第36話 お母さんにも叩かれたことないのに

 白竜になったわたしは、コロナを背中に乗せて飛んでいた。


 森で普段通りの生活をしていたわたしに、彼女が知らせてくれたのである。

 事は急を要する。

 シメイの一大事なのだと。


「ぐるぉ……(すごいわね……)」


 眼下で大地が抉れている。

 それがずっと先まで、見渡した地平線の向こうまで続いていた。

 この破壊跡を辿ったその先に……危険な竜がいる。


 わたしはかなりの速度で飛んでいた。

 なぜか胸騒ぎがするのだ。


「……っ! 速い、速すぎるわよぉ!」


 コロナが背に乗っている。

 彼女は必死で鱗にしがみ付いていた。

 その姿はボロボロだ。


 彼女は危険な目にあうのを覚悟して、森を突っ切ってきてくれたのだ。

 実際うろのお家に着くまでに獣に追いかけられて、大変だったらしい。

 その想いに深く感謝する。


「……ッ、ぐらぁ!(……ッ、見えた!)」


 わたしのドラゴンアイが捉えた。

 あとほんの少し飛んだあたりで、黒い竜と大勢の騎士たちが戦い合っている。


 かなりの乱戦だ。

 大っきな弓や大岩が乱れ飛び、その隙間からワイバーンたちが黒竜へと果敢に攻撃を仕掛けていた。


(……あ!? いた!)


 シメイだ!

 シメイがハービストンに乗って戦っている。


(――ッ!?)


 黒竜へと体当たりを仕掛けた彼が、薙ぎ払われて空中へ放り出された。


(やばいやばいやばいやばいやばいやばい!!)


 竜はシメイを狙っている。

 いま、鉤爪を振り上げた。


 ダメ……。

 そんなことはさせない。

 そんなことをしたら、シメイが死んじゃう。

 わたしは絶対に、彼を殺させやしない!!


「ぐるぅおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 咆哮する。

 翼を広げ、全速力で空を駆ける。


「ぐらぁあああああああああああああ !!!!(えやあああああああああああ!!!!)」


 一直線に飛んだわたしは、鉤爪が振るわれるよりも早く、黒竜に体当たりを仕掛けた。




「きゃああああああ……! あんた、無茶しすぎよおおおお……!」

「ぐるぇ!?(はえっ!?)」


 体当たりの衝撃で、コロナが宙に投げ出された。

 必死になり過ぎて、彼女のことを忘れていた。


(あわ、あわわわわわわ!?)


 ど、どうしよう。

 助けたいけど、全力で突撃したわたしは黒竜と揉みくちゃになって、すぐに立ち上がれそうにない。


「……ハービストン! こい……!」


 シメイが空中でハービストンに乗り直した。

 そのまま空を舞い、コロナをキャッチする。


「アサヒか!?」

「ぐらぁ!(シメイ!)」


 いまが戦闘中なんてことも忘れて、わたしたちは見つめ合う。

 彼が無事で、本当に良かった。




「……白竜だ……。白竜が現れた……」


 金ピカの鎧を着た騎士さまたちが、足下でわたしを見上げている。


 彼らはみんな呆然とした様子だ。

 白竜だ、白竜だって口々に呟いている。

 わたしみたいな白い竜を、見たことがないんだろうか?


「……伝承の……。救いをもたらす、白き竜……」


 はえ!?

 お、拝み始めたぞ?


 なんだこの人たち。

 泣いてる人もいるし、正直ちょっと怖い……。


(あ!? そんなことより!)


 シメイとコロナだ。

 キョロキョロと首を回してふたりを探す。

 すると彼らは、戦いの場から少し離れた場所に、無事着地していた。


 あそこなら安全だろう。

 騎竜から降りたシメイが、苦しげに片膝をついている。

 コロナは心配そうにオロオロしている。

 彼が辛そうなのは、きっとこの黒い竜に叩かれたからに違いない。


「ぐるぉ……(許さない……)」


 シメイに手をあげるなんて。

 キッと竜を睨んだ。

 すると黒竜はギンっと血走った目で、わたしを睨み返してきた。


 こ、怖っ……!?

 ちょっとこの竜、目つき悪すぎないかしら?

 睨み負けて、思わず目をそらす。


「……グルゥアアアアアアアアアアアアアア!!」


 組み敷いていた竜が叫んだ。

 あまりの迫力に、肝が冷える。


 ――……滅びを……。王国に、滅びを……!――


 竜がわたしを跳ね除けて立ち上がった。

 わたしの巨体が、土煙をあげてズズンと倒れる。


「……退避ぃ……! 巻き込まれるぞぉ……!」


 騎士や兵たちが、わらわらと逃げていく。

 黒竜が手を振り上げた。

 勢いよくその手を振り下げて、わたしの顔をガツンと叩く。


「ぐりゅあ!?(あいたぁ!?)」


 痛い!

 いまのは痛かった。

 ほっぺに引っ掻き傷が出来ている。

 なんて凶暴なヤツなんだ!


 竜は次々と攻撃してくる。

 何度も何度もわたしを叩いてくる。


「ぎゅ、ぎゅるり!(やめ、やめて!)」


 わたしは堪らず頭を抱えた。

 背中を丸めて、全力で尻尾を振るう。

 その竜の尾が、黒竜にクリーンヒットした。


「グギィアアアアアアアアア!?」


 跳ね飛ばされた黒竜が、大地にぶつかってバウンドした。

 地震みたいな地揺れが起きる。


 わたしと黒竜の間に少しの距離ができた。

 これで仕切り直しである。


 ドラゴンテイルの強烈な一撃を受けた竜は、なんとも苦しそうだ。

 でもフラフラしながらも、立ち上がってくる。


 ――許さぬ……! 余は、決して許さぬ……!――


 黒竜がなにか言っている。

 許さない?

 はん……!

 それはこっちのセリフよ!


 横目でチラッとシメイを見た。

 ボロボロになっている彼の姿……。

 わたしのか、かか、彼氏を、あんな酷い目にあわせるなんて!


「グルゥオオオオオオオオオオオ!!」

「ぎゅ、ぎゅるわあああああああ!?(な、なによおおおおおおおお!?)」


 再びわたしたちの取っ組みあいが始まった。




(……やばい)


 勝てそうにない。

 というかこの竜、強すぎる。


 左右の鉤爪のコンビネーションから、尻尾の叩きつけ。

 上空に舞い上がってからの急降下攻撃。

 回転尻尾攻撃、エトセトラ、エトセトラ……。


 こんな大きな図体のくせして、何気にフットワークが軽いのだ。


(ぅう……。こいつめぇ……)


 殴られ過ぎてもうわたしはフラフラだ。

 この竜は、戦い慣れしている。

 対するわたしなんて精々、鉤爪ビンタと体当たりくらいしかできない。


「ぐ、ぐるぃ!?(あ、熱い!?)」


 いまの攻撃も厄介極まりない。

 どうやってるのか知らないけど、炎や氷や風なんかで攻撃してくる。

 こんなこと、わたしには出来ない。


 どうすれば……。

 いっそ噛み付いてやろうかしら?


 そんなことを考えていると、竜の姿が掻き消えた。


(はえ!? ど、どこに……)


 瞬間、脳天に凄まじい衝撃が走った。


「ぐりゅぉ!?(ぐほぉ!?)」


 ど、胴回し蹴り!?

 いまのって、胴回し回転蹴りよね!?


 空手家か!

 竜のくせになんて攻撃を仕掛けてくるんだ?

 目の前がチカチカする。


(……あ、……だめかも……)


 意識が遠くなり始めた。

 けれども黒竜の猛攻は止まらない。


「ギュリイイイイイイイイイイイ!!」


 咆哮と同時に強烈な尻尾の一撃が、わたしのお腹に突き刺さった。


「……ぐるぉ!?(……ぐはぁ!?)」


 脚がガクガクする。

 もう立っていられない。

 ここまで頑張って、猛攻を耐え忍んでいたわたしは、遂には胃液をはき散らしながら膝を屈した。

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