第13話 sideシメイ03 魔女と竜騎士

 魔女出現の報を受けた俺は、矢も盾もたまらず飛び出した。


 竜騎士たちを引き連れて、国境の村を目指す。

 徒歩では半日かかる道のりも、ワイバーンなら直ぐだ。


「団長! あそこに魔女がいます!」

「わかっている!」


 村の上空に、魔女がいた。

 彼奴あいつはまるで、そこに地面があるかのように、空に立っている。


「……後続がくるまで待ちますか?」

「すぐに仕掛ける。それが足止めにもなろう!」


 ここまで先行してきたのは、王竜騎士団のなかでも、特に翼の速い騎竜だ。

 少しすれば遅れている竜騎士たちも到着するだろうし、聖銀騎士団からも部隊が出ている。


「では散開しろ! 前後左右上下を囲い込め!」

「はっ!」


 距離を置いてぐるりと魔女を取り囲む。

 これでもう逃げ場はない。


「魔女イネディット! 引導を渡してくれる! 覚悟せよ!」


 魔女が首を回して、俺たちを見回した。

 だが、彼女にはまったく焦った様子がない。

 強者ゆえの奢りか。

 はたまた真の実力に裏打ちされた余裕か。


 魔女の話は父からよく聞かされている。

 しかし実際に相対するのは、俺もこれが初めてだ。

 繁々と目の前に佇む女を見定める。


 黒髪黒瞳で黒のドレスを纏った彼女は、見たところ20代後半ほどに見える。

 魔女の周囲には6つの光玉が浮かんでいた。

 ぐるぐると音もなく、彼女の周りに浮かんでは、旋回している。


 俺はこれについても、父より聞かされていた。

 これこそは、魔女の恐るべき力の発露。

 各々に地・火・風・水・光・闇の異なる力を宿した、6つの魔力球なのである。

 魔女はこの魔力球を自在に操り、天変地異をすら引き起こす。


 物憂げな顔をして俺たちを睥睨していた魔女が、億劫そうに口を開いた。


「……竜騎士か。だが、たかが6騎の人竜で余を相手取ろうとは、いささか蛮勇が過ぎるのではないか?」

「ぬかせ!」


 幅広の大剣を、鞘から抜いて構える。

 配下の竜騎士たちに目配せをし、一斉に魔女に向けて攻撃を仕掛けた。




 荒れ狂う暴風が、あたり一帯に吹き荒れる。

 風を司る緑の魔力球が、妖しい光を放つ。


 このような嵐のなかでは、さしものワイバーンも思うようには飛べやしない。

 だと言うのに彼奴は、暴風などものともせずに、悠然と宙に浮いていた。


「こ、このお……!」


 業を煮やした竜騎士のひとりが、強硬に突撃を仕掛けた。

 しかし今度は赤の魔力球が光り輝き、爆炎がワイバーンを襲う。


「う、うわぁぁあ!?」


 騎士は辛くも炎の直撃を回避するも、騎竜の翼を焼かれ、錐揉み状に落下していく。


「おのれ! よくもやってくれたな!」


 俺は巧みな操竜で騎竜ハービストンを操り、魔女に攻撃を仕掛けた。

 配下の竜騎士たちは、魔女に近づくことすら難儀している。

 そんななか俺だけが、彼女に剣が届く位置まで斬り込み、激しく戦っていた。


「……貴様。ほかの竜騎士とは、どうやら少し違うようだな?」

「王竜騎士団団長、シメイ・ウェストマールだ! この名を胸に刻み込んで、墓の穴まで持っていけ!」


 魔女が薄く笑った。


「王竜騎士団団長。そしてその騎竜。……ふむ。貴様、あの男の後釜か?」

「そうだ! 父の無念、ここで晴らさせてもらう!」


 我が父たる先代騎士団長は、常勝無敗の竜騎士だった。

 ただひとつの例外。

 目の前のこの魔女との戦いを除いては。


「……そうか。……息子か」

「父はお前から負わされた手傷で、一線から退かざるを得なくなった! 俺はお前を許さない!」


 激しく剣を振るい、騎竜をけしかける。

 しかし魔女は燃え盛る炎で、氷のつぶてで、俺の攻撃を弾き、迎撃してくる。


 徐々に戦いは、一騎討ちの様相を呈してきていた。




「……どうやら、ここまでのようだ」


 戦いの手が止まった。

 遠くにワイバーンの羽ばたく姿が見えてくる。

 もう間もなくすれば、遅れていた騎士たちが到着するだろう。


「黒髪黒瞳の娘。果たして迷い人か先祖返りか……。気にはなるが仕方あるまい……」


 魔女が撤退を始める。


「待て! まだ勝負はついていないぞ!」


 去っていく彼女を呼び止めた。


「……ならば単騎でも追ってこい。その覚悟があるのならな。だがもし追い縋ってくるのであれば、そのときは余も容赦はせぬぞ?」


 再び魔女が去り始めた。

 俺はその後を追う。


「駄目です団長! 悔しいですが魔女は強い。ここは皆を待って、態勢を立て直してから追うべきです!」

「そんな悠長なことが言っていられるか! いまこそが、先代団長の恥辱をそそぐべきときなのだ!」


 部下たちはもう疲労困憊している。

 ここは俺ひとりで追いかけるしかない。


 制止する配下の声を振り切り、俺は魔女の後ろ姿を追って騎竜を羽ばたかせた。

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