6.魔女の契約
ルーゲと文官に案内された先は、厳重な警備の下にあるひとつの部屋だった。
ロザリアと共に中に促されたオリヴィアは、感じる呪力の多さに肌がちりつくのを感じていた。髪を一本に高くまとめているせいで、露になっているうなじがちくちくと小さな痛みを訴えている。
オリヴィアにはこの部屋全体が悪意に包まれているように、靄がかって薄暗く見えた。この魔導具達は呪われているというのだから、靄があるのも当然だろう。
周囲を見回したロザリアが、その柳眉を寄せながら口を開いた。
「これは……随分と数が多いですね。全てに呪いが掛けられている。……軽いものから、触れるだけで命に障る程の強いものまで」
「さすがはロザリア様ですな。これは数代前の竜王が集めた魔導具で、どれも非常に珍しく価値のあるものばかりです。しかしその王は自分以外がこの魔導具を使う事を良しとしなかった。それ故、こうして呪いを掛けてしまったのです」
ルーゲが大袈裟なまでに溜息をついて見せる。文官が羊皮紙の束をロザリアに渡すと、一瞥したロザリアは、それをオリヴィアに渡す。オリヴィアが確認すると、それはこの部屋にある魔導具を纏めた一覧表であるらしかった。
「どうしてこれを、今になって? 数代前という位ですから、他の魔女に解呪を頼むことだって出来たでしょう」
「その王は隠し部屋を作っていました。当時、どれだけの者が部屋の存在を知っていたかは、私にも分かりませぬ。これらは全て、その隠し部屋に秘蔵されていたものでありまして、部屋が見つかったのもつい最近――リベルト様が竜王の座に就いて見つけられたものなのですよ」
「そうですか。では……契約に参りましょう。オリヴィア」
ロザリアの指摘にもルーゲは淀みなく答えるばかり。ロザリアは同席する文官の様子を探っていたのだが、特に動揺などが感じられない事から、契約を交わす事にした。
姉に呼ばれたオリヴィアはひとつ頷くと、
オリヴィアから受け取ったその羊皮紙にロザリアが魔力を流す。
下ろしたままのピンクゴールドの髪が、魔力に煽られふわりと揺れた。
『魔女ロザリア・バルディ、魔女オリヴィア・バルディの名の下に契約を執り行う』
ロザリアの紡ぐ言葉が羊皮紙に刻まれていく。その文字ひとつひとつが、魔力を帯びてロザリアの瞳のような天色に染まっている。
『契約内容は魔導具の解呪。我ら魔女は心血を注ぎ、解呪を果たそう』
魔女の契約を見るのは初めてなのか、ルーゲと文官が息を飲むのがオリヴィアにも分かった。
ロザリアの足元に魔法陣が浮かび上がる。魔力が更に強まって、魔法陣を囲うように風が渦を巻いている。
『契約者は我ら魔女に危害を与えてはならない。契約者は我ら魔女を裏切ってはならない』
ロザリアの天色の瞳が色濃くなる。
最後の文言を口にした時、魔力は一気に収束して契約紙の中に吸い込まれていった。あとは魔力を帯びた羊皮紙がうすぼんやりと淡い光を放っているだけだ。
オリヴィアはルーゲに近付き、羽ペンを差し出した。それを受け取ったルーゲの元に、契約の羊皮紙がふわりふわりと近付いていく。
「そこに署名を」
ロザリアの声に、はっとしたようにルーゲがまた笑みを浮かべる。先程、竜王の名を口にした時は靄がかっていたのに、いまはそれが見えない。意識が契約の方に傾いているからだろうかとオリヴィアは思っていた。
指示された場所にルーゲが名を記すと、その署名さえも天色に輝く。
文字が帯びていた光はひとつに集まり、ルーゲの右手中指へと移動する。光は強く輝くと一気に落ち着いて、後には黒い指輪がはめられていた。
光を失った契約の羊皮紙がぱさりとその場に落ちる。オリヴィアはそれを拾うとくるくると丸めてマジックバッグの中にしまった。
「……これが魔女の契約ですか」
「ええ。契約が終了すればその指輪は消えますのでご安心を」
「はっはっは、さすがは希代の魔女と噂高いバルディ様――いや、ロザリア様ですな。魔力も当代一番と言われるそうではないですか」
「どこでそんな噂を聞いたのかは存じませんが、魔女に優劣などありませんよ」
「ご謙遜を。いやぁ、こんな方をリベルト様のお妃に――」
「それでは仕事に入らせて頂きます」
まただ、とオリヴィアは思った。
竜王の名を口にしただけでルーゲからは靄が溢れる。強い悪意がその身を覆う。オリヴィアが思わず首から下げたアミュレットを握りしめてしまうくらいに。
それに気付いたロザリアは、ルーゲの言葉を躊躇なく遮った。遮られたルーゲは苦笑いするばかりで、苦言を呈する事はなかった。
「お仕事の邪魔をするわけにはいきませんからな。私達はお暇する事に致しましょう。何かあれば、廊下の兵士に言伝てを。すぐに飛んできますゆえに」
「お気遣いありがとうございます」
恭しく一礼するルーゲと、ぴっと直角に腰を折る文官が部屋を出ていくとロザリアは部屋の中に結界を張った。盗聴防止である。
「あー、もう。ほんっと狸親父ね」
【まぁまぁ。お仕事始めましょうか】
大きく伸びをしたロザリアの悪態に、オリヴィアは声無く笑う。
魔法黒板に宥める言葉を記してから、マジックバッグの中から必要そうな解呪の魔導具を選んでいった。
「そうね。じゃあまず簡単なものから……こっちのオーブから始めましょうか」
ロザリアが手にしたのは、竜の爪に握られた黒く濁る水晶だった。それからも立ち上る靄が見えて、オリヴィアは思わず眉を寄せる。
「体調が悪くなったらすぐに言うのよ」
心配そうな姉に、大丈夫だとオリヴィアはひとつ頷いて見せる。
それでもロザリアの表情は晴れなくて、オリヴィアは魔法黒板を手に引き寄せた。
【悪意を感じるけれど、これは過去の残り香だから。辛くないわ】
「それならいいんだけど……。でも、無理しちゃダメよ」
過保護な姉を安心させようと、オリヴィアは笑みを深めて頷いた。その笑みにようやくロザリアも納得したのか、オリヴィアが用意した魔法陣が描かれた敷布にオーブを載せる。指先に魔力を乗せるとオーブに解呪の魔法式を刻んでいった。
ロザリアが解呪をしている間に、オリヴィアは次の魔導具を準備する。次はこのオルゴールが良さそうだ。姉の作った魔導具であるモノクルを着けたオリヴィアはオルゴールをじっと見つめる。
モノクルに魔導具の状態が文字となって浮かび上がる。それによるとこれには使用者制限の他に、ずっと音色を耳にしていると狂気に陥る異常も掛けられているらしい。何を思ってこんな呪いを掛けられたのか。
オリヴィアはオルゴールに対して同情の溜息をつきながら、解呪の為の魔導具を準備していった。
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