第9話 新入りです、よろしくお願いします

 

 クリスト・ベリア冒険者ギルド支部。


 この都市最大のおおきさを誇る建物にして、もっとも活気あり、人気ひとけもある、うるさい場所。


 ここは長らく俺の居場所であった。

 人生の多くを過ごした舞台でもあった。


 冒険者ギルドに顔をだすのは、久しぶりだ。

 ここひと月は、市場いちばと魔術工房と公園を行き来するローテションだけだったから、ギルドへの道を歩くだけで新鮮な気分になれる。


 胸いっぱいに空気を吸いこみ、なつかしい喧騒に耳をかたむけていると、ちいさな声が聞こえてきた。


「あっ、バルトメロイだ」


 見ればまえで、見覚えのあるフードを被った魔術師がこちらを見つめていた。


 純白に金色の刺繍がはいった厚手のローブ。


 そのローブが示すのは、この街においてひとつ。

 信頼され、尊敬される魔術師たち。


 彼女はそのひとり、『日輪にちりん』のアルウだろう。

 フードを被っていて、あめの棒を口にくわえていたら、それはだいたいアルウと思ってよい。


「どうも、三流魔術師のバルトメロイです。先日は見苦しいところをお見せしました」

「別に気にしてない。と思う。しばらく見ないからギルドのみんなから死んだって事にされてるよ」

「生きてますんで、大丈夫ですよ。自分の工房にこもってただけです。元気にやらせて貰ってます、へぇへぇ」

「……なにその喋り方? 前はもっと『ケチなこと言ってないで、ポーション融通してくれよ! 俺たち友達だろっ!』みたな感じじゃなかったっけ。私、あっちのバルトメロイのほうが好きだなー」

「いやいや、これから先輩になる人なんで、これくらいかしこまって、かしこまって、かしこまくった方が良いかと思いまして、へぇへぇ」

「……先輩?」

「へぇ」


 フードの影から橙色だいだいいろの瞳が、じっと俺を見つめてくる。


「仲間になるの? 『ギラーテア魔術師団』に入るの?」

「へぇ」

「普通に喋らないといれてあげない。ここで吹き飛ばす」


 アルウはそばに立てかけてあった大杖だいじょうーー魔術を行使するための杖。重く、大きく、取り回しづらいが、パワフル。魔物を倒すのにオススメーーを手にとり、その先端をわずかにかたむけた。


「あ、ごめん、ジョークだって。やだなー、本気にしちゃったら俺、困るよー」


 肩をすくめて気安く歩みより、アルウの白フードをぺろんとはがす。


「わお、ジトッとした眼を、黒髪の隙間から覗かせるアルウ先輩、こわーい。わあ、わあ、わあ」

「……緩急のせいで、ウザさ5割増し。やっぱり、吹き飛ばした方が賢いかも」

「はい、残念。もうギルド入ったー。俺を攻撃するってことは、ギルドへの攻撃でーす。ここから無敵ゾーンだから」


 ギルドと外の境界線を中杖でトントンっ、とつついて口笛吹きながら、ギルドの中へ。


 アルウは「くっ、無念」と肩を落とし、大杖をおろしてついてくる。


 ふふ、確かにこっちの方がいい。

 最近は良き先生であろうと、柄にもなく大人ぶってたからな。


 それに、どうせもいるんだ。

 下手に出てたら、いい笑い者だろう。

 もうあのクソ野郎どもに舐められたくない。


 ギルドは入り口からまっすぐ進むと受付。


 列に割りわりこんだとかの揉め事が起きないよう、様々な依頼が張り出されるクエストボードは、離れた位置にある。

 受付のちかくは、クエストの算段をつけるための相談机が、多数設けられており、酒場と算段エリアの境界線は曖昧だ。


 そう、曖昧ゆえに、ここクリスト・ベリア冒険者ギルドでは、ギルドに入った途端に酔っ払いたちに絡まれることになる。


「んなぁあ!? んだ、このニセモノがぁあ、バルトメロイは死んだ、んだよ! ひっく、てめぇ、仲間に捨てられて、ひっく、悲しみ末に自殺した奴の顔マネるなんざ、ずいぶん舐めてんじゃあ、あねぇえかぁあ!」


 さっそく来ました。


「アルウ先輩、お願いします」

「仕方ない後輩だね。はい、≪風打ふうだ≫」


 アルウの杖先からはなたれた風が、酔っ払いの頭を弾いて気絶させる。


 このギルドでは、これくらい日常茶飯事なので、俺たちのようなギルド側から信頼を置かれてる冒険者は、多少の手荒なマネをしても、受付嬢は見て見ぬフリをしてくれる。


 死んだバルトメロイの偽物めぇえ! 


 そんな心外すぎる絡まれ方を何度かするが、すべてを後ろをついてきてくれる、頼れるフード女子アルウに倒してもらう。


 昼前の人気ひとけが一番少ない時間帯にも、かかわらずあちこちから「バルトメロイ……バルトメロイ……」「生きてた、生きてた……」「少女を軟禁してるらしい……」など、俺がいるだけでそんな話題になるか、と呆れるほどに、ヒソヒソ後ろ指をさされる。


「あれ、あのクソ野郎集団、じゃなくて『フォーグス剣士隊』の奴ら、ずいぶんやさぐれでないか?」

「しっ。絡まれると面倒だよ。はやくギラーテアのところにいこ」


 遠くの席で、活気なくしんみりした雰囲気を漂わせる、かつてのパーティに眉をひそめる。


 が、アルウに腕を掴まれて強制連行された。


 やってきたのは『ギラーテア魔術師団』の定位置。


 机には桃髪をふわっとさせた姉御、リーダーのギラーテアだけが座っており、他の面々はいないようだった。


 ギラーテアのパーティが請け負うクエストは、どれも最高難易度のどでかいヤマだ。


 ガツンと行って、ガツンと稼ぐ。

 ドラゴン級冒険者にはそれが許される。


 ギラーテアのパーティは、いつも朝からクエストに出かけるので、アルウがギルド前で暇してた時点で、今日がクエスト行かないデーなのは確定していた。


 机のうえで何か書き物をしていたギラーテアが、赤い瞳でアルウへむける。


「ん? アルウだ。どうしたの、さっき遊びに行くっていって出ていったのに。あ、お小遣いもらいに来たのかな? よしよし、アルウは可愛いから、ギラーテアお姉ちゃん、たくさんお小遣いあげちゃおっかな」


 にこにこ楽しそうに笑うギラーテアは、ロープの内側から金貨を1枚取りだしてアルウへ渡した。


 身内には優しく、門外漢には氷より冷たい。

 相変わらず妹分たちには甘々のギラーテアだ。


「わーい。そういう訳じゃなかったけど、嬉しい。あとで飴買お。あ、それより見て見て、リーダー。ギルドの外でバルトメロイ拾ってきたよ」


 アルウが背後に隠していた俺を、ズイっとギラーテアの前へ差しだす。


 ネズミをとってきた猫が、口にくわえて飼い主に自慢して見せびらかすようだ。


 ギラーテアは目を見開き、「これは珍しい物を拾ってきたものね」と、満足そうな顔でアルウの頭を、フードの上から撫ではじめた。


 赤い瞳が俺の顔を見つめてくる。

 ニコリと笑い愛想をふりまく。


「おはようございます、ギラーテア様! 新入りです、よろしくお願いします!」

「というわけで、このバルトメロイが仲間に入れて欲しいって」

「なるほど、決心したかぁ。うん、そうね、はい、わかった。採用」


 面接突破。

 やりました。

 内定ゲットです。



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