バイト先の名物店長

 僕は隣街の古本屋で週に2~3日アルバイトをしているんだ。


 その店はいつも洋楽がかかっていて、店の奥のカウンターに座っている男の人が、この店の店長さん


 彼の年の頃は40代後半から50代頭位

知的な顔立ちで、身長は僕の170cmより少し高い位のスラッとした体型をしている。


 『ルー デ フォルテューヌ』の開店の時


 店にチラシを置くのを快く承諾してくれる

優しい人で、映画、演劇、アニメに洋楽、模型や格闘技等、あらゆるジャンルに詳しくて、僕が質問すると大抵の事は答えてくれる。


 そんな店長を僕は尊敬しているんだけど、

ただ一つ困った事があるんだ。


 彼は昔演劇をしていたそうで、よく仕事中に

「いやぁ、あの時は大変でねぇ」と当時の事を語り出す。


 演劇といっても、劇団に所属せずに1人芝居を10年位やっていたみたいけど、観に来てくれるお客さんがあまりにもいなくて、限界を感じて辞めたらしいんだけど………


「間宮君、ちょっといいかい?」


 そして今日も始まるよ。


 店長は演劇に対する情熱が未だ覚めていないようで、今みたいに店が暇になると時々こうして、昔演じた一人芝居の演目を僕に観せるんだ。


 ジャンルは1人アングラ劇とか言ってたけど、演劇は観たことがないので全く分からない。


 そして困るのが、過去の映像を僕に観せて

感想を求めてくるけど、訳が分からない上に

面白いとは思えず、だからといって正直に面白くないとも言えない。


「アー、アーー、アーーー」


 お腹を両手で押さえて声の調子を確かめて、

ストレッチで身体をほぐす。


 そして、録音したアナウンスをかける。


「はい、今日も始まりました。

ベルセルク早坂の一人芝居の時間です。」


 これをわざわざかける必要あるのかな?


 前回は売れないフォークシンガーの一生って

タイトルで、ギターを弾けやしないのにギターを持ってギターの音色を口ずさみながら弾き語りをしていた。


 1人でプロレスの時もキツかった。


 夜を旅するライオンと少女とか理解不能な話もあったり、前回は昔流行ったロボットアニメの最終回のラストシーンをやった。


 学生服を着た店長が自分の周りに登場キャラのフィギュアを置くと、主人公以外の声を録音した音声を流して演技が始まる。


「僕は僕だ!僕でいたい!」


ビシッとヒビが入る音


「僕はここにいてもいいのかもしれない!」


「僕はここにいてもいいんだ!」


 何かが吹き飛ぶような音の後、ワーと歓声に鳴り響く拍手


録音したキャラ達の声が


「おめでとう」

「おめでとう」


店長を祝福


「ありがとう」


 店長の笑顔で終わると、エンディング曲の

イントロが流れ、店長が自ら歌いだす。


 それをお客さんが入店しても構わず続けるもんだから、お客さんの方もドン引きして出ていくんだ。


 今回のはSMクラブの女王様が殺し屋で、客のMがターゲットを始末するお話


 タイトル名は『キラークィーン』

Sの殺し屋の女王様と殺害されるターゲットのMを見事に演じた。


 海外のグラムロックとかいうジャンルの曲をかけて、店内を縦横無尽に歩き回り台詞を喋る店長


 女王様がビシッと叩くと、「あーー!」苦痛と快楽でボルテージが上がり絶叫するM


 それを繰り返し行い、遂に息絶え1人2役の

熱い演技は終了


「間宮君どうだったかな?」


 観劇してる間、アルバイト代は払ってくれるから不満は無いけど


「良かったです。胸が熱くなりました」


 なんて心にも無いことを言うのが辛い。


「昔は斬新だったようで、受け入れられなくてねぇ」


 染々と感慨深く言うけど、今でも受け入れられないと思いますよ。


 仕事が終わって上がる時に店長は


「間宮君がうちで働いてくれて良かったよ。

みんなすぐに辞めるか無視するかだったからね」


 なんて感謝してくれるけど、仕事で評価された訳じゃなく、一人芝居の感想に当たり障りなく答えてるだけなので複雑な気持ちになる。


 滑稽に見えるけど、その情熱が羨ましく思える事もあり、僕が店長の年の頃になった時に、なにか夢中になれるものを持っていれればと思う。


 仕事中でも独り言のようにブツブツ台詞を

喋る店長


 演技に夢中になると周りが見えなくなる店長


 今でも演技の為に太らないように運動をして、食事にも気をつけ体型を維持している努力家でストイックな店長


 人柄が良くて変わり者の店長


 今の店長の演技は、僕しか観る人がいないかもしれない。


 だから、ここで働かせてもらっている間は

敬意を持って観劇しようと思う。



翌日の夕方


 いつものように動画配信の為に天狗さんの

部屋を訪れる。


 ノックをして「お邪魔しますね~」と部屋に入ると紅美ちゃんが歌っている。


「一騎よ、本日の『ゲーム天狗放送室!』では

劇をしてみたいと思う」


「珍しい試みですね。

どうしたんですか?」


「今日、紅美と演劇に行ってきたのだか、これが面白くてな」


 それに影響を受けての劇か、単純だなぁ。


「それで、何を観たんですか?」


「星の王子さまー」


 紅美ちゃんが答える。

へぇー、確かサン・テグジュペリって人の作品で絵本で有名だよね。


 紅美ちゃんが観るのにピッタリの可愛らしい

お話だけど、天狗さんには似合わないな。


「確か、フランスの作品ですよね」


「いや、日本人が書いた戯曲だ」


「へっ?」


「寺山修司って人の戯曲でな、三島由紀夫が

傑作だと言ってたらしく、以前から気になっていたのだ」


 寺山修司?三島由紀夫?僕が知らない名前だ。


「アングラ劇は初めて観劇したのだが、これはなかなかに奥が深い」


 そう言って、寺山修司の戯曲集を僕の前に

出すと


「今日の配信は、この中の作品から1つ選んで朗読劇をしよう思う」


 えっ?アングラ劇って……店長がやってたような劇の事をやらされるの?


 店長の観てきたけど、全然理解できなかったし、正直やりたくないな。


 紅美ちゃんは、どうなんだろう?


「紅美ちゃん、この劇面白かった?」


「んー、分かんない」


 そうだよね、分からないよね。

視聴者さんだって、いきなりアングラ劇を観せられても困惑しちゃうよね。


 でも、そんなに演技がしたいのなら僕にいい提案がある。


「それなら、僕の好きなアニメに声を吹き替えてアフレコしてみたいです」


「紅美は、昨日見たドラマがいいな」


「おい、勝手に決めるな!」


 3人が3人とも、思い思いの事しか言わないから意見がバラバラで決まらなくて、その日の

『ゲーム天狗放送室!』は中止になった。


 店長が演じていたい気持を少しだけ理解できたような気がしたよ。


 僕も自分のネットラジオで朗読劇でもやってみようかな。


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