第二章 竜と竜騎士

第15話 鎧の下は、筋肉質でした。

 意識を失った男のひとを、うろのお家まで運んできた。


 ベッドに寝かせて様子をみる。

 その男性は「はぁ、はぁ」と荒い息をしたままだ。


「ど、どうしよう……」


 額に手を当てると、凄い熱だった。

 これ、大丈夫なんだろうか。

 慣れない状況におろおろしてしまう。


「ど、どうすれば……。あっ……」


 そうだ。

 たしか、このひとの荷物があったわね。

 あのバッグのなかに、薬はないかな?


 外に出る。

 そこには彼と一緒に連れてきた、傷付いたワイバーンがいた。

 背中に装着された鞍には、彼の荷物と思わしきバッグが取り付けられている。


「うーん。薬はないなぁ……」


 ガサゴソと漁ってみるけれども、バッグには簡単な携帯食料と、手拭いくらいしか入っていなかった。


「ギュァ……」


 竜がわたしを見て、弱々しく鳴いた。

 彼のこともそうだけど、この子のことも介抱してあげないと。


「ちょっと待っててね」


 家の貯蔵庫から数匹、取り置きしていた魚を持ってくる。


「ほら。お食べ」

「ギュァア!」


 ワイバーンは凄い勢いで与えた魚を食べ始めた。

 大きな口には不釣り合いなほど小さな川魚を、パクッと咥えては丸のみにしていく。


「ギュァ、ギュァア!」


 これは『もっと頂戴』と、催促されているのかな?

 多分そうよね。


「ごめんね。もうないのよ。でもあとで、たくさん獲ってきてあげるから!」


 こっちの子も酷い怪我だけど、これだけ食欲があるならきっと大丈夫だろう。

 竜の生命力に感心してしまう。


「ともかくいまは、あの男のひとね……」


 看病のためベッドに戻った。




 青髮の男性は豪奢な鎧を着込んでいた。

 でも脇の隙間から、血の跡がみえる。


 これは怪我をしているに違いない。

 発熱はそこからくるものだろうか。


「傷口を清潔にしなきゃ」


 化膿したり、破傷風にでなったら目も当てられない。

 ちゃっちゃと体を拭いてしまおう。


「ちょーっと、失礼しますよぉー」


 大きな体をゴロンとひっくり返した。

 なんとか鎧を脱がせようと試みる。

 でもこれって、どうやって脱がせればいいんだろう。


 カチャッと音が鳴って、蝶番ちょうつがいが外れる。

 あれこれ試行錯誤しながら、ようやく鎧を脱がせることが出来た。


 血が染み込んだインナーシャツも脱がせる。

 固まった血が肌に貼りついて、ベリベリとなった。

 痛そうで、思わずわたしのほうが顔を顰めてしまう。


「…………ぅ、……ぅう」


 うぇ!?

 いまのは!?


「あ、ごご、ごめんなさい!」


 もしかして気が付いた!?

 なんとなく反射的に謝ってしまう。


「……はぁ、……はぁ」


 なんだ。

 呻き声をあげただけか。

 一瞬、目を覚ましたのかと思って焦ってしまった。


「……って、これは、これは……」


 鎧の下から出てきたのは、筋肉質な体だった。

 日に焼けた体に、玉のような汗が浮いている。


 彼のバッグから拝借した手拭いで、その汗を拭き取っていく。

 凝固した血をお湯でぬぐった。


「う、うわぁ……。な、なんだか……。なんというか……」


 柄にもなくドキドキしてしまう。

 骨太で逞しい体だ。

 ジッと見つめていると、頬が赤くなってしまう。


「ちょ、ちょっとだけ……」


 試しに胸のうえに、手のひらを置いてみた。


「ふわぁあ……ッ!?」


 熱い。

 心臓がどくどくしている。


「……こ、これは。……じゅるり」


 荒い呼吸を繰り返す彼を、もう一度眺める。

 わたしは知らぬ間に出てきた涎を、袖で拭いた。




 ひと晩が明けた。

 今日も天気のよい朝である。


「どれどれ、お熱のほうは?」


 額に手を当ててみる。

 やはりまだ発熱したままだ。


 ちなみに鎧の下に着ていた服は、ちゃんと洗って乾かしたあとに、着せ直してある。

 名残惜しい気もしたけど、いつまでも上半身裸で寝かせておく訳にもいくまい。


「うーん、これはまずいわねぇ……」


 彼はいまも荒い息をしている。

 このままだとこの男性は、体力を消耗していくばかりだ。

 なんとか熱を引かせて、ご飯を食べさせないと。


「薬、薬……。やっぱりお薬よねぇ……」


 どうにかして解熱剤なりを手に入れたい。

 ここは覚悟の決めどきかも。


「……ぃよし。村に潜入しよう」


 逃げ出してきたあの村だ。

 きっと村には薬のひとつくらいあるだろう。


 そういえばわたしは、あそこで何日も無理やり農作業に従事させられたけれど、報酬も貰っていない。

 もちろん退職金もだ。

 代わりにちょっとお薬を頂戴しても、バチは当たらないと思う。


 そうと決まれば実行あるのみ。

 表に飛び出して、翼を広げた。


「とうっ、ドラゴンウィング! いくわよ! 目指すは村長のお家!」


 わたしは大空を加速して、村へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る