かなくなった。
力なく腕から力が抜け、鼻の折れた無残な青年の顔があらわになる。
地面の這う虫ケラをあつかうように、死んだレドモンドになど目もくれず、ギラーテアは顔をあげる。
すると、遠くの空に渦巻いていた嵐が止んでいた。
ほぼ同時、爆音があたりに響き渡った。
崩壊した宮殿の反対側から、おおきな火炎柱が立ちのぼる。
「向こうも上手くやってるわね」
ギラーテアは安心したようにそう言うと、天へ登って行った火炎を頼りに歩きはじめた。
⌛︎⌛︎⌛︎
「アルウたん、アルウたん……アルウだん゛ッ!」
「うぅ、ノルン、先輩のために犠牲になるべし」
「絶対に嫌ですよ、私、あんなので初めてを迎えたくないです!」
体内の熱をはきだす、情欲と油にまみれた中年男のまえで、愛らしい少女たちは危機に陥っていた。
『
彼の目的の人物『
それを見て、アイギスは下半身手をワキワキさせながら笑い声をあげた。
「デユフフフ、俺は、ただアルウたんのお腹のなかに帰りたいだけでござるからに、心配は無用でござる、デュフ」
「先輩、マジで恐ろしいこと口走ってますって、あのど変態! あれは本気でやばいです、もう殺すしかないです!」
「私、アレに魔術を撃つのすら嫌だよ。ノルン、やって」
「もう! ほんとうに仕方のない先輩ですよ!」
下半身を異様なほど隆起させながら近づいてくるアイギスへ、ノルンは嫌々ながらも≪
石すら簡単に切断する水の圧力は、アイギスの油ぎった顔にあたるなり、意味を為さなくなり、水で彼をびしょびしょに濡らすだけに終わってしまう。
「無駄無駄無駄ァ! この『耐久王』アイギスはまたの名を『
シャツを透けさせ、さらに不快指数を加速させるアイギスへ、ノルンとアルウは首をかしげる。
「「『
「そうでござる、俺はアルウたんの日輪系の魔術、すなわち火属性式魔術に属する攻撃系強化魔術とは違い、水属性の防御系強化魔術を使えるのでござる!」
「だから、ノルンの攻撃が効かないってこと?」
「そうでござる! ついでに言うとアルウたんと俺が
「日輪系があるなら、月輪系もあると。にしても、先輩、あの人と表裏一体だったんですね……」
「ノルン、この話はおしまい。それ以上は戦争だよ」
アルウは橙色の瞳に影を落として、ノルンへ強化魔術を付与した。
「≪
「ぬぅほぉお〜! アルウだんのほかほか生まじゅでござる! これだけで5発はヌケルゥウ!」
「やっぱり、殺すしかないよ。ノルン、さぁ、やっちゃいなさい」
「最後は他人頼りなところ、私は嫌いじゃないですよ、先輩」
ニコニコ笑いノルンは顔を引き締め、目の前で股間を
「ぬぅお〜、ふぅ……それで、まさかとは思いますが、この俺の月輪自己強化を越えるおつもりで? 無駄でござるよ」
「どうして?」
「アルウたんに睨まれた! 可愛い可愛いすぎる! これはヌケーー」
アイギスは絶頂を迎えながら、魔術的な話をはじめた。
「ハァハァ、俺のは自己強化。まぁ、他人もできっけど。アルウたんのは他者強化でござる。強化率はあきらかに俺の方が上、同じ魔力の出力なら。ハァハァ、そして、俺の魔力出力はアルウだんの幼い体より、残念ながらずっと優れているでござる。アルウだんの超尊い強化を受けたところで、そっちの後輩属性が俺にダメージを通せる筋合いはないってことでござる、ハァハァ」
アルウとノルンは、顔を見合わせ「とりあえずやってみよう」とうなずき合う。
ノルンの杖先に収束していく魔力。
水の色をもつ属性が、形をつくっていき、生成され膨れ上がった水が凝縮されていく。
極めて高い圧力をもつ放水の流刃だ。
「≪
ひとつの湖が閉じ込められた、手のひらサイズの激圧によって保たれる玉、その緊張の糸が解かれ、周囲一帯を、金属をたやすく斬り裂く線状の圧力がほとばしる。
アイギスは繰り出された人間の限界を越えた″四式魔術″に目を見開き、ニヤリとほくそ笑んで、究極の防御強化で応えた。
「計算もできないアホウめが!」
吠えるアイギス。
しかしーー、
「あが、ああああぁあ!?」
湖の刃は、容赦なく、無慈悲に、彼の体をズタズタに引き裂き、両腕を切断、片足もアキレス健が切れて、もう使い物にならなくなってしまっていた。
「どう、して、なん……でだ!」
「なんだ、全然倒せるじゃん。よきよき。それじゃ、ノルン、ちゃっちゃとトドメ刺しちゃっていいよ」
「了解です、先輩!」
「ヒィィ!? ま、待て、アルウだん、待ってほしいで、ごじゃる……!」
話には応じず、無言で杖先に水の圧力を高めはじめたノルンに、アイギスは震えあがり、片足を引きずって逃げだした。
「先輩、追いますか?」
「どっちでもいい。はやめに消しておいた方が、人類全体のためな気がする、けど……ん」
空を見上げるアルウに、惹かれてノルンもまた空を見上げる。
すぐ近くの空で、おおきな炎の柱が空へと登って行っている。
「あれは、誰の魔術……私が強化してないのに、あんな火力をだせる魔術師はいない……」
「それじゃ、他の誰かが強化してるんじゃないですか?」
「……」
ノルンの呟きにアルウは「そうかも」と一言かえし、小走りに駆け出した。
ノルンもまた彼女の後を追いかけて、炎の柱のもとへと向かった。
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