27.嘲りの玉座
玉座の間。
荘厳で権威の象徴の場所が、在るべき姿を失っていた。
アーチ状の窓からは至る所で煙が上がっているのが見える。それに対応出来る者は、もう誰もいなかった。
リベルトとロザリアは魔封じの手枷をつけられていた。二人だけではなく、城で働く者達が同じように手枷をつけられ、この広間に集められている。騎士達は城外の詰め所で拘束されているらしかった。
広間にはまだ薄く毒が焚かれ続けている。そのせいで、竜族の面々の顔色はひどく悪い。玉座の前にはリベルトとロザリアが。その後ろに文官や衛兵、侍女や使用人が並ばされている。
そして玉座に座っているのは、キリルだった。
スミレ色の髪の間から二本の太い角がその存在を主張している。いつもと同じ人好きのする笑みを浮かべ、ゆったりと豪奢な椅子に座って足を組んでいた。
キリルだけではない。
城内の者を拘束して、見張りについている者達の頭にもしっかりと角が生えている。
「竜王様、いまどんな気持ち?」
「くたばれ」
「ははっ、最高」
キリルの隣には侍女長のカミラが座らされている。その首元には角持ちによって剣がぴったりとあてられていて、時折肌に触れるのか、赤い線がいくつも刻まれていた。
「お前、
リベルトの声に、キリルは満面の笑みを答えとした。
鬼蛇族――国境の砦を襲撃してきた種族。他種族を贄に捧げ、力を得てきた滅びの種族。
「砦なんてただの陽動。こっちが本命だったんだけど、まさかこうも上手くいくとはねぇ。ちょっと城内の奴を信用しすぎなんじゃない?」
揶揄うようなキリルの言葉に、リベルトは眉を寄せるしか出来なかった。キリルの言う事は間違っていない。まさか城内に入り込まれるとは、思ってもいなかった。自分の甘さに唇を噛んだ。
この城では常時、状態異常を無効とする魔導具が発動しているはずだった。それなのに毒煙が撒かれてこのざまだ。
オリヴィアの言う通りだった。この城には悪意を持っている奴等がいた。あの時ちゃんと話を聞いていたら、これは防げたのかもしれない。
あれから城内を調べて、新しく雇った使用人がやけに多い事に気がついた。それを担当していたのがルーゲだという事も。深く掘り下げようとした矢先にこのざまだ。苛立ちも露に、リベルトは魔封じの手枷に力を込めていた。
「ああ、だめだって。それは壊れないと思うけど、竜王様だと何をしでかすか分かんないでしょ。だからわざわざ人質なんて取ってるのに」
リベルトの様子に気付いたキリルは可笑しそうに肩を揺らす。カミラの首にあてられている刃が動いて、また赤い線がひとつ増えた。
「やめろ!」
「さっさと殺して下さいませ。枷になるのはごめんです」
リベルトの声と、カミラの声が重なった。顔色は悪いものの、カミラの声は凛としていて命を落とす事を恐れてはいないようだった。
「君が死んだら、後ろからまた一人引っ張ってくるだけ。さぁて何人死ぬのかな」
「ゲス野郎が……!」
キリルが面倒そうに言葉を紡ぐと、カミラは悔しそうに顔を歪めて押し黙った。リベルトの悪態も気にした様子なく、キリルは笑みを深めるばかり。
「ゲスだけどそれがどうかした? 目的の為に手段なんて選んでられないのが普通でしょ。だから鬼蛇の誇りである角を隠す事だって平気だった」
スミレ色の髪から突き出る、漆黒の角。それを愛しそうに撫でて、キリルは笑う。その瞳に狂気の光を宿しながら。
「竜族に擬態するなんて、俺達の力を使えば簡単なもの。我らが神はそれだけの力を与えてくれている」
「他種族を生け贄にして得た力か」
「そうだよ。俺達にとって、他の種族の奴等は全て餌にしか見えない。力を手に入れる為の餌袋だね」
当然とばかりにキリルが笑う。
反論しても無駄だとリベルトは分かっていた。それが鬼蛇族の生き方だ。それを否定しても何の意味がない。それよりもこの状況を何とかして打破しなければならない。リベルトは必死に考えを巡らせていた。
「ねぇロザリアちゃんって毒が効かないの? 随分元気そうだよね」
不意に世間話でもするような気安さで、キリルがロザリアに話しかける。ロザリアは不快さを隠そうともせずに顔をしかめた。
「魔女に毒や呪いが効くとでも? 対処はしてあるのよ」
「へぇ、そうなんだ。ねぇねぇ、君って希代の魔女なんて持て囃されてるけど……本当はオリヴィアちゃんの方が凄いでしょ。君ももちろんそれを知っているだろうけど、オリヴィアちゃんが妬ましくないの? 大事そうにしているけど、本当は足手纏いだと思っているんじゃない? 嫌いで、いなくなってほしいって思ってない?」
キリルの声は労るようにどこまでも優しい。心の隙間に入り込もうとするように、ねっとりと甘い囁き。それはまるで毒花を芽吹かせようとするかの如く。
「馬鹿言わないで。確かにオリヴィアが力を使えばあたしなんて及ばない。だけどそんなの関係ない。あたしはあの子の姉で、あの子はあたしの大切な妹よ」
「ふぅん……つまんないの」
淡々としながらも怒りを帯びた言葉を紡ぐロザリアに、興味を無くしたとばかりにキリルは肩を竦めた。
リベルトは二人の遣り取りよりも、この場にオリヴィアがいない事が気に掛かっていた。臥せっていると聞いていたが、無事に逃げられたのだろうか。それを心から願っていた。
しかしオリヴィアがこの場にいないのに気付いているのは、リベルトだけではなかった。もちろんキリルも気付いていた。
「そのオリヴィアちゃんがいないんだよねぇ。部屋には何人か向かわせたんだけど、遅いな……ちょっと見てきてよ」
「待て!」
「やめて!」
キリルの言葉に応えて、扉を見張っていた鬼蛇族が二人動いた。
リベルトとロザリアは咄嗟に叫ぶ。オリヴィアだけでも無事でいて欲しいと、その願いが悲痛な声に宿っていた。
「だぁめ。俺、オリヴィアちゃんが気に入っちゃったんだもん」
キリルが悪戯に舌を出す。先割れした舌に飾られたピアスが唾液でぬらりと光っている。
「オリヴィアには手を出さないで」
「姉妹愛? 仲睦まじいのは良いことだけど、人の恋路を邪魔するのはいくらお姉ちゃんでも野暮ってものだよ」
「鬼蛇族の狙いは竜族だろうが。それなら俺の命で充分なはずだ」
「そう、狙いは竜王様だった。だけど気が変わっちゃったんだよねぇ。あんなご馳走がこの城にあっただなんて、やっぱり来て良かった」
ロザリアの言葉も、リベルトの言葉もどこ吹く風でキリルは低く笑った。熱を帯びた黒い瞳は、扉にだけ注がれていた。
玉座の間に焚かれている毒が強まったようだ。体の自由が効かなくなって、リベルトをはじめとする竜族はその場に膝をついてしまった。それを見て鬼蛇族は嘲けるように笑うばかりだった。
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