第三章 解放国家オイネ

第25話 sideイネディット01 迷い人と先祖返り

 竜騎士どもとの小競り合いを終えて、余は国境くにざかいから、ちょうど国へと戻ってきていた。


 宮殿への道すがら、上空より国を眺める。

 枯れた大地に痩せ細った民たち。

 彼らには笑顔が絶えて久しい。

 その貧しい暮らしぶりに、胸が痛くなる。


 民の不幸はすべて、余の力が及ばぬがゆえ……。

 己の不甲斐なさを恥じる。


(……いずれ……必ず……!)


 彼らの働くさまを眺めながら、余は新たな決意を胸に固めた。




 宮殿へと帰ってきた。

 余の帰還を認めた老人が、ホッと息を吐いて近寄ってくる。

 真っ白な頭で、顎には髭をたくわえた老人だ。


「無事のお戻り、なによりでございますじゃ」

「……少し出ていただけであろう」


 この男は、幼い頃よりの余の世話係だ。

 そして、女王たる余への助言機関である、元老院の一員でもある。


「して陛下。やはり、くだんの娘は『迷い人』でしたかな?」

「……わからん。見つける前に邪魔が入った」

「はて? 邪魔、でございますか?」

「ああ。憎き王国の、竜騎士どもだ……」


 昨日、国境警備を担う兵より知らせが届いた。


『王国側国境付近の村にて、我ら黒髪黒瞳の娘を目撃せり』


 との報だ。


 知らせを受けた余は、その娘を保護すべく単身村まで足を運んだ。


 だが王国の竜騎士に邪魔をされて、こうして空振りに終わったという訳である。

 腹立たしいことだ。


「まったく……。いつもながら陛下は、無茶が過ぎますぞ。娘ひとりの保護であれば、斥候隊にでも命じればよろしいものを」

「……そなたも知っておろう。かの国では黒髪黒瞳の女は、魔女として裁かれるのだぞ? 悠長なことは言っておられぬ。余が出向くのが、一番はやい」


 爺はまだ反論を続けている。


「そうは申されましても、女王たる陛下御自ら――」


 相変わらず小言が多いやつ。

 余はもうその言葉には耳を傾けず、意識の外に追い出してしまうことにした。




 この世界には、稀に黒髪黒瞳の人間が現れる。

 その者らは迷い人と、先祖返りに大別される。


 ここ解放国家オイネの建国者で、最初の女王たる『開祖オイネ』も、黒髪黒瞳の迷い人だったそうだ。


 『迷い人』とは、彼方かなたの世界より此方(こなた)の世界へと迷い込んできた者をいう。

 そして迷い人は世界を渡る際に、例外なく不思議な力を授かるのだ。

 開祖オイネの場合は、黒竜へと変じる力を授かったと伝え聞く。


 一方の『先祖返り』は、その名の通り、迷い人への先祖返りである。


 この世界に居着いた迷い人も、当然子を成す。

 その多くは茶や金の髪、緑や青の瞳といった普通の容姿で生まれてくるのだが、稀に黒髪黒瞳で生まれてくる子がいる。

 その者らは迷い人の先祖返りとして、何かしらの強い力を授かって生まれてくるのである。


 そして余は、開祖オイネの先祖返りだ。

 余が授かった力は、6つの魔力球の創造である。


「では陛下。『望郷の鏡』は、仕舞っておいてよろしいですかな?」

「……なんの話だ?」


 爺が深くため息を吐く。


「陛下が飛び出すときに、申し置いていかれたでしょう? 『迷い人であれば、送り返すやもしれぬ。鏡を用意しておけ』と……」

「……そうだったか?」


 どうだろう?

 そうだったかもしれないが、一々そのような些事は覚えておられぬ。


 爺は再びため息を吐いた。

 さっきよりも、深く長い吐息。

 なんとも、これ見よがしなことである。


「それよりも余は、自室に戻る。少し疲れた故、火急の用以外は、誰も通すな」

「畏まりました。……しかし珍しいですな? 陛下がお疲れになったなどと申されますとは」

「ああ……。久しぶりに、手応えのある戦いをしたからな」


 あの竜騎士……。

 たしか名をシメイ・ウェストマールと言ったか。


 余の巻き起こす嵐にも、飛び交う業火にも怯まず、勇猛果敢に剣を打ち込んできた、若き竜騎士を思い出す。


「……まぁ、あの真っ直ぐな瞳は、余も好むところではあった」

「なにか申されましたかな?」

「…………なんでもない」


 手酷い傷を負わせてやったことを思い出す。

 だがあの者が、あれで死んだとは到底思えん。


(……生きていれば、また相見あいまみえることもあろう)


 余は考えることをやめ、自室に戻って、ベッドに身を投げ出した。

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