17.月映えを舞う風②
繋ぐ手の温もりが同化している。
元々ひとつであったかのように、隔たりなんて感じなかった。
【傷を癒して、そのあとは……?】
唇を読んだリベルトはその金瞳をすっと細めた。懐かしさと痛みが入り交じったような表情に、オリヴィアの胸が少し軋んだ。
「最初のうちはディーターとパトリック、それから二人の両親に助けられて竜王国の外れにある村で暮らしてた。一年くらいそうして過ごしていたか……その後は鬼族の国にいたんだ」
リベルトはオリヴィアに体を向けて座り直した。応えるようにオリヴィアも同じように体を向ける。向かい合って、それでも手を離すことはどちらからもしなかった。
「鬼族は亜人族との戦争中で、俺は傭兵として戦場を渡り歩いた。戦争が終わるまでの四年間、ずっと戦うことばかり繰り返してた」
【……危ないことも、あった?】
「戦争だからな。命も奪ったし、奪われかけた。さっきまで笑ってた奴らを看取ることだって少なくねぇ。……おかしくなりそうな血の臭いの中でも、声が聴こえるんだ」
【声?】
「ああ。……俺を救ってくれた、あの歌声。あれが聴こえるうちは生きることを諦めねぇでいようと思った。支えられてたんだ、あの歌に」
リベルトの言葉に、オリヴィアは息を飲んだ。
あの春の日が、あの歌声がそんなにも彼の心に根付いていたなんて。だからこそ、自分がその少女だと口にする事は出来ないと思った。もう歌うことさえ出来ない自分は、彼の記憶に残る少女とはあまりにもかけ離れているから。
「戦争が終わって、竜王国に戻って……先代が竜族至上主義を掲げているって知った。竜族こそが最高の存在であり、他種族は竜族に支配されるべきって考え方なんだけどよ」
リベルトは吐き捨てるように言葉を紡ぐ。その美貌は嫌悪感に歪んでいて、それになぜかオリヴィアは安堵している自分に気付いた。
「それに賛同する奴らもいたけどよ、俺は納得できなかった。親父達が治めてきたこの国がそんな風になっていくのも、見たくなかったしな」
【だから竜王になったの? 先代を討ったっていうこと?】
「古いしきたりに則ってな。一対一の決闘をして、強い方がその時代の竜王になる。俺は勝った、それだけだ」
【先代は?】
「自害したよ」
結末にオリヴィアは目を瞬く。その様子にリベルトはくつくつと低く笑った。繋ぐのとは逆の手でオリヴィアの髪先をそっと掬った。
「別に自害しなきゃいけないわけじゃねぇ。ただ、思うことがあったんだろうぜ。復讐だと捉えたのかもしんねぇし」
【復讐はしたかった?】
「どうだろうな。……憎くはあったし、両親の無念を晴らしたい気持ちもあっただろうが……先代を倒して竜王になって、それで満足したかってのは……また違う気がする。悲しい気持ちだとか、守られるだけだった不甲斐なさとか、そういうのはずっと抱えていかなきゃいけねぇんだ。俺にもまだ、よくわかんねぇ」
指にピンクゴールドの髪を絡めては、そっとほどく。そんな仕草を繰り返しながらリベルトは眉を下げて笑った。オリヴィアはその手を避ける事もなく、ただ耳を傾けていた。
「竜族至上主義なんて掲げられて、他の国を従属させようとしたら間違いなく戦争になる。平和に暮らしているところに、そんな火種を落とすわけにいかねぇ。そんな思いで立ったんだが、ただの復讐だったのかもしれねぇな」
【復讐だとしても。わたしは……そんな竜王国にならなくて良かったと思うわ。もし魔女も従属させようとしたなら、わたし達は戦っていたと思うもの。でもそんな事、誰も望んでいないでしょう】
リベルトの視線が、オリヴィアの口元に集中する。声無き言葉が紡がれるこの空間は、ただ静かで風だけが舞う。
オリヴィアは感情のままに口を開いた。
【あなたが竜王になってくれて、本当に良かったと思う。大変な事が沢山あっただろうけれど、生きていてくれて良かった】
オリヴィアの言葉に、リベルトは目を瞬いた。その言葉を噛み締めては震えるように息を吐く。囁くようなありがとうを、リベルトは吐息に紛れ込ませた。
魔導ランタンの灯りに、二人の影がゆらゆらと揺れ動く。
「退屈な話だったろ。次はお前の番だぜ」
【わたしの話の方が退屈だと思うけれど】
「俺は話したんだ。次はお前の子どもの頃を聞かせろよ」
雰囲気を一転させて、リベルトが明るく笑う。つられるようにオリヴィアも表情を和らげると、弧を描く唇で言葉を紡いだ。
【魔女の母と、学者の父、それから姉さんと四人で暮らしていたの。わたしは魔法を使えないけれど、薬作りやお化粧品を作るのは得意なのよ。父と一緒に実験をしながら、色んな薬を作るのが好きだったの】
「へえ、確かに器用そうだもんな」
【器用なのは姉さんも。姉さんは代々の魔女の中でも優秀でね、特に治癒や解呪に長けているんだけど、姉さんが好きなのは魔導具作り。いつも新しい魔導具を作っては、わたしを驚かせていたのよ】
家族の話をするオリヴィアはいつもよりも饒舌で、楽しそうだった。それを見てリベルトの笑みは深まるばかり。
【子どもの時の話って言っても、そんな毎日を繰り返していたから特に何もないの】
「いいじゃねぇか、楽しそうだ。ずっとあの家にいるのか?」
【ええ。町に出たりもするけれど……そういえば、こんなにも長く家を離れたのは初めてだわ】
「観光にでも連れてってやろうか」
【忙しいくせに。その疲れた目元に効く薬を明日にでもあげるわ】
「目元だけじゃなくて、疲れがぶっとぶような薬はねぇか」
【反動が大きいからおすすめはしない。休める時にはちゃんと休むのが一番よ】
残念と笑うリベルトに、オリヴィアも笑った。声は無くとも楽しそうな様子がリベルトにはしっかりと伝わっていた。
【そういえば】
繋ぐのとは逆手の人差し指を、オリヴィアはリベルトの鼻先へと突きつけた。その指を握って下ろさせながら、どうかしたかとリベルトが首を傾げて先を促す。
【わたしが嫁ぐって、どういう事かしら】
「なんでそれを……」
【あなたも知っている話なのね?】
唐突な問いかけに思わずと言ったようにリベルトが言葉に詰まる。それを見たオリヴィアは眉を寄せ、繋いでいた手を力任せに振りほどいた。
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