夏の終わり小規模な旅
今年の夏休みは慌ただしかった。
ただ慌ただしかった。
人生で初めて参加したイベントのゲーム大会で
準優勝
その大会で知り合った人達と暇を見つけては、
ゲームセンターで対戦して腕を磨き
夜は夜で天狗さんや紅美ちゃんとゲーム実況
プレイでの動画配信
合間を見つけてスマホゲームの夏休みイベントを消化と、それはそれは忙しい日々を送っていた。
雲の無い晴れ渡る空
頬に触れる夏の風
そんな爽やかだけど気だるい午後
住み慣れた部屋の窓辺で微睡みながら夏休みを
思い返していると……あら?
よく考えたら日常生活とアルバイト以外は
ほとんどゲームしかしてないぞ!
これはいけない。
その事に気付いてしまった賢明な僕は、残された夏休みを有意義に過ごすか考える事にした。
うーん、どうしよう?
音楽フェスっていう柄でもないし
ビアガーデン行くったって、僕は下戸だしな。
プールにでも行こうかな紅美ちゃん誘って
水着姿見たいし♪
でも、僕と一緒に来てくれないよな。
なんか嫌われてるみたいだし
それなら在り来たりだけど旅に行くのが、
いいかもね。
観光地を巡り美味しいもの食べて
温泉に浸かってゲームで疲れた身体を休めて、
それに思わぬ出会いもあったりするかも♥️
今までに無い体験をするのが旅の醍醐味だから
ね。
と言うことで旅の間はゲーム実況はお休みして電車に揺られて旅に出よう!
配信前の準備中、天狗さんに休みをもらう為に事情を説明する事にした。
「天狗さん、すいません
明日から3日の間配信に来れません。」
「何故だ?」
「夏休みの間ゲームばっかりの生活だったので、違うことをしようと思ったので旅に出ます。」
「そうか、楽しんでこい。」
意外とあっさり了承してくれたので、
その日の生配信はテンションの高い実況が出来ていい気分で帰宅した。
翌日の朝
僕は最寄りの駅から電車に乗って
ある地方都市へ向かう。
決めた理由は特に無いけど、あまり田舎に
行っても、すぐにやる事が無くなったら退屈で
困っちゃうので、そんなに田舎ではない町に
決めたんだ。
電車に乗る前に旅に合う曲をかけて旅人気分を演出してっと
旅行の時に乗る電車ってウキウキするよね。
コンビニで買ったおにぎりと唐揚げと、お茶で
朝御飯を食べてから車窓の景色を楽しんでいたけど…
似たような景色に10分も見ていたら飽きて
スマホゲームのイベントを消化すると、
朝も早かったので、いつの間にか寝ていて、
その後も起きてはゲームと睡眠の繰り返しで
電車に揺られて3時間ほどで目的地の町に到着した。
「意外と早くついたな。」
あーあ!と大あくびをして改札を抜けホールに出ると切符販売機の横に観光名所巡りの
パンフレットが置いてあるので参考までに手に取って開いてみる。
さて、どこに行こうかな?
「うーん、興味が沸く目ぼしい所が無いな。」
仕方ないので、自分の足で探すことにした。
しかし、夏の終わりだというのに何でこんなに
暑いんだよ。
どこかで涼みたいな。
そう思ってアーケード街に逃げ込んでフラフラ歩いていると、前方に味のある古い建物が目に
留まったので指差しチェック。
2階のガラス窓には喫茶店の文字
「よし、ここで一休みしよう。」
と、思いきや入り口のシャッターが閉まって
いて、まだ開店前のようだ。
開いてないのは仕方がない、後で来ることにして他を回ろうとしたら1階にはゲームショップの看板が出ていた。
「お、なんていい所に」
時間潰しには持ってこいで、ちょうどいいので入ってみよう。
「ゲームが僕を呼んでいる。」
なんて独り言を呟いて店内には入ると、程よくクーラーが効いていて快適
「どれどれ」
そんなに広くない売り場面積だけど見応えが
ありそうだ♪
新しい中古を確認してから昔のゲームも置いてあるのでチェックチェック♪
品揃えはなかなか豊富たぞ!
「おっ、これは天狗さんが前から欲しがっていたゲームだ。」
値段もお得だし配信でやってみたいって言ってたから、お土産に買っていこう。
そんな感じで1時間くらい店内を見ていたかな
ゲームを5本買って店を出た頃には喫茶店の
シャッターは開いていた。
ゲームショップの隣の細い階段を登って2階に着くとOPENのボードがドアノブに掛かっていて扉を開けるとカランコロンとなんとも懐かしいドアベルが鳴る。
少し薄暗い店内は木造のレトロな造り
「いらっしゃいませ。」
カウンターに座っていた女性の店員さんが
スッと立ち上がると彼女は、黒の大人しめな
ロングのワンピースに純白のエプロンを着け
頭にはカチューシャ
その姿はまるでメイドそのもので…
…って事はメイド喫茶なの?
メイドさんとは意外で驚いちゃう。
実はこう見えてもメイド喫茶に入るのは初めてなんで
それにしても想像していたのと違うなぁ。
店内には彼女しか見当たらない。
年の頃は20代後半くらいの眼鏡をかけた知的な感じの綺麗な女性
その彼女が「こちらへどうぞ」と丸テーブルの席に案内してくれると
「うちはパンとサラダ
それに合う飲み物しか置いてませんけど」
と言ってメニューを開いてくれた。
とにかく腹ごしらえがしたかったので、
サンドイッチとアイスティーを注文
ありがたい事に頼んだ品はすぐに来てくれたので、さっそく頂きます。
サンドイッチは玉ねぎが少し辛かったけど、
美味しく空腹の僕はすぐに食べ終わって一息つくとアイスティーをゆっくりと味わいながら店内を眺める。
照明には壁の各所にアンティーク調のランプがぼんやり点いて大人の隠れ家みたいで僕が好きだな。
「お口に合いましたか?」
メイドさんが感想を聞いてくるので
「美味しかったです。
それにしても素敵なお店ですね。」
と感想を述べると嬉しそうに
「フフ、有り難うございます。
私の趣味を全面に押し出してしまいまして」
「なんでメイド喫茶を始めたんですか?」
僕の質問に彼女は恥ずかしそうにしながら
「元は父が経営してた普通の喫茶店だったのですけど、3年前に亡くなって私が跡を継いだのです。」
そして彼女が言うには初めは地味な黒の制服とエプロン姿で働いていたけど、どうせなら
メイド服を着てみたくて、思いきって着てみたら評判も良くて、すっかり気に入ってお店の
制服にしたそうだ。
着ているメイド服は英国のヴィクトリアン調を意識してオーダーメイドで作ったと語る。
細かい内容は分からないけど一生懸命に説明してくれる彼女の話にウンウンと頷く。
好きなことを仕事に出来て幸せそうだな。
そんな彼女を見ていて僕も嬉しくなるよ。
「僕、メイド喫茶って可愛いメイドさんが
オムライスにケチャップで字を書くイメージがあったんですけど」
僕がそう言うと彼女はフフと上品に笑うと
「私はしませんし出来ません。
それにうちはパンしか置いてないですから」
なんて会話を楽しんでいると
カランコロン♪と扉が開き
パン箱を持った抱えた身体の大きな男の人が
入ってきて
「今日の分持ってきたぞ。」
「ありがとう、そこに置いて」
メイドさんはカウンターの上に置かれたパン箱からそれぞれのカゴにパンを移してからトングでパンを一つ掴むと
「サービスです。」
と言って僕のお皿に1つ乗せてくれた。
せっかくなので、頂きますと焼きたてのパンを一口食べると外はカリっとして中からバターが
ジュワっと溢れ出てほんのり効いた塩味がなんともたまらない。
「美味しい」と感想を述べると
男はそうだろそうだろ、と嬉しそうにパンに
ついて熱く語りだす。
2次発酵のコツだとか言うけどパン作りをしない僕には訳が分からなかった。
「もう、お客さん困ってるじゃない。
パンの事になると夢中で話し出すんだから」
メイドさんに注意されると男は苦笑い。
「彼、学生時代の同級生で、
彼のパン所のを仕入れているんですよ。」
この2人好きなことを仕事にして
それを熱く語るところなんて似ているし、
お似合いだよな。
食器も片付いたし、そろそろ帰ろうとしたら、
カウンターの棚から何かの箱を取り出して
「私、ボードゲームが趣味で今、他のお客さんもいませんし3人で遊びませんか?」
と誘ってくれたのだけど……
正直興味が無いのでどうしようかと考えているとパン屋の人が
「いつも2人でしか遊ばないんで付き合って
下さい。」
と言うもんだから結局付き合う事にした。
ルールを教えてもらい始めてみると
結構夢中になって、なんだかんだ1時間は遊んだかな
他のお客さんも来たので会計を済ませると
「また、近くに寄ったら来てくださいね」
と見送ってくれた。
いやぁ、楽しい時間を過ごせたよ。
ただ思っていたメイド喫茶とは違っていたけど
まあ、店長さんもメイド喫茶のつもりでは無いって言ってたしね。
いいお店だったな。
大人っぽい素敵なメイドさんに美味しいパンにボードゲームで遊べる喫茶店
紅美ちゃんと将来こんなお店が出来たら楽しいだろうな。
なんて想像しちゃうくらい素敵で、地元にも
隠れ家的なお店であったらいいのに
その後は、本屋に寄ったりしている内に空は
夕日で紅く染まっていた。
「そろそろ宿でも探すとするか」
さすがに疲れたので駅前に戻り手頃な値段の
ビジネスホテルがあったので、今夜の宿はそこに決めた。
ホテルのレストランで食事を取ってから部屋で
シャワーを浴びてから、一息ついてベッドに寝転んで、ボーっとしていると、スマホの着信が鳴った。
おっ、紅美ちゃんからのメールだ。
一体なんだろう?
もしかして、間宮くんがいなくて淋しいの
なんてのを期待して開いてみると
天狗ちゃん気にしてるからメールしてあげて
と、それだけで正直がっかりした。
ま、適当に返信しておくか
次の日
遅く起きたので、朝食は食べないでホテルを
出ると駅にあるファーストフードでハンバーガーを貪りながら、僕の興味がありそうなスポットのありそうな町を検索してみる。
お、そう遠くない町のゲームセンターで
『シャドウオブウォーリア』の大会があるようだ。
「今日はここだな。」
目的地を決め電車に乗ること1時間
駅に着いた時には午後12時を過ぎていた。
大会は午後3時からで時間に余裕があるので、
昨日の喫茶店が忘れられないので同じような
店がないか探す事にした。
駅前商店街や雑居ビルなど色々見て回ったけど、それらしい店は皆無なので、諦め他の飲食店で遅い昼食を取る。
腹も膨れたので気を取り直して
噂のゲームセンターを探す……までもなく
駅前デパートのテナントに入っていた。
「ここか」
店内に入ると入口の掲示板には、
『シャドウオブウォーリア』大会の手書きの
ポップが貼ってあって、ディフォルトされた
アマゾネスが可愛く絵描かれている。
「お、しかも個人戦」
チーム戦なら見学だけにしようかと思ったけど、これなら1人でも参加できるので
早速エントリー♪
自分がどこまで通用するか腕試しだよ。
あまり人がいない9人トーナメントでの開催
僕はシード枠に入っている。
1人目を難なく倒し2人目も手こずること無く
倒せて決勝戦
相手はそこそこ強かったけど優勝できて日頃
から天狗さんや『狼達の午後』の常連に鍛えられているのが実感できた。
優勝賞品はUFOキャッチャーの景品で
格闘ゲームのヒロインフィギュアセットが
手渡されて、表彰式が閉幕すると僕と試合した
参加者達から
「強いですね。
何もできなかったですよ。」
と誉めてくれたので、ご機嫌な僕は彼らに
自分のホームグラウンドに集まる変わった人達の、特に天狗さんの話をすると
「本当にそんな人いるんですか?」
なんて言われてしまった。
まあ、普通そう思うよね。
百聞は一見に如かずって言葉もあるから
『ゲーム天狗放送室!』を観てね、と宣伝も兼ねてお薦めする僕は、なんて気の効く男なんだろう。
これでチャンネル登録数も稼いだよ。
ここで半日以上は遊んでたかな?
その後は、近くのチェーン店のレンタルショップでゲームやDVDをチェックしたけど僕の地元とあまり変わらない。
コンビニのイートインで食事を済ませてから、
駅前の休ホテルにチェックインすると、シャワーを浴びてすぐに寝ちゃったよ。
3日目の朝
朝食を済ませてホテルを出る。
あっという間だったけど楽しかったな。
早く帰って天狗さんに色々話したいからと
午前9時の電車に乗って帰ることにした。
昼頃に地元駅に着くと天狗さんのアパートに
向かう。
「フフフ、天狗さん驚くぞ。」
安く手に入れたレトロゲームに、素敵な喫茶店
それと地方のゲーム大会の優勝
土産話でいっぱいだ!
ハイツホンマの201号室に着いてノックすると
「どなたかな?」と天狗さん。
「一騎です、お邪魔しますね。」
「なんだ、早く帰ってきたのだな。
旅はどうだった。」
さっそく感想を聞いてきたので、旅先で買った
自慢の品々を広げると天狗さんは一つ一つ手に取って
ほー、と感嘆の声を上げる。
お土産ですと天狗さんの欲しがっていた
レトロゲームを渡して喫茶店の話や
ゲームセンターでの僕の武勇伝を語ると
興味深く聞いてくれるので気持ち良く話をしていたら
「土産も有り難いし話も面白いのだが…
ゲームだけの夏休みに疑問を持って行った割には…」
あっ!旅先でもゲームばかりだ!
これは盲点気がつかなかったよ。
「それに普段の日常のようで、
地元名物を食べたとか観光地を巡ったとかも
聞かないし」
聞かないし?
「ただ地方の駅前商店街を巡って、ゲームを
買ってメイド喫茶とゲームセンターに行っただけにしか思えないのだが…」
クッ、確かにそうだけど
いい気分で話してたのに水を差すような事
言わなくたっていいじゃないか?
「わざわざ旅行に行かなくても、街に出れば
1日で事足りるような…」
この人、はっきりとは言わないけど、まるで
無駄足だったなと言わんばかりに駄目押しまでする。
ただ、これだけは分かって欲しい。
僕はメイド喫茶に行ったんじゃなくて、
メイド服を着た女性(ひと)が経営している、
きちんとした喫茶店に行ったんだと、説明しても
「同じだろう。
何が違うのか分からん。」とか
「きちんとした喫茶店って何だ?」
「お主の思い込みじゃないのか」
なんて言う
クッソー!あまりにも悔しいので僕のいない間
何をしてたか聞いてやる。
「て、天狗さんこそ、
昨日と一昨日は何してたんですか?」
どうせ部屋から出ないでゲームやってたか本を読んでたかでしょ。
「ああ、昨日は紅美とプールに行ったな。」
え、どういう事?
僕のいない時になんで?
「えー、ズルい!」
「ズルいと言われてもな。」
「何で、僕が帰って来るまで待ってくれなかったんですか!」
「確かにお主の言う通り、この夏はゲームの日々だなと紅美と話していたら…」
話していたら…
「紅美がな、新しい水着を買ったから一緒に
プールに行こうと誘うもんでな。」
一応すまなさそうに話す天狗さん
何だよ、もう
僕も紅美ちゃんと、プールに行きたかったよ。
それでも僕の小規模な旅は有意義だったはず。
チクショウ!
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