第30話 不確定の崩壊因子たち
ーー数刻前
「得意なのは……土属性式、魔術ではなかったのかね……ぅ」
男の額を球のような汗が流れ落ちる。
金髪のオールバックはくずれ、垂れた髪の隙間から壮年の男は目の前にただずむ少女を見上げる。
肩から血を流し、
前屈みで息は荒く、
魔導書を握る手は震えている。
まさしく満身創痍、という言葉がふさわしい。
「にゃ、別に土魔術じゃなくで、なんでも得意だにゃ。ただ何かアピールポイントがあった方が、
「……はは、そうか。ラスカルと言ったか。ただのドラゴン級冒険者だと思っていたが……君はどうやら他とは違うらしい。実に興味深い」
壮年の男はスゥと息をすい、炎で明るく照らされた地下空間を見渡す。
「にゃ、ところで、ジュニスタ・アドラニクスはどこのどちら様にゃ?」
「とぼけた事を言うのだな。そういうところも、悪くない。だが、遊びに使える時間はもうこれでいっぱいだ」
壮年の男ーージュニスタは手に持つ魔導書をパタンっと閉じて、背筋をただし、炎に輝く双眸をラスカルへむける。
ラスカルは相手の意図をさっして、速攻で周りの火炎でジュニスタを焼き殺しにかかるが、それでは遅い。
「さらばだ、ラスカル」
声だけを残して、ジュニスタの姿は明るい地下空間から消え失せてしまった。
「にゃぁ、逃げられたにゃ。……本当に誰だったんにゃ……」
ラスカルは自分が戦っていたのが『
⌛︎⌛︎⌛︎
「やれやれ、本当に危ないところだった」
黒と赤の貴族礼服、腰から剣をさげた壮年の男、ジュニスタ・アドラニクスは魔導書をちかくの机に置いて、椅子に深く腰掛けた。
「幻術でボロボロに見せかけたが、一歩間違えれば、あれは現実の私の姿となっていただろうな。ラスカル、二つ名もない魔術師だが、恐ろしい者を見つけてしまったな」
ドラゴン級冒険者パーティ『ギラーテア魔術師団』の調査書に、ラスカルの危険性を追記し、ジュニスタは魔導書を手にとって立ちあがった。
「失礼します。先生」
ちょうどよく、部屋へと入ってくる影がある。
青い髪をした誠実そうな好青年、ジュニスタに憧れて魔導の道を極めた若き天才『破壊王』レドモンドだ。
「『ギラーテア魔術師団』の面々が生きている事を確認しました。裏路地を通ってこちらへ向かってきています」
「そうか。納得だな」
ジュニスタは先の戦いで、ラスカルが見せた高度な魔術を思いだし、レドモンドの報告に深くうなづく。
「小手調べに魔術戦を挑んだが、困ったことに倒しきれなんだ。レドモンド、ドラゴン級とは我々が思っている以上に、高い次元で魔術を扱う可能性が高い。ゆめゆめ注意してことに当たりたまへよ」」
「そんな、先生が遅れをとるなんて……ええ、しかし、わかりました。この『破壊王』必ずや計画の障害を取り除いて見せましょう」
「爆弾人間たちの操作権は自由に使うといい。剣気圧を使えない魔術師なら、
ジュニスタはレドモンドへ魔術の人身操作に関する魔導具を1つ託し、それだけ告げると、2人は共に部屋をでて廊下でわかれた。
「アグラ・ペイン、たしかに不確定の崩壊因子とはあるものなのだな。けれど私は負けない。すべてを解決する手段はもう用意してあるのだから」
ジュニスタは不敵に笑い、宮殿地下へと降りていった。
そのすぐ後だった。
居城がタチの悪い大規模爆発に見舞われたのは。
⌛︎⌛︎⌛︎
「ぁア、ぁぁ、ぐそ、アルウだん、アルウたんなんて魔術を使うんだ……それに、あの後輩属性も半端じゃない……、冗談じゃないってんだ、あんなバケモノ達を相手にできるか……」
滝の汗をながして、死にかけの虫と成り下がって、なおアイギス生きあがく。足を引きずり、都市の地下下水を逃げるつづけていた。
絶対に生き延びる、その執念だけが彼の終わる命をささえていたのだ。
「ん」
「……?」
ふと、アイギスは行く手にたつ人影に気付いた。
ふわっとした黒い髪に、深紫色の瞳が下水道の暗闇に映える幼い少女だった。
一見して尊さの塊な幼女に、アイギスは息荒く発情しかけるが、彼女の顔を魔導王に渡された資料で知っていたがゆえに、彼は本能に従うことは出来なかった。
自分よりずっと小さい幼女を前に、アイギスは震えあがり、アキレス健の切れた脚を、くじいて地面に倒れこんだ。
「うあぁあ! ぐぅ、くそ、ど、どうして、お、お前が……! アルウたんめ、容赦なく追ってをよこしてくるなんて……!」
「ん」
「くそ、なんか喋りやがれよ『
ふわっとした髪を揺らし、首をかしげるプリズナーへと、血と汗であえぐアイギスは短杖をむけた。
プリズナーは差し向けられた杖を見て、はじめて自身の身の危険を感じとったのか、驚いた顔をして指にはまった″指輪″を逆の手でつよく握った。
途端に、下水道を駆け抜ける紫のオーラに打たれてアイギスは吹き飛ばされる。
気を失ったまま下水道に流されていく彼の姿を、プリズナーは不安な表情で見つめていた。
⌛︎⌛︎⌛︎
頭上を襲った巨大な衝撃に、さしもの魔導王も地下で転がっていた。
「なんて魔力攻撃だ……日輪系の少女と、ギラーテアの魔術のエネルギーを計算したら、3発で宮殿が吹き飛ぶと見積もってたが……この威力、理論値どうりというわけか」
ジュニスタは壁に手をついて立ちあがり、腰のホルダーから魔導書を手にとった。目の前で封印柱に繋ぎとめられ覚醒を先延ばしにされている″獣″へ、半年ぶりのエサを与えることにしたようだ。
魔術協会により独占され、隠蔽されてきた古き神秘のひとつ。今は人の進化と、醜さの助長により、天を砕く巨星のサイズを誇るバケモノと成り果てている。
獣などと呼ばれているそれは、本来は古くから脈々とこの土地で生活する人々を守り、都市を守るためにいたが、都市国家連合が生まれて、魔術協会が有力貴族たちを各都市に″魔導王″として配置したことで、それらは役目を完全に終えた。
人のために、都市のために生きた精霊は、人の手によって忘れられて、暗い底に幽閉されてしまったのだ。
「はは、これは怪物にもなりたくなるというものだな。さあ、起きろクリスト・テレスの獣よ。外の身の程知らずどもを
「グロァア……」
ジュニスタはページの端が焦げて煙たがるのに眉をよせながら、凶悪な笑顔をつくった。
「素晴らしきチカラだ。こっちも計算通りの働きをしてくれそうだな。……ん、王たちが彼らと対峙したようだな」
ジュニスタは天井を見上げて、その先にいる自身の側近たちとドラゴン級冒険者たちが衝突するのを察知、馴染みのない巨大な破壊力が生まれるなり、事前に登録しておいた3人の王を、遠隔からの空間転移で逃した。
「ちょうどいい、お前の力を借りるぞ」
ジュニスタは獣と接続された魔導書から魔術を行使、相手方の魔術師たち全員をバラけさせるよう空間をねじ曲げて、戦力を分断しにかかった。
「さて、どう転がるか……レドモンドくらいは生き残ってくれると助かるが……」
ジュニスタはかるい調子でそう言い、獣の拘束具の解除に専念しだす。
臣下たちの生存にあまり興味がないようだ。
「よし、これでいい。ん……? ロンゴの右腕が崩壊しかかっている? ヘクターが死にかけているのか」
巨大な地下空間で、獣が起き上がるのを横目に、ジュニスタは空間転移で即刻地上へと帰還した。
吹き抜ける風。
変わり果てた自身の宮殿の姿に、すこし寂しそうな顔をし、ジュニスタはヘクターを手元に呼び戻した。
空間が捻れて、光が漏れだし、そこから排出されるように満身創痍の筋肉漢が転がり落ちてくる。
「ぁ、うぐ! 申し訳ございまさん、我が王!」
「はぁ……何があった、ヘクター」
息も絶え絶えに、膝をついてかしずき、ヘクターはジュニスタへこうべをたれる。
「吸血鬼と、闘いました……」
「吸血鬼? ……そうか、造血魔術など、机上の空論にすぎない廃れた妄想だとばかり思っていたが、その最新はたしかに怪物のチカラに手をかけていたのだな。ふむ、実に興味深いことだ」
ジュニスタはため息をつき、ヘクターに向けて手のひらを差しだした。
ヘクターはその手を見つめ、「王よ、一体……」とわからないと言った風に首をかしげる。
「『ロンゴの右腕』だ。あれは私が貸し与えた物だろう。もう君は戦えない、はやく返したまへ」
「っ、我が王よ、まだ吾輩は戦えます! ですので、お願いします、この腕だけは……!」
「そうか、仕方がないね、君も」
「我が王よ、ありがとう、ございます!」
ジュニスタは「やれやれ」と首をふり、嬉しそうに見上げてくる忠実なる臣下を見下ろした。
彼は2秒ほど、ヘクターを見つめーーそして、腰の剣に手をかけると慣れたの剣さばきで、その首をはね飛ばしてしまった。
首をなくし絶命したヘクターが、瓦礫のうえに無残にも転がる。
ジュニスタは剣を鞘におさめ、ヘクターの心臓部位に手を添えて、概念的に貸し与えられていた聖遺物『ロンゴの右腕』を回収した。
「獣という古い神秘をもってさえいれば、私でもこれを使える。頭の悪い部下にいつまでも預けておけるような安い代物でもないからね、悪く思わないことだ、ヘクター」
冷たくなっていく遺体から手を離し、ジュニスタはハンカチで手を拭うと、宮殿からはなれるように足を進めだした。
「このあたりは獣の初期暴走によるキルゾーンに含まれていたな。いつまでも、こんな場所にいたらヤツに、パクリと喰われてしまう」
魔導書を開いたまま、ページに目を落とすジュニスタ。
ふと、彼は顔をあげて目の前にただずむ人影に気がついた。
「……」
まったく予期していなかった人物に、ジュニスタは目を丸くしてつい黙ってしまう。
その男は、傍らにしたがえた
「お前、今、なんであの男を殺したんだよ。何言ってるか聞こえなかったけど、あんたの仲間だったんだろ? 仲間を裏切るのは、本当に最低のクソ野郎がすることだぞ」
男は瞳に怒りをやどし、ジュニスタへそう言った。
ジュニスタはあたりがギラーテアの爆破で破壊し尽くされた戦場であることを、再度確認して、目の前の男がどうしてこんな場所をうろつき、さらに殺人を犯した自分を恐れていないのか、疑問を膨らませていた。
「君は、何者だね?」
「人に尋ねる時は、自分から語るものだろう。殺人者、裏切り者」
「……まあ、その通りか。これは失礼したね、私の名前はジュニスタ・アドラニクス。抱擁の魔導王と連合からは呼ばれているかな」
ジュニスタは笑みを深め、男の反応を楽しみに待った。
「ジュニスタ? 魔導王か……なるほど、つまりお前をぶち殺せば、それでいいわけだな」
「ほう、そうか。私を殺すのが目的か。つまり連合の暗殺部隊の生き残りがまだいたわけだな。はは、私の顔も知らずにくるとは、とんだうつけ者が送り込まれていたものだよ。いいだろう、君の名前を覚えておいてあげよう。名乗れ」
「俺の名は……バルトメロイ。誰にも頼まれてないが、とても個人的な理由でおまえを殺しに来た者だ」
バルトメロイはそういうと、四足獣へなにかを指示をだした。ジュニスタは関心深げに眺めていたが、彼はすぐに目を目の前で驚愕せざる負えない、初見の未知に出会うことになった。
バルトメロイのかたわらの大型四足獣は、ごつごつしたパーツを、自立して、制御しながら変形し、二足歩行のバルトメロイより頭ひとつ大きい人型になってしまったのだ。
「ぁ、ぁ……それは、一体……」
ジュニスタは驚きに言葉が出ない。
バルトメロイは彼の反応に、したり顔で嬉しそうに笑い、今度は二足歩行の謎の存在へ、攻撃するように命令をだした。
「ッ」
瞬間、姿が掻き消えて、二足歩行の気配がジュニスタの背後に現れる。
ジュニスタは目を見開き、即座に空間を曲げて、最速の短距離転移で″正々堂々の奇襲″を回避した。
「速すぎる……! 私が目で追えなかったのか?」
「おいおい、まだまだこんな速度に驚いて貰っちゃ困るぜ」
ふたたび影すら残さず、消え失せる二足歩行。
ただ強烈に踏み込んだという、割れた地面だけが、その存在が空間転移などしてるのではなく、超高速で動いているのだと証明し、ジュニスタを戦慄させる。
「ふざけるな! こんな訳の分からないモノに殺されてたまるかッッ! 何十年この時を準備したと思っているんだッ!?」
もっともすぎるジュニスタの叫びが、連続短距離転移によって断続的に聞こえる。
二足歩行はジュニスタが姿を現わした地点へ、最速で接近して、手の代わりに装備された鋭利なブレードを振りおろす。
「クソ、こうなったら……今だ、やれッ! クリスト・テレスを崩壊させんとする外敵を討ち滅ぼせ!」
「ッ」
ジュニスタの掛け声に、バルトメロイは魔感覚の知らせる巨大な魔力反応を感知した。
遥か地面の下から、大地を引き裂く″何か″がやってくる。
バルトメロイは直感で確信して、地面が揺れはじめた時には、二足歩行に担がれて、その場を離脱していた。
バルトメロイの判断の早さに、ジュニスタは眉間にしわを寄せ、不快そうな顔をしたが、彼もまたすぐに安全地帯へと転移した。
すぐのち、宮殿の裏手は地面の底からはえる巨大な火炎柱によって、焼き尽くされてしまった。
⌛︎⌛︎⌛︎
あー、凄い火力だ。
俺は顔に熱さを感じながら、昇る火柱を相棒と眺めていた。
クリスト・テレスに到着するなり、「おぉ、クリスト・テレスの宮殿は立派だな」なんて眺めてたら、途端に大爆発で木っ端微塵にされるものだから、急いでここへ来てみたが……どうやらあたりだったようだ。
ジュニスタ・アドラニクス。またの名を『抱擁の魔導王』。
情報によれば″魔導書魔術″の使い手で、魔術協会の魔術師等級では″黄昏″までたどり着いているとか。
「にしても、魔導書魔術なんてまだ使ってる人間いたんだなぁ……ん、相棒、どうした」
二足歩行の大砲ゴーレムが、遠く指差す。
ウィンディに託された木彫りの小鳥を偵察に向かわせていたが、そいつがチュンチュン飛びまわって帰ってきていた。
「ふむふむ、ギラーテアさん達を見つけたのか。全員生きてた? よしよし、それは上々」
俺は小鳥の頭をなでてやり、袖の中へとしまってあげる。
やがて、火の柱は勢いをおさめていき、ぽっかりと空いた熱そうな巨穴から、真っ黒いタテガミをたずさえた、四足獣があらわれた。
そのスケールの大きさは想像を越えていく。
100メートルはあろう、体のデカさは、クリスト・テレスのあらゆる建物を越えて天を目指し、息遣いだけで周囲の建物のガラス窓がはちきれ割れてしまっている。
巨大すぎる質量によって、四足獣の踏み込んだ地面は数メートル陥没して足跡を残して、悪気なく振られる長き尻尾のいたずらで、数百人単位で人が死んでいく。
「これが″獣″か……たしかに、人にとってはただの災害だな。悲しいが、お前たちは、都市国家にはもう必要のない存在なのだろうな」
「グロォォォォオオオオッ!」
俺は腰の中杖に手をそえて、瞳を閉じた。
ここ数年使っていなかった魔感覚を働かせて、第一魔力の大部分を解放をする。
俺の内側の宇宙から溢れだす高密度のエネルギーが、空気中に満ち満ちでいき、あたり一帯を重く、静かに、されど苛烈に支配していく。
「ッ、バルトメロイ、君は……なんだ、その魔力は……? 獣、いや、それを越えるーー」
「≪
俺は魔術のトリガーを唱えて、腰の分厚いブロードソードを抜き放ち、魔導弓『
腰の帯剣ベルトに差して、長さ20cmほどにして小さくしてあった竜の牙を加工した矢も、また魔術で変形させ本来の大きさにもどす。
そうして俺は最大の魔力を込めて、獣へと弓の狙いをつけた。
「や、やめ、よせッ! ふざけるなッ! なんでこんな意味のわからないヤツに計画を台無しにされなくちゃいけないんだ! やめろ、バルトメロイ、その魔力を撃つなーー」
転移して近くに跳んできた、射撃を邪魔するジュニスタへ、妨害をさせまいと大砲ゴーレムをさしむける。
それだけで、ジュニスタの挙動を完全に制圧し、俺は余裕を持って矢を放つことができた。
「あわれな精霊よ、すまない」
「グロォォォォオオオーー」
叫ぶ怪物へ、矢が命中すると同時、獣の空高く至っていた巨大な体が内側から弾けとんだ。
魔導弓『竜の一夢』は、モイスティドラゴンの牙と宝玉から精製されたもので、製作の途中で、とある作用が矢に付与されてしまっていたりする。
素材の特性らしく、とりのぞくことの出来なかったそれは、かつてモイスティドラゴンが夢見た世界だ。
すなわち″海″である。
この矢は着矢と同時に、射手の魔力に応じてその場に極めて特殊な『現象』を呼び起こすということだ。
超反発力によって生まれる、万物を貫通する矢の威力と、無空から召喚される大量の海水によって、どんな生物でも死にいたらしめることができる、まさに絶対必滅の一矢。
「相棒、頼んだ」
俺は目の前で爆発的な速度で生成される海と、獣の血がまじった赤い津波から逃れるために、大砲ゴーレムに乗って、遠くへと跳んで避難した。
赤い海に飲み込まれていくクリスト・テレスの街。
俺は宮殿の建っていた、高めの城塞跡から水没した都市を眺める。
「あ、バルトっちじゃん!」
聞き覚えのある声に振りかえると、そこに桃髪の少女ーーギラーテアを見つけることができた。
駆け寄ってきて、豊満な胸に顔を埋めさせられる。決して嫌ではない。
「バルトっち、今の見た? あれが噂の獣ってやつなのかなって思ってたら、すぐに弾けたんじゃって、もう街が凄いことになっちゃって」
「ああ、確かに。ふふ、ギラーテアさん、実は俺が獣を倒したって言ったら驚きますかね?」
「うーん、あんまり、かな」
え?
驚いてないのか。
これは「嘘! 凄すぎて、ぎゅーってして、頭をいい子いい子してあげる!」っなると思ったんだけどな。
「だって、バルトっちじゃん。それくらいやれるかなぁーってあたしは思ってたからね〜」
「……」
今までの俺じゃ、絶対不可能だった分、ギラーテアのそれは過大評価といわざるおえない。
が、まぁ、過小評価されるよりかは、大分心持ちが違うが。
「あっ、
「バルトメロイ大先輩、いらっしゃったんですね!」
アルウとノルンが足早に駆け寄ってくる。
なんだか、みんなボロボロだけど元気そうだ。
「……バルトメロイ、来てたのか」
「ん!」
「あっ、サブリーダーがまだ生きてる」
「クリフ大先輩! まだ生きてたんですね!」
「なんで俺だけ辛辣なんだ。おかしいだろ」
ニコニコ幸せそうなプリズナーと手を繋いで、『ギラーテア魔術師団』のサブリーダー・クリフノードも丘の上へとやってきた。
彼もまたボロボロの容態だが、とりわけ疲れているようだ。
以前あった時より、いくらか老けたようにすら見える。
「バルトメロイ、ギラーテアさんにあまり気安く抱かれるんじゃない。ぶっ飛ばすぞ」
「ぁ、ごめんな」
ギラーテアにぎゅーっとされていた俺は、クリフが彼女へ憧れをいだいていた事を思い出して、即座にお姉ちゃん属性から距離を置くことにした。
「嫉妬深いクリフも可愛いわね。ほら、こっちおいで、プリズナーを拾ってきてくれてありがとうね!」
「いや、俺は別に……ん、まだ戦いは終わってないようですよ」
クリフは身を委ねようとしていたギラーテアの抱擁をキャンセルして、すぐ近くに発生した空間のねじれを睨みつけた。
時空の狭間から光とともに出てきたのは、案の定ジュニスタ・アドラニクス、抱擁の魔導王だ。
「はぁ……」
姿を表すなり、腰に手を当てて、おおきなため息をつくジュニスタ。
「魔導王……よくも、あんなキモい男を差し向けてくれたわね」
ギラーテアは杖をぬいて風の弾丸を叩き込む。
だが、ジュニスタは一度空間転移して、ふたたび同じ地点に姿を現すことで、たやすく回避して見せる。
「レドモンドの遺体を確認してきた……せめて彼が生きてればよかったが……ギラーテア君、君かな、うちの『破壊王』をやってくれたのは」
「その通り。あの歩く汚物を歩かない汚物に変えたのはあたし。……まぁ、ほとんどアレ自滅みたいなやられ方だったけど……」
「そうか……誤算だった。『爆撃の女神』がここまで腕の立つ魔術師だったとは……それではアイギスをやったのは、どちら様かな?」
ジュニスタの疲れた問いかけには、誰も答えない。
俺は不思議に首をかしげたが、ほかのメンバーは納得言った表情をしていた。
戦ったってことすら言いたくないくらい、酷いやつだったのだろうか。
ジュニスタは「まぁいい。どの道死んでしまったのだろうな」と力なく首をふり、ふたたび大きなため息をついた。
「はぁ……アグラ・ペイン……君の言うとおりだった。盤石の布陣なんて、不確定の何かに簡単に壊されると思い知ったよ……特に、そこの君だ。バルトメロイといったか? 確か『ギラーテア魔術師団』とならんで二大パーティを張っていた『フォーグス剣士隊』に君の名前があったような気がするのだが」
「ああ、あってるぞ。すこし前まではそこで、唯一の魔術師としてそれなりに頑張ってたんだ」
俺はかつての冒険の日々を、思い出す。
手酷い裏切られ方をしたし、あのクソ野郎には、もう二度とあんな煮湯を飲まされたくはないがな。
「そうか、剣士隊なのに魔術師がいたのか……剣士なんて下等者は、何人いようと私の敵でないから、気にしていなかったツケが回ってきたのだな……にしても、それは一体なんなのだね?」
ジュニスタは俺の横にたたずむ二足歩行の大砲ゴーレムを手で指し示して聞いてくる。
だが、俺ができるのは、肩を竦めるだけで、答える意思をはないとアピールするだけだ。
知識を武器にする魔術師にとって、未知とはそれだけで恐ろしい威力を発揮する。
知識を何より尊び、しかして、最も恐るる存在。
それこそが生粋の魔術師という生き物だ。
我ら知によって人となり、人を越え、また人を失う。
俺を救ってくれた恩人の魔術師が、どっかの古い学び舎の偉い人から、受け継いだらしい格言。
なるほど、的を射ている。
ならば、こいつにわざわざ教える必要はない。
「そうか……ふふ、まあ、別にいいさ。獣がやられたとしても、私の計画が頓挫したわけじゃない。なにせ獣は都市国家の数だけ存在しているからね。それに、忘れたわけじゃないだろう? ギラーテア、レドモンドと対峙したのなら聞いたはずだよ。このペグ・クリストファ都市国家連合の人口の半分は、すでに私の人質なのだと。それら全てを運営するための魔力炉心があれば、いつだって連合を破滅させることができる」
ジュニスタは崩れたオールバックをかきあげて、肩の力をぬいて、したり顔になった。
どうもくする『ギラーテア魔術師団』の面々は、リーダーであるギラーテアの険しい表情を見て、ジュニスタの発言の意味を理解したらしく、皆が驚愕の表情をしていた。
俺は……ちょっと何言ってるのかわからなかった。
ゆえにーーとりあえず、ここで殺した方が良いと判断を下した。
「≪
かたわらの二足歩行モードの大砲ゴーレムを、
ガチャガチャと煩わしく変形する大砲ゴーレムに、まわりから「ぇ、すごっ」「カッコイイ!」「……怖」など様々な感想が返ってくる。
「っ」
ジュニスタは大砲への変形を見て、その巨大な砲身が自身へ向いていると理解すると、即座に手にもつ魔導書を開いた。
だが、遅い。
うちの大砲ゴーレムの不意打ち変形は完了して、その砲身から、圧縮された強化火薬の爆発力で、先の尖った金属塊は即座に放たれたのだ。
俺の耐久力を向上させる魔術により、前人未到の硬度をほこる弾頭がジュニスタにせまる。
「クソッ、速い!」
ジュニスタは焦りの表情を最後に、転移を諦めて、右手の甲から輝く青い盾を展開。
よほど自信があるらしい素早い展開に、弾頭が直撃しーー。
ーービギィッ!
「っ!?」
「なんだ、大した盾じゃないな」
大砲を一発受け止めた衝撃で、蒼い魔力の盾は凄まじい音をたてて亀裂を走らせた。
ジュニスタは信じられないと言った顔で、大砲ゴーレムの次弾装填をポカンと見つめている。
そして、もうひとり。
ジュニスタ以上に「ありえないだろ!?」と驚くのは、どういうわけかクリフノードだ。
あの盾はそんなに凄い物なのだろうか。
「とっ、装填完了。それじゃな、魔導王。ーーてぇ!」
大砲ゴーレムの二発目。
「ひっ!」
ジュニスタは顔を真っ青にして、空間をねじ曲げて、今度こそ虚空の世界へと消えてしまう。
それなりの高速装填だったが、流石に正面からでは間に合わなかったようだ。
「
「まさかとは思いますけど、大先輩それって……」
アルウとノルンが興味津々に、大砲ゴーレムのボディをつつく。
「ああ、そういえばクリフ、確かバルトっちのパーティ入隊に反対してたよね。『あいつでは火力が足りない』とか」
いたずらに微笑むギラーテアが、となりのクリフを膝でつつき、得意げに俺のほうを見てくる。
クリフは怪訝な顔をして「その魔導具が凄いだけだな。……あと別に反対はしてない」と言って、興味深げにゴーレムの頭をなではじめた。
⌛︎⌛︎⌛︎
後日。
クリスト・テレスでの騒動が忘れられた頃。
俺は相変わらずの魔術工房での平穏な日々をおくっていた。
「ああー! 先生、
慌ただしく走りまわるウィンディが、両手で持ち上げるのは、先日の騒動でひっそり荷物の中に紛れ込んでいた″謎の四足獣″だ。
とは言っても、予想はついてる。
十中八九、数百年分の溜めこんだ魔力を失った獣だろう。
彼らは精霊なので、実質的に死というモノが存在しない。
一度転生したことで、純粋な生物に生まれ変わったんだ。
テレスと名付けられた獣のおしっこの痕を片付けたすぐ後、魔術工房の玄関をノックする音が聞こえた。
「
玄関を開けるなり、新しいチームカラーの黒のフードを深くかぶったアルウが、飴をくわえたまま告げてくる。
「はやくない? もう復活したの? あいつ事件起こすの好きすぎだろ」
「うん。今、クリスト・カトリアには粛清の魔導王がいないからね。たぶん、その事をどこかで知ったんだよ。ほら、はやくあの大砲くん連れて行くよ」
ぴょんぴょん跳ねて急かすアルウをまたせて、俺は壁にかかった黒のローブを身にまとう。
「先生! どこ行くんですか!」
「あー、ウィンディ、ごめん。魔導王が再起したらしいから、ちょっと連合を助けてくる。
「むぅ……わかりました! でも、すぐに帰ってくると約束してくださいね! 先生には高高度飛行型地上狙撃バリスタゴーレムの開発を手伝って貰わないといけないんですから!」
ウィンディはそう言って、驚異の6連射を可能とした試作機ーー『
「うん、すぐ戻ってくるよ。都市国家連合中から発注依頼がされてるから、近日中に仕上げないといけないからな」
俺はそう言って、六式魔導銃を腰のホルダーに収めて、木彫りの小鳥肩にのせた。
「それじゃ、行ってきます」
「はい! 今回も世界を救ってきてくださいね!」
俺は最愛の弟子に見送られ工房をあとにする。
そして、迎えの少女とともに、仲間の待っているだろう冒険者ギルドへと向かうのだった。
〜完〜
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
駆け足の完結になっちゃったせいでだいず長くなってしまいました(>人<;)
もっとたくさん話を広げたかったですけど、書く気力がなくなってしまいました。
力が至らず申し訳ないです……!
最後のウィンディの驚異の発明品たちは、これから登場させようと思っていたゴーレムたちでしたので、頑張って詰め込んでみました!
では、また次回作でお会いしましょう♪( ´▽`)
【完結】パーティを追放された支援魔術師は、実は規格外だった〜人間強化しても裏切られるので、ゴーレム強化を極めました〜 ファンタスティック小説家 @ytki0920
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