第23話 別れはいつかやってくる

 最近、シメイのことばかり考えている。


 お風呂に入るときも、ひとりで魚獲りをするときも、ずっとだ。

 もちろん、夢にだって出てくる。


 ほかにも森へ散策に行く彼を見送っては、少しも経ってないうちから「早く帰ってこないかなぁ」なんて寂しくなってしまうし、この間なんて、シメイが眠ったことを確認してから竜化をといて、ベッド脇で彼の寝顔をひと晩中眺めたりしてしまった。


 一事が万事、こんな調子なのである。


 ……もしかしたらわたしは、少しストーカーの気質があるのかも知れない。


 今日もわたしは彼を眺めて、ついぼんやりとしてしまう。

 彼は騎竜ハービストンの世話をしている。


「……ん? どうした白竜よ」

「ぐるぇ?(はぇ?)」

「ずっと俺のことを、見ていただろう。なにかあるのではないか?」

「ぐり!? が、がりゅるる!(あ!? な、なんでもないの!)」


 思わず顔を背けた。


「……おかしなやつだな」


 彼はわたしを振り返り、不思議そうに首を傾げている。

 だんだんと頬に血が集まってきた。


(……ぅ。……ぅう)


 元が白いから、赤面すると目立つはず。

 バレてしまわないように、体ごと後ろを向いた。


 うー、もう。

 恥ずかしいなぁ……。




 これは参った。

 このままでは、彼の顔を真っ直ぐに見ることすらままならない。

 わたしはコロナに相談してみることにした。


「これってさ、……こここ、こ、恋じゃないかと、おも、お、思うのよね!」


 自分で言っておいてなんだけど、とても恥ずかしい。

 だってわたしは、もう26歳だ。

 いっちゃえば、そろそろアラサーの領域である。

 そんなわたしが、乙女みたいに恋だのなんだの言い出すなんて!


 ああ……。

 顔から火が出ちゃいそう……。


「いいから落ち着け! くねくねするな!」

「あぃたあ!?」


 脳天にチョップを落とされる。

 どうやらわたしはまた、ひとりでテンパっていたらしい。


 別に痛くはないんだけど、気分的に頭をさすりながら、改めてコロナに話してみた。


「……ふーん。じゃあ多分、恋なんじゃないの?」

「じゃあって、なによ。もっと真剣に考えてくれてもいいじゃない!」

「知らないわよそんなことは! あたしなんて同世代の男に知り合いすらいないわよ! ぼっちの村娘なめんな!」


 コロナが真面目に取り合ってくれない。

 酷い話だ。


「……ぅう。……どうしよう」


 いじけていると彼女がため息をついた。


「……あんたさ。騎士さまに正体を明かしたほうが、いいんじゃないの?」

「で、出来ないわよ、そんなこと!?」


 秘密を打ち明けるには、親しくなり過ぎた。

 もしシメイに魔女だって蔑まれたら、きっといまのわたしは立ち直れない。


「騎士さまだって、いつまでもここにいられる訳じゃないんでしょ?」

「そ、それは……」

「別れはくるわよ? そのときあんたは、隠し事をしたままでいいの?」


 押し黙ってしまう。

 コロナのいうことは正論だ。

 恋だの愛だの以前に、わたしは自分が何者かすら、彼に明かしてはいないのだ。


(……けど怖い)


 黒髪黒瞳以前に、わたしは容姿も十人並みだ。

 きっと彼とは釣り合わない。

 それこそ見た目の話なら、目の前にいるコロナのほうが、彼とお似合いなくらい。


「……でも、……だって」


 彼女はまた小さくため息をついて、立ち上がった。

 もうそんな時間か。

 そろそろ村に、送っていかないと。


「騎士さまも随分回復したんでしょ? もうあまり時間はないと思うわよ?」

「………………うん」


 彼女を送り届ける道中、いつになくわたしの口数は少なかった。




 その日、シメイが剣を振っていた。

 跳ねた汗が日の光を反射する。


「……はっ! ……ふん!」


 素人目にもその太刀筋は美しい。

 流れるように弧を描いて、訓練用の丸太を断ち切っていく。


 凄いなぁ……。

 というか、丸太って剣で斬れるものだったんだぁ。


 おそらくリハビリなんだろう。

 もう彼は、力強く動き回れるまでに復調していた。


「……白竜か」

「ぐるぅ。ぎゃりりる?(ごめんなさい。訓練の邪魔しちゃいましたか?)」


 彼はハービストンの背から手拭いをとり、額の汗を拭う。

 様になった振る舞いだ。

 思わずドキッと胸が高鳴った。


「……ちょうどいい。話しておきたいことがある」


 なんだろう?

 頭をシメイの目線まで下げて、耳を傾ける。

 彼はいつものようにわたしの顔を撫でながら、ゆっくりと話し出した。


「……世話になった。明日、ここを出る」

「ぎゅらぁ!?(そんな!?)」


 いくらなんでも急過ぎる!

 別れはくるとしても、まだ先だと思っていた。


「ぐ、ぐるぅ!?(ど、どうして!?)」

「元々騎竜さえ飛べれば帰れたのだ。……ハービストンはとっくに回復している。……ここは居心地が良すぎて、長居が過ぎた」


 わたしは何度も鳴いて説得をした。

 けれども、シメイの決意は変わらない。

 彼が真っ直ぐにわたしの顔を見据えた。


「俺は明日、王国にもどる」


 最後に一言そういって、彼は押し黙った。

 わたしはそれ以上もう、なにも言えなくなって、口を噤んだ。

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