第20話 クリフノード:魔導王のおもてなし
のどかな平原が一面に広がっている。
緑のカーペットのうえに、下手くそに引かれるのは踏み固められた長い道。
幾年月をかけて何度も、何度も旅する者たちの足、車輪、馬脚やらによって、作られていったその
馬車のなかでは、細部は違えど、白を基調とした高そうなローブに身をつつんだ集団がのっている。
クリスト・ベリアにてーー否、周辺都市国家を見渡しても最高の冒険者パーティと名高い、高い専門性と対応力に裏打ちされた信頼をもつ魔術師集団だ。
名を『ギラーテア魔術師団』という。
目的地へ向かい揺られる、かの偉大なるパーティは、移動中のこんな時でも魔術の研鑽を怠らない。
流石は、最高の冒険者パーティとうたわれーー、
「ああー!? どうして勝手に私のケーキを食べてるの、ノルン」
「だって先輩、もういらない、って感じで飴舐めはじめちゃったから、食べないのかと思って……これは不可抗力です。もぐもぐ」
「大事なものは一気に味合わない。なぜなら、とっておけば、二度楽しめるから。……ねえ、ノルン、もぐもぐ、してるけど聞いてる?」
「んぅ〜これが背徳の味なんですね。あ、よく聴いてなかったのでもう一度、言ってください、先輩」
「……よき。もうこれは戦争だよ」
フードから覗く
激怒した子猫くらい恐ろしい目つきで、幼げな顔の少女は、水色髪の少女をにらみ、その頭をたたいた。
攻撃された事にびっくりする少女。
鼻に生クリームをつけながら「ひどいです! 先輩、なんで叩くんですか!」と、被害者の心からの叫びでうったえる。
片方がたたき、もう片方もたたく。
フードを引っ張ったり、頬をつねったり。
どの攻撃もお互いを案じた範囲内の微笑ましい程度ものだ。
ただ、見ていて危機感の感じられない、喧嘩はなかなか終わらない。
「ノルンちゃんもアルウも、それぞれ悪いにゃ。けど、強いて言うならクリフが一番悪いにゃ」
ひろい馬車のなかの一角、2人の騒ぎを見かねた茶髪の少女が口をひらいた。
全体的にもふっとした形状は、象徴的な頭部の耳に裏打ちされた猫亜人の誇り。
ピンと立つ尻尾は自由を謳歌する
彼女の名はラスカル。
パーティ唯一の亜人にして、土魔術のスペシャリスト。
猫だ。決してアライグマではない。
「クリフ、にゃー、クリフ。サブリーダーが見て見ぬ振りはよくないにゃ」
(……今日も騒がしいな)
ラスカルの変則的なにゃんにゃん非難に、話をふられたクリフこと、クリフノードは窓際で頬杖をつきながら、うっすらと目を開ける。
そして、また、関わるだけ不毛だな、と判断すると目を閉じて多きにわたるサブリーダーとしての悩みごとについて、深く思案しはじめた。
(ギラーテアが微笑ましく眺めてるうちは、大丈夫だな)
「こらこら、喧嘩しないの。アルウにはあたしの分をあげるから。ノルンにはクリフの分をあげるちゃおっかな♪」
愛らしい妹たちを破顔して甘やかす桃髪の美しい少女が、箱からクリフの分をノルンへと融通する。
クリフは薄目で一部始終を黙って見おくり、また自分が犠牲にされた、と深くため息をついた。
(この緊張感の無さ……すこし危険だな。今回は普段のクエストとは毛色の違う案件。都市国家をまもる″古い神秘″のひとつをあずかる
クリスト・テレスに着くまえから、クリフには胸騒ぎがしていた。
それは、
(クリスト・テレスの『抱擁の魔導王』……アーケストレスの魔術協会の総本山から来た″
自身の偉大なる母校にて学んだ、研鑽の日々。
クリフは薄々と感じとる。
「魔導王め……″獣″が狙いか……」
「あー、このクリフ寝言いってるにゃ」
「サブリーダーもこうして見ると可愛いところがある。と思う」
「先輩、だからって、クリフ大先輩のほっぺたつついて遊ぶのは、怒られると思いますよ!」
「……アルウ、なんだ」
ゆっくり目を開け、かたわらで無表情のまま自身のほほを指刺す少女へ、クリフはうつろな目を向け、すぐにちょっかいをやめさせる。
(やれ、こいつらでも一流の魔術師。上手く動かせば、魔導王を出し抜けるかもしれない。ただ、懸念があるとすれば……)
「サブリーダーって、いつも難しい顔してる」
ふと、アルウが呟いた言葉が、やけにおおきくクリフの耳にも届いた。
「たぶん、クリフ大先輩は必要がないと魔術工房から出てこないことから、生粋の魔術師、なんだと思います」
答えるノルン。
あれやこれやといい、しばらく。
本人の前なのに、直接聞かないのはおかしいと思ったのか、馬車の面々の視線は、不思議とクリフへと集まっていた。
微笑み、楽しげなギラーテアも黙って赤い瞳をクリフへ注いでいる。
(……面倒だな、魔術師なら他人への興味ではなく、己の目指す深淵にのみ注力すればいいものを)
クリフはため息をついて、肩を下げ、窓の外を見つめながら呟いた。
「我ら知によって人となり、人を越え、また人を失う…… 魔術の学徒よ、けれど人であれーー。俺の竜学院での先生はよくこう言っていた」
「どういう意味だろ。サブリーダー、教えるべし」
「自分で考えろ。人はそれでしか物事をなせない」
クリフはそう告げると、再びまぶたを閉じて、思考の海へと身を沈める。
(魔術の学徒よ、けれど人であれ……か。バルトメロイ先生、あなたは人だったんですか)
⌛︎⌛︎⌛︎
平原に忽然と姿をあらわしたそびえ立つ城壁。
その門のなかへ馬車は吸い込まれていく。
衛士達による簡単なチェックをうけて、暗闇をぬけるとそこは昼の活気がみなぎる街が広がっていた。
クリスト・テレス、ひと月後、戦争する未来を背負った都市だ。
馬車の後部から、遠ざかっていく門をながめ、アルウは口を開く。
「意外と簡単に入れてくれる。幸先が良き」
「冒険者ギルドは人間の争いには、″基本″介入しないことになってるんですよ、先輩」
「だから、我らを都市に入れないわけには、いかないのにゃー」
(流石に簡単に入れすぎだな。この都市の魔導王は、あらかじめ俺たちが来ることも想定してるだろうに)
クリフは画期ある街並みを眺めながら思う。
この戦いは、冒険者としても、個人としても危険なものだ。
俺たちはただ都市に来ただけ。
都市国家連合から依頼されて、開戦前に魔導王を暗殺しに来たなんて事実があってはならない。
「さて、魔導王。どうもてなしてくれるんだ……ん?」
クリフが窓の外へ顔を向けていると、ふと馬車のいく手先から、まっくろいローブをなびかせて走ってくる男を見つけた。
汗だくで必死の形相の男は馬車にまっすく走ってくる。
(……)
クリフは、かたわらに立てかけてあった中杖に手を添えた。
「お前たち、さっそく
クリフの皮肉な笑顔と、楽しげな一声。
すぐに駆けてくる男はローブを脱ぎさり、なにかを叫びながら馬車へ突貫した。
「っ」
「なっ!」
あたりを焼く熱量。
目が息を殺す光の幕。
広場を襲うおおきな爆発音は遠くまで響いて行く。
一息の後、そこには木っ端微塵にふきとんだ車輪とピンク色の
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