第37話 あなたと合体し以下略

 白竜アサヒと、黒竜イネディットが激しく戦っているのを、俺は片時も目を逸らさずに見つめる。

 押しているのは黒竜のほうだ。


「ああ……。あの子が、やられちゃう……!」


 コロナが必死にアサヒを応援している。


 たしかに一見すると、白竜の彼女は防戦一方である。

 激しい攻撃に手も足も出ていない。

 だがむしろ俺には、苦しそうなのは黒竜のほうに見えた。


「……はわぁ、危ない! アサヒ……!」


 黒竜の喉元が赤く輝きだした。

 破壊のブレスだ。

 しかしブレスは放たれることなく、赤熱していた喉は元に戻っていく。


(……黒竜は……消耗している……!)


 もうブレスを吐く力も残されていないのだろう。


 俺たちの……。

 王国騎士たちの奮闘は、決して無駄ではなかったのだ。


 黒竜の猛攻は最後の足掻きだ。

 これを凌ぎ切れば、アサヒの勝ちである。


 だが彼女は繰り出される攻撃を、ひとつもまともに防御することが出来ず、全てクリーンヒットさせられていた。


(……まずい。……このままでは……!)


 イネディットの強烈な一撃が、彼女に突き刺さった。

 アサヒが地に膝をつく。


「ああ!? アサヒ!?」


 どうすればいい?

 どうすれば俺は、彼女の力になれる?


 白竜アサヒが立ち上がった。

 フラフラしながらも、なお黒竜イネディットに立ちはだかる。


「……もういい! もういいから逃げなさい、アサヒィ!!」


 考えろ……!

 考えろ、俺よ……!


 好いた女が、目の前で死に物狂いで戦っている。

 俺の為に戦っているのだ。

 それをこんな安全な場所で、ただ見ているわけにいくか!


「……そう、だ」


 ふと気付いた。

 俺なら……。

 俺ならばアサヒと共に、戦うことが出来るはずだ。


 俺は王竜騎士団団長、シメイ・ウェストマール。


 ――王国最高の『竜の騎士』なのだから!


「ハービストン! いくぞ!」


 騎竜に跨り、大空へと舞い上がった。


「待っていろアサヒ! 俺は決して、お前をひとりで戦わせなどしない!」


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 もうだめだ……。


 何度もそんな風に考えては立ち上がる。

 意識がはっきりしない。


 けど、わかっていることがある。


 わたしがここで倒されてしまうと、たくさんの人の命が奪われる。

 シメイが……死んでしまう。


「グルァアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 また攻撃された。

 今度は体当たりだ。


 跳ね飛ばされたわたしは、不様にごろごろと大地を転がる。


「ぐ、ぐるぉ……(ま、まだよ……)」


 膝が笑っている。

 それを無理やり押さえ込んで立ち上がった。

 でもそろそろ、本当に限界がきている。


「ギュルゥ……」


 黒い竜がゆっくりと近づいてきた。

 わたしにとどめを刺すつもりかもしれない。


「……逃げなさいぃ……、アサヒィ……!」


 いまのはコロナの声だ。

 そうは言われても、ここでわたしが逃げ出せば、彼女だってどうなるかわからない。


(お家で、待っていて貰えばよかったなぁ……)


 まぁついてきたのは、コロナなんだけどね。

 彼女はいつも、強引なのだ。


「フシュルゥ……」


 息を吐く音がした。

 顔を上げると、黒竜が目の前まで来ていた。


「……グルゥア……!」


 竜は鉤爪を振り上げている。


 ああ……。

 また叩かれるのかぁ。

 もう痛いのは嫌だなぁ。


 でもいくら叩かれても、耐えてやるんだ……!


 覚悟を決めて目を閉じた、そのとき――


「……ァサヒィ……! ……こちら…見……!」


 いまの声は!?

 頭の上から響く声に、天を見上げる、


「ぐ、ぐるぇ!?(は、はぇえ!?)」


 わけがわからない!

 空からシメイが――

 太陽を背にして、空からシメイが『降ってきた』!


 なんだ!?

 どうなってるのこれ!?


「アサヒィイーー! 背中を向けろおおおー!!」

「ぎ、ぎゅりぃ!(は、はぃい!)」


 相変わらずセクシーな声だ。

 ドキドキしてしまう。


 反射的に返事をしてから、わたしは彼に背中を向けた。

 ドンッと鱗に衝撃が伝わってくる。


 ちょうどそれと同じタイミングで、黒竜の鉤爪が振るわれた。

 でもわたしは無意識に手を振り上げて、竜の爪を弾き飛ばす。


「ぐらぁ!?(いまのは!?)」


 はじめて攻撃を防御できた!

 でもどうして!?

 なんか、無意識に手が動いたんだ!




「ギィガアアアアアアアアアアアアッ!!」


 黒竜が怒涛の攻撃を仕掛けてくる。

 すごい迫力だ。


 これはまずい。

 いまはシメイが、背中に乗っているのに!


「……アサヒ! 俺を信じろ!」

「ぎ、ぎゅらぁ!?(な、なんのことですか!?)」

「すべてを俺に委ねろ! お前はずっと、俺だけを見ていればいい!」


 なんだ、この台詞。

 ププ、プロ、プロポーズか!?


 顔が赤くなる。

 心臓がドキドキしてきた。

 嬉しい……。

 嬉しいけどでも、なんだってこんなときに!


(はわ……。はわわわわわ……)


 焦っている間にも、わたしは攻撃され続けていた。

 けれどもさっきまでとは違う。

 なんにも考えていないのに、体が勝手に動いて、わたしは黒い竜と戦っていた。


「グラァアアアアアアアアアアアア!!」

「これ以上、こいつに手は上げさせん!」


 襲いくる尻尾をステップバックで躱して、距離を詰め直す。

 黒竜の懐に潜り込んで、掌底で相手のアゴを跳ね上げた。


「グルゥガァアアアア!?」


 竜が悲鳴をあげる。


 ――って、なにこれ!?


 いまのわたしがやったの!?

 実はわたしは格闘技の天才だったのか……。


 そんなわけない。

 よくよく自分の内側に意識を向けてみる。

 すると、これからどう体を動かせばいいのかが、手に取るようにわかった。


(……そうか。……もしかして、これは……)


 これはシメイだ。

 彼がわたしを動かしている。

 いまわたしは、シメイと感応している!


 気付いた瞬間、繋がりがさらに深まった。

 まるで彼と一体化したかのような、不思議な感覚。

 きっとシメイも同じ感覚を共感してくれている。

 わたしには、それがわかる!


(……これが)


 これが竜と竜騎士……。


 わたしとシメイなんだ――




 わたしたちは相手を圧倒しはじめた。


 黒竜はどんな攻撃を仕掛けても、わたしにそれを躱され、弾かれ、逸らされ、逆に反撃を受けてしまう。


「ギィラアアアアアアアアアアア!!」


 それでも尚も、竜は激しく攻撃をしてくる。

 軽く飛び上がって、上から尻尾を叩きつけてきた。

 でもわたしたちは、頭上からのその攻撃を防いで、黒竜の尻尾をギュッと掴んでやった。


「ぐるぇ!(くらえ!)」


 そのまま勢いよく大地に叩きつけてやる。

 轟音とともに地揺れが起きた。


「グルゥオオオオオオオオオオオ!!」


 堪らず叫んで、黒い竜が空へと逃げた。

 でもわたしたちはそれを許さない。

 白く輝く竜翼を広げ、続いて空へと舞い上がる。


 追撃を恐れた黒竜が、業火を放ってきた。

 けれどもわたしたちは構わず炎を突っ切って、赤い魔力球に鉤爪を叩きつけた。


 パリンと球が割れた。

 周囲から、灼熱の炎が消え失せる。


「ギュラァアアアアアアアアアッ!!」


 黒竜は巨大な氷の塊を飛ばしてきた。

 体当たりでその氷を割って、そのままの勢いで青の魔力球を叩き割る。

 辺りを凍て付かせていた吹雪が止んだ。


 黒竜は次々と魔力球で攻撃を仕掛けてくる。

 でもどんな攻撃も、俺たちには通用しない。


 白の魔力球を叩き割ると、目も眩むほどの光の洪水が止んだ。

 黒の魔力球を叩き割ると、黒竜を護っていた闇色の靄が霧散した。

 茶褐色の魔力球を叩き割ると、大地の震えが収まった。


 そして最後に、緑の魔力球を叩き割ると、付近一帯を覆っていた暴風が掻き消え、全ての音が鳴り止んだ。




 天高く舞い上がった黒竜は、呆然と俺たちを見下ろしている。


 もうこの竜には……。

 黒竜となったイネディットには、成す術はない。


(……いけるか、アサヒ?)

(……うん、もちろん! シメイ!)


 白竜と変じたわたしの喉元に、赤い光が灯った。

 それは徐々に輝きをましていく。


 赤熱した喉を、上げてみせた。

 黒竜に見せつけるように……。


「……グルォ」


 竜は、イネディットは、観念したかのように最後に小さく呟いた。


「ぐるぅわああああああああああああっ!!」


 わたしから、アサヒから、放たれたブレスが、彼女を包み込む。

 それだけにとどまらないエネルギーが、イネディットを巻き込みながら、分厚い雲を貫いた。


 ぱぁっと雲が霧散していく。

 切れた雲の裂け目から、明るい陽の光が射し込んでくる。


 力を失った黒竜が、落下していく。

 地に堕ちた竜は、轟音とともに辺り一面に激しい土煙を舞い上らせた。


「黒竜が……倒れた……」

「お、俺は、夢でも見ているのか……」


 騎士たちの声が聞こえる。

 なんとか黒竜の暴走を鎮めてみせたものの、こちらもフラフラだ。


「……やったぁ! やったわよ、アサヒィ……!」


 いまの声はコロナだな?

 彼女の言葉を皮切りに、ワッと周囲がわき立った。


「見たか!? 見たか、いまの戦いを!?」

「ぅう、ぅぉお! 王国は……救われた!」


 声を聞きながら、その場でペタンと尻餅をついた。

 そんなわたしと俺を、王国騎士の大喝采が包み込んだ。

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