第9話 村からの逃亡
「ちょ、ちょっとあんた……。その羽は……」
「あっ!?」
まずい!
コロナに竜翼を見られてしまった。
もう村にはいられない!
慌てて踵を返す。
「ま、待ちなさい! 話を聞かせなさいよ! 誰にも言わないから!」
「……はえ?」
困惑して足を止めた。
振り返って彼女の顔を眺める。
「……つ、捕まえて、王国に突き出さないの?」
「……どうしてよ?」
「だ、だってわたし! 翼が生えてるんだよ?! 黒髪だし黒瞳だし、……魔女だーって言わないの?」
コロナはブスッとした表情で、わたしの言葉を聞いていた。
腕組みをして盛大にため息を吐き出す。
「あんたが魔女じゃないことくらい、わかってるわよ。……いえ、本当は魔女なのかも知れないけど」
「ち、違うよ! 魔女じゃないよ!」
「だからわかってるってば!」
意味がわからない。
彼女はなにを考えているんだろう?
「じゃ、じゃあどうして……?」
「……だってほら。あんたって、ヘタレじゃない」
「……ヘ、ヘタレ!?」
酷い言われようだ。
しかもなんだか睨まれているみたい。
そりゃあコロナには何日もこき使われ続けても、逆らいもしなかったけど、だからってヘタレ呼ばわりはあんまりよ!
(でも……)
でも、話を聞いてくれるつもりはあるんだ……。
少しだけ安心する。
彼女に向けて口を開こうとした。
そのとき――
「おーい! まだかぁ? もう午後の……仕事……が……始まる……ぞぉ……」
村人たちが入ってきた。
3人連れの男たちだ。
彼らはあばら家に入ってくるなり、翼を生やしたままのわたしの姿を認めて、目をぱちくりとさせた。
「……ま、……魔女……だ……」
「やっぱり……やっぱり、魔女だったのかお前!?」
男たちが騒ぎ出した。
その内のひとりが、泡を食って逃げ出していく。
「ひゃぁあ!? お、お助けぇ!」
「あ……。ま、待って! これは、これは違うの!」
室内に残った男たちも、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てている。
家屋の外が、ガヤガヤと騒がしくなってきた。
さっき走って逃げた男が、騒ぎを広めているのかもしれない。
「ど、どうしよう……。どうすれば……?」
オロオロとしてしまう。
でも仕方ないじゃない!
いままでの人生で、こんな風に差し迫った判断を求められることなんてなかったんだ。
「魔女め! やっぱり俺たちを騙していたんだな!」
「な、なにが狙いだ! 思い通りになると思うな!」
男たちが口汚く罵ってくる。
それに気が動転してしまったわたしは、逃げることさえ忘れてその場に立ち竦んだ。
――ドンッ!
呆けていると、背中を押された。
緩慢な動作で振り返ると、コロナがキツい表情でわたしを見つめていた。
彼女にも、酷いことを言われるのだろうか。
「なにぼさっとしてるの! はやく行きなさい! 逃げるのよ!」
「……はえ?」
「『はえ?』じゃないでしょ! バカじゃないのあんた! いいから行けって言ってるの! 捕まって王国に突き出されたいの!?」
あ、そうだ……。
逃げないといけない。
ようやく頭が回転してきた。
「ほら! はやく!」
「う、うん……」
頷いてあばら家を出る。
すでに家は何人もの村人たちに囲まれていた。
「で、出てきたぞ!」
「ほ、ホントだ!? 羽が生えている!」
「魔女……。魔女だ!」
叫ぶ彼らを放って、大空へと高く舞い上がる。
必死で飛んで逃げると、あっという間に村は見えなくなった。
森へと逃げ込んだわたしは、翼をしまって地に降り立つ。
途端に力が抜けて膝が崩れた。
湿った地面に手をついて、四つん這いになる。
思い出すのは先ほどの村人たちの顔だ。
少しの間とはいえ同じ農作業に従事して、顔も見知った彼ら。
その彼らが怯えを含んだ表情で罵ってきた。
そのときの顔が、声が、頭から離れない。
「なんだか……疲れちゃった……」
思わず呟いた。
「少しだけ、眠りたいな……」
顔を上げる。
辺りを見回すと大木の根のあたりに、ちょうど人間がひとりすっぽりと収まるくらいのうろがあった。
立ち上がって、のろのろとそのスペースに向かう。
隠れるように体を収めた。
「お母さん……。絵里ちゃん……」
日本で暮らす母と妹に思いを馳せる。
ふたりは元気にしているだろうか?
いなくなったわたしを、探してたりはしないだろうか?
「……帰りたい……な……」
小さく漏らしてから目を瞑る。
頬を伝う雫を感じながら、そのままわたしは、落ちていくように意識を失った。
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