第24話 またいつか
別れの日がやってきた。
今日のこの場には、コロナも来てもらっている。
シメイに呼ぶよう頼まれたからだ。
彼には家の持ち主はコロナだと伝えてある。
だからわたしに、連れてくるよう言ったのだろう。
「今まで家を使わせてもらって助かった。礼を言う」
「い、いえ! ああ、あたしはなんにも……!」
頭を下げるシメイに、彼女はタジタジだ。
「この礼は必ずする。差し当たりだが、滞在中になめしておいた毛皮や、塩漬け肉を家に置いてある。受け取ってくれ」
「は、はい……! あ、ありがとうございます!」
コロナと話し終えた彼は、今度はわたしに向き直った。
でも彼はなかなか口を開かない。
わたしと見つめ合ったままだ。
シメイはいま、なにを想っているんだろう。
(心のなかが、覗けたらいいのに……)
竜のわたしと竜騎士の彼。
視線を絡めあい、じっと見つめ合う。
しばらくの間そうしていると、なにか暖かなものが、胸に流れ込んでくるような気がした。
共感?
よくわからないけど、お互いの気持ちが共鳴するような、そんな得も言われぬ想い。不思議な感覚。
……それでようやく理解できた。
彼も、わたしとの別れを惜しんでくれている。
シメイが僅かに目を伏せて、もう一度顔を上げた。
「……白竜よ」
手を伸ばしてくる。
それを察したわたしは、頭を下げて彼のもとに頬を差し出した。
彼がいつもの柔らかな手つきで、わたしを撫でる。
「これが最後ではない。……きっと、また会える」
呟きながら彼は、ずっと頬を撫でてくれた。
シメイがわたしから離れ、騎竜のもとへと歩んでいく。
その後ろ姿をなにも言えずに見送る。
「……あんた。……ほんとにいいの?」
コロナが表情で叱責してくる。
でもそんなに責めないで欲しい。
わたしだって彼にすべてを打ち明けたい。
でも受け入れて貰えなかったとしたら……。
そう思うと震えがくるほど怖いのだ。
シメイが足を止めた。
ゆっくりとこちらを振り返る。
真っ直ぐにわたしを見据えた。
「……やはり、……顔を見せてはくれぬのだな」
わたしも彼を見つめ返す。
その表情はいつもと変わらない。
(…………あ)
けれどもわかった。
また想いが流れ込んできた。
気丈に振る舞ってはいるものの、彼も寂しさを押し殺している。
シメイはいま思い返している。
わたしとの最初の出会い、一緒に食べた食事、焚き木を囲んで語り合った夜。
そこにわたしの想い出が重なる。
彼をはじめて見つけた日のこと。
目を覚ますのをいまか、いまかと待ち侘びた日々。
それから始まった、彼との、心踊る毎日。
(…………ぁ、……ぁあ……)
ごちゃ混ぜになって溢れた感情が、怖さを上回った。
「……ぐるぉ」
漏れ出した声は、もはや意味をなさない。
けれども彼は、それですべてを察してくれた。
黙ってわたしに背を向けて、じっとその場に佇む。
それを見届けてから……。
――わたしは、竜化をといた。
コロナがうろの家から、毛皮を取ってきてくれた。
それを体に巻きつける。
「……もう。……こっち向いて、いいですよ?」
ゆっくりと、シメイが振り向いた。
優しい眼差しでわたしを眺めて、柔らかく微笑む。
「ようやく、顔を見せてくれたな?」
「……驚かないんですか?」
白竜の正体がわたしだと言うことも。
この黒髪と黒瞳のことも。
「ああ……」
「……どうして、ですか?」
「……知っていた、からな」
息を呑む。
知っていた?
「……すまない。お前が言いたくないのであれば、聞かないでおこうと思っていた」
「ど、どうして、知っているんですか?」
「沢でな……。彼女と話しているところを、見た」
コロナに視線をチラッと移す。
なるほど。
そういうことだったんだ……。
「……言ってくれれば良かったのに。意地悪です。これでも悩んだんですよ?」
「……すまなかった。俺も怖かったんだと思う。要らぬ追及をして、お前との心地よい関係が、壊れてしまうのではないか、とな」
お互いに黙って見つめ合う。
ふいに彼が口を開いた。
「……名前を、聞かせてくれるか?」
「上坂、あさひ……。わたしは、あさひです……」
「……アサヒ。……アサヒか」
繰り返し、彼がわたしの名前を反芻している。
「アサヒ……。こっちに来て、もっとよく顔をみせてくれ」
促されて、一歩を踏み出す。
そこでわたしの足は、また止まってしまった。
「なぁに、ビビってんのよ! ほら!」
「きゃ!?」
コロナがドンとわたしの背中を押した。
強く押しすぎだ。
勢いよくつんのめって前にでたわたしを、シメイが抱きとめてくれる。
たくましい腕が腰に回された。
「……顔を、あげてくれ」
「でもわたし……地味ですし。可愛くないですし」
「なにを馬鹿な。……俺にとってお前は、いままで見たどんな女よりも、美しい」
俯いていた顔が赤くなっていく。
もしかすると、耳まで真っ赤かもしれない。
勇気を出して顔をあげた。
胸のなかにすっぽりと抱かれた状態から、彼を見上げる。
いつもは竜の姿で見下ろしていた彼を、こうして見上げるなんて、なんだか新鮮だ。
「……アサヒ。……いいだろうか?」
「な、なにがですか?」
問い返した言葉を無視して、シメイが腰に回した腕を引き寄せた。
もう片方の手がわたしの顎に添えられる。
「………………んっ!?」
唇がふさがれた。
情熱的な彼の口づけは、わたしの息がもたなくなるまで続いた。
――――
次話から第三章になります。
魔女イネディットに焦点をあてた章になっています。
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