4.竜王の妃
翌日、仕事に必要な魔導具や諸々を準備したオリヴィアとロザリアは、ロザリアの魔法で作られた巨大な鳥に乗って竜王国へとやってきていた。
地に降り立ったロザリアが青鳥の顎辺りを擽ると、満足そうに体を震わせたその鳥が、彼女の手にしている真白のロッドに消えていく。ロッドには水晶が飾られていて、バルディの家紋が刻まれている美しいものだった。
門番に話は通っているようで、竜王国へは名前を名乗っただけで入国できた。
オリヴィアは物珍しげに周囲に目を配る。あまり外に出ない彼女だけれど、別に外が嫌いなわけではないのだ。
「ふぁ……」
隣でロザリアが大きな欠伸を漏らす。寝不足なのを知っているオリヴィアは苦笑いをするしかできない。そういうオリヴィアも実は寝不足だ。どれだけこの国に滞在する事になるか分からないので、受けていた依頼をまとめて片付けたり、今日の準備をしていたらすっかりと夜も更けてしまった。ピクニックにももちろん行けず、オリヴィアは何度溜息をついた事か分からない。
「眠たい」
【そうね、わたしも眠たいわ】
「今日はゆっくり眠りたいわね。宿を先に取っておいた方がいいかしら」
【依頼の魔導具を見てからにしたら?】
「それもそうね。ぱっと終わらせて、観光したらぱっと帰りたいわ」
観光はするらしい。
オリヴィアが魔法黒板を胸に抱えて、声なく笑った。声はなくても、楽しそうな表情にロザリアの顔も緩むほどだ。
オリヴィアから見る竜王国は、とても豊かで平和な国に見えた。時折
王城を守る兵士にも止められる事はなかった。
あまりにも手続きがいらないものだから、ロザリアがその柳眉を顰めるほどに。
「……なんか怪しすぎない?」
案内してくれる兵士の後を歩きながら小さく呟く。オリヴィアは魔法黒板に文字を書く事も出来ず、姉の肘を突いて窘める事しかできなかった。
白い石壁と瑠璃色の屋根が美しい城だった。回廊はアーチ型の窓と四角い窓が交互に嵌められている。高い天井にも細やかな装飾が彫られていた。
白いタイルが敷き詰められた床には、金糸で刺繍がされた青い絨毯が敷かれている。その刺繍を眺めながら歩いていたら、ふと兵士の足が止まった。
オリヴィアが絨毯から顔を上げると、アーチ型の大きな扉が目前に迫っていた。青い両開きの扉を、二人の兵士が槍を掲げて守っている。
「バルディ様ですね、お待ちしておりました」
名乗る間もなく、兵士達が扉を開く。
音もなく、ゆっくりと開いた先に広がるのは王の間。先日遣いに来た男が、オリヴィア達を見て目をすがめる。他にも文官らしき者が数人と、剣を携えた騎士が数人。そして玉座には冠を戴いた黒髪の王が座していた。
「よくぞいらして下さいました、バルディ様!」
遣いの男が仰々しい程に歓迎の意を示す。オリヴィアは姉の舌打ちを耳にして内心焦っていたのだけど、幸いにしてそれが聞こえた者は他にはいないようだった。
招かれるまま、玉座の側まで足を進める。
金の冠を載せた王はどこか気だるげな視線を向けてくる。その金の瞳はオリヴィアの思い出の中にある黒竜のもので間違いなかった。
「お仕事を受けに参りました、ロザリア・バルディです。彼女は私の妹のオリヴィア。私達が魔女です」
魔女は誰に対しても跪かない。魔女は権力に屈しない。
「竜王リベルト・シルヴェーリだ。ご足労感謝する」
低い声にオリヴィアの鼓動がひとつ跳ねた。
ああ、彼だ。助けた黒竜は、間違いなくこのひとだ。黒竜の面影も、纏う気配も八年前と変わらない。
「それで、早速ですが契約を――」
「バルディ様、竜王様はあなたに命を救われた時からずっと想っているようでして」
ロザリアの声を遮ったのは、遣いの男だった。リベルトが眉を寄せたのも構わずに、にこにこと穏和な表情で言葉を紡ぎ出す。
「いかがでしょう、竜王様のお妃になられては」
「おい、ルーゲ」
「バルディ様……では、ご姉妹どちらもになってしまいますね。ロザリア様、どうぞ竜王様のお妃に」
ルーゲと呼ばれた男は、竜王の苛立ちを含む声も介さずに言葉を続けていく。張り付けたような笑みがなんだか酷く恐ろしくて、オリヴィアは胸の護符を握りしめた。相変わらずこの男からは強い
そしてもうひとつ。ルーゲの言葉にオリヴィアは胸が締め付けられるようだった。竜王が助けられたと思っているのは、強い魔女である姉。そして竜王の妃に請われたのは姉。妃になりたいわけではないけれど、その事実がなんだか苦しくて目を伏せた。
「私は竜王様をお助けした事はありません。それに、竜王様にもその気はないようですよ」
きっぱりと言い切るロザリアは、オリヴィアの手をぎゅっと握りしめた。その優しい温もりに、オリヴィアは伏せていた視線を姉へと向ける。
「まぁそれはおいおい、という事で。では早速お仕事をお願いしましょうか」
自分からその話を振ってきたにも関わらず、ルーゲはその場を流すように笑み混じりの声で言葉を紡ぐ。その声に促されてか、壁に控えていた文官が一人近付いてきた。
「バルディ様方には魔導具の解呪をお願いしたく、今回ご足労願いました。数が少し多いのですが……」
「構いません。では魔導具を見せていただいて、それから契約へと参りましょう。契約者はどなたが?」
「私が契約致しましょう」
ロザリアの声に手を挙げたのは、ルーゲだった。張り付けたようにしか見えない笑みがオリヴィアには不気味に見える。靄が見えているから、余計に。
「では拝見させて下さい」
「こちらへどうぞ」
ルーゲと文官が扉へと向かう。ロザリアとオリヴィアも手を繋いだままそちらへ向かう中、視線を感じたオリヴィアはふと振り返った。黒竜の王、リベルトが強い金の眼差しでオリヴィアを見つめていた。
それに応える事も、何をする事も出来ずに、オリヴィアは足早にその場を去るしかなかった。
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