第38話 頭がフットーしそうだよぉっっ!

 黒竜の落下したあたりに、女の人が倒れていた。


 艶めく長い黒髪を乱している。

 たしかシメイの記憶によると、このひとはイネディットさんだったっけ?


 このひとが本物の魔女なのかぁ。

 村で散々に間違われたことを思い出す。


「……ん、……んん……」


 女性が上体を起こした。

 綺麗なひとだなぁ、って――


「ぐるぉ!?(はぇえ!?)」


 このひと裸だ!?

 ろ、露出狂か!?


「ぎゅ、ぎゅりえ……(はわ、はわわわわ……)」


 目のやり場に困る。

 あわあわしていると、シメイが彼女に歩み寄った。

 マントを脱いで、投げかける。


(……ふ、ふぃー)


 これでひと安心である。

 気が抜けてから気付いた。

 そういえばわたしも、そろそろ限界だったのだ。


(えっと……。なにか体を隠せるものは……)


 キョロキョロと辺りを見回す。

 お、いいものがあったぞ。


 落ちていた旗を拾って、岩陰に隠れる。

 竜化を解いてそれを体に巻きつけた。


 ぃよし。

 これでオッケーだ。

 急いで戻ってきてから、わたしはシメイの腕にぎゅっと抱きついた。




「……余は……負けたのだな……」

「ああ。お前の負けだ」


 イネディットさんは落ち着いていた。


「貴様は……。あの時の若き竜騎士か……」


 頷いてから、シメイが手を伸ばした。


「イネディットよ。この手を取れ。和睦を……。それがここに集った王国騎士たち、すべての願いだ」


 けれども彼女は、ゆるゆるとかぶりを振った。

 その顔には諦念が浮かんでいる。


「今更なにを……。王国とオイネは共存できぬ。どちらかが滅ぶまで戦うしかないのだ……」


 悲しげにまつ毛を伏せる。

 戦っている間に伝わってきた想い……。

 このひとの心は、未だに憎しみに囚われているのだろうか。


「……そんなことはない!」


 叫んだのは、金ピカの騎士さまだ。

 シメイが少し驚いた顔をしている。


 騎士さまが歩み出てきた。


「僕の名前はキルケニー・ビーミッシュ。こう見えて公爵家のものだ。……美しき女王よ。聞いてほしい!」


 騎士さまは熱のこもった視線で、イネディットさんを見ている。


 ……ははぁん。

 もしかして、このひと……惚れたな?


「僕はこの家名に誓おう。必ずや両国が手を取り合える未来を、築いてみせる!」


 彼のあとに続いて、何人もの騎士さまが歩み出てきた。

 空からは竜騎士さまも降りてくる。


「……俺もだ! 両国に平和を!」

「和平を! 私はオイネとの和平を望む!」

「これ以上の争いなど、必要ない!」


 騎士たちは口々に思いの丈を伝えはじめた。

 ど、どうしたんだろう。

 皆さん熱っぽ過ぎて、ノリについていけない。


「ほら、みんなもこう言っている! 黄金騎士団には上級貴族も多いんだ。僕たちが絶対に……、必ず王国を変えてみせるから……!」


 イネディットさんが戸惑い始めた。

 きっと見つめられて照れているんだろう。

 でもわかるー。

 わたしのタイプじゃないけど、この優男の騎士さんも、かなりのイケメンだもんね!


 困惑する彼女に、シメイが最後の後押しをする。


「魔女……いや、女王イネディットよ。この手を取るんだ。……共に歩もう」


 彼女がふっと笑った。

 肩の荷を下ろしたのだろうか。

 見上げたその表情は、晴れやかだ。


「余にも……、余にも、開祖オイネの想いは伝わっていた。その想いが、願いが、……もしも叶うのであれば……」


 彼女がそっと手を伸ばした。

 シメイがその手を取る。


 ちょ、ちょっと手を握りすぎじゃない?

 わたしは嫉妬でちょっとムッとする。

 彼が勢いよく、繋いだ手を引き上げた。


(――はわぁ!?)


 な、なにしてるの!?

 そのままイネディットさんが、彼の胸に収まりそうになっている。


「おおっと! すみませんねぇ!」


 わたしはすかさず体を差し込んで、それをブロックした。


 ぃよし!

 ガード成功だ!


 彼がきょとんとした顔で、わたしを見てきた。

 それを睨んでやる。

 少しおかんむりなのだ。


 シメイったらまったく!

 プ、ププ、プロポーズまでした彼女の前で、ほかの女のひとを抱きとめようだなんて!

 これはあとでお説教である。




 イネディットさんは、空に浮いて去っていった。

 なんでもオイネの進軍を止めに行くらしい。

 彼女は去り際に、わたしを見て呟いた。


『黒髪黒瞳の迷い人か……。探していた其方に、余の侵攻が阻まれることになろうとはな……』


 なにを言ってるのか、よくわからない。


 でもイネディットさんは、わたしに用があるらしく、また会いたいとのことだったので、うろのお家の場所を教えておいた。


 お家のある大樹は目立つから、きっと迷わずに来られるだろう。




「……アサヒー! ほんっと、あんたは!」


 コロナが飛びついてきた。


「ご、ごめんね、コロナ!」

「心配かけて! バッカじゃないの!」


 続いて、騎士のみなさんが寄ってきた。

 シメイとわたしを取り囲む。


「団長! すごい戦いでした!」

「まさか白竜を、己が騎竜にしてしまうとは……」

「ところで……あの白竜はどこに?」


 わいわいと騒ぎ始めた。

 どのひともぼろぼろだけど、皆さんいい笑顔だ。


 輪のなかから、ひとりの騎士さまが前にでた。

 さっきイネディットさんを、熱い視線で見つめていた彼だ。


「ああ、そうだ。紹介しようアサヒ。こいつはキルケニー……」


 なんでも金ピカの彼は、シメイの親友らしい。

 といってもふたりは全然タイプが違う。


 でもこういうのって、案外そのほうが馬が合うものなのかもしれない。

 だってわたしとコロナも、親友なのにタイプ違うしね。


「ところでシメイ……」


 キルケニーさんがニヤニヤしている。


「僕にはそっちのお嬢さんを、紹介してくれないのかい?」

「ああ。紹介しよう……」


 彼の逞ましい腕が、腰に回された。

 そのままグイッと引き寄せられる。


「ちょ、ちょっとシメイ――」

「こいつの名前はアサヒ。皆が先程みた白竜は、こいつが変じたもので……そして、俺が、妻に娶る女だ」

「――ひゃわぁ!?」


 な、なな、なぁ……!?

 つ、つつ、妻に娶る!?


 た、たしかに!

 たしかに……プロポーズはさっき受けたけど!

 まだ返事もしていないのに!

 頭がフットーしそうだよぉっっ!


「はわ、はわわわ……。アサヒが、伯爵夫人……」


 直ぐそばでコロナが呟く。

 彼女も顔を真っ赤にして、目を回していた。


「……あは、あはははは! いいねぇ! いいじゃないかシメイ! あはははは!」


 キルケニーさんは凄く愉快そうだ。

 というか笑いすぎじゃない?

 目尻に浮かんだ涙を、指で拭っている。


「……俺は、本気だ」

「わかってる! わかってるってシメイ! でもその子は白竜なのかもしれないけど、貴族じゃないんだろう? 身分差はどうするんだい?」

「ぬぅ……。それは……」


 シメイが眉を顰めた。

 対称的に、キルケニーさんはニコニコ笑顔だ。


「僕にいい考えがあるよ? 聞いてみる?」

「……なんだ? 言ってみろ」


 金色の彼はコホンと咳払いをする。


「それはねぇ……」


 もったいぶって言葉を区切った。


「はやく言え」

「……それはだねぇ。聖教会の連中を担ぎ出すのさ! なんたって、竜伝承の『救いをもたらす白き竜』だ! きっと連中ってば、聖女さまだって持ち上げてくれるよ!」


 は、はぅえ!?

 わ、わたしが聖女さま!?


 なにを言ってるんだこのひと。

 頭は大丈夫だろうか?


「……ほう。それなら釣り合うな」


 シメイがアゴに指を添えて考え込んでいる。

 ……って、「ほう」じゃないでしょ!


「な、なんの話なんですか、キルケニーさん!」


 辺りの騎士たちも「聖女……。聖女だ……」と口にしながらざわめきだした。

 なんなの、このひとたち!


「あはは! これからよろしくね、聖女さま? あはははは!」


 大空に、彼の楽しげな笑い声が響き渡った。




 ――――――――

 次回、最終回です

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