第四章(終章) 王都決戦

第32話 sideコロナ02 災厄の黒き竜

 トントンと腰を叩きながら、体を起こす。


「……ん、……んんー」


 伸びをしながら、あたしは空を見上げた。


 今日はどんよりとした曇り空だ。

 天気が悪いと気持ちがあがらない。

 ここ最近は、晴れの日が続いていたから尚更である。


「はぁ……。もうひと踏ん張りね……」


 来る日も来る日も農作業。

 仕方がないこととはいえ、代わり映えのしない毎日に、さすがに飽き飽きしてしまう。


 とはいえ最近は、前と比べると随分と楽しい。

 あの子と話していると、盛り上がっちゃって時間を忘れてしまうこともある。


 今頃あの子は、なにをしてるのかなぁ……。

 約束したこけし人形は、もう出来た頃だろうか。


「……なんだぁ、あれ?」


 物思いに耽っていたあたしは、村人のその言葉で意識を引き戻された。


 彼は不思議そうな表情で遠くを眺めている。

 魔国の方角だ。

 あたしもつられて、そちらに視線をやった。


「……え? あれ、……なに?」


 遠くに黒いなにかが見える。

 ゆっくりと空を飛びながら、こちらへ向かってくる。


「お、おい……。村にくるぞ……」


 誰かが呟いた。

 それは徐々に近づいてきている。

 しばらくすると、全容がはっきりと見えてきた。


「な、なんだぁ!? ありゃあ、竜じゃねえか!?」

「しかも、ただの竜じゃない!?」

「あんなのは、初めてみるぞ!?」


 村人たちが仕事の手を止めた。

 集まってきて、ガヤガヤと騒ぎ出す。


「あ、あの竜は……? そんな……。あの子みたいじゃない!?」


 見えてきた竜のシルエットは、まるで白竜のアサヒみたいだった。

 でも色がまるで違う。

 アサヒは陽光にキラキラ輝く白竜なのに対して、こっちのは全身に漆黒の闇を溶かし込んだみたいな黒竜だ。


「お、おい……こいつぁ……」

「な、なんか……やべえんじゃねえか?」


 黒竜は周囲に、破壊を撒き散らしていた。


 荒れ狂う暴風。

 踊り狂う業火。

 竜が通ったあとの大地は、激しく捲れ上がって隆起し、所々が凍り付いていた。

 目を凝らせば、黒竜の周りに6色の球が浮かんでいるのが分かる。


「に、逃げろ! 逃げろぉおおおお!!」


 村人たちが泡を食って逃げ始めた。


「あ、あたしも、逃げなきゃ……!」


 この竜はやばい。

 あの子と違って、危険極まりないものだ。

 そう判断したあたしは、みんなに混じってその場から逃げ出した。




 少し離れた小高い丘から、みんなと一緒に村を見下ろす。

 ちょうど今、黒竜の進路が村と重なった。


「そ、そんな……俺の家が……」

「俺の……畑だって……」


 竜はただゆっくりと飛んでいるだけである。

 なんら暴れてはいない。

 だというのに纏う暴風で家は吹き飛ばされ、ひび割れた大地が畑を飲み込んでいく。


 ただそこにあるだけで破滅を振りまく。

 その黒竜はまさしく、破壊の権化であった。


 ――憎い……!――


 いま、なにか聞こえてきた。


「お、おい? いま話したのは誰だ?」

「俺じゃねえぞ……!」


 みんなにも聞こえたみたいだ。

 いまのは、黒竜の声……?


 ――憎い……。余は、王国を許さぬ……!――


 声はどんどん大きくなる。

 離れていてもはっきりと聞こえてくる。

 まるで脳に直接流し込まれるような声。

 耳を塞いでも、頭のなかで声が響き続ける。


 ――王国へ、滅びを……――


 黒竜の進行方向には、王国の城塞都市がある。

 さらに進めば王都だ。


「この竜……。王都に向かっているの?」


 きっとそうだ。

 こいつは王都に、……王国に、滅亡をもたらそうとしている。


 大丈夫だろうか?

 こんな怪物を相手にしたら、さしもの騎士様たちもタダでは済まないんじゃ……。


「……あっ!?」


 そのときふと気付いた。

 王竜騎士団団長のシメイ・ウェストマール様。

 あの子の想いびとのあのお方は、いま王都に戻っているはず……!


「た、大変よッ!」


 いくらシメイ様がお強くても、こんな竜に敵うはずがない。


「ア、アサヒに……知らせなきゃ……!」


 事は一刻を争う。

 早く知らせなければならない。

 あの子が村へと顔を出すのを悠長に待っていては、手遅れになり兼ねないのだ。


 あたしは焦って走り出した。

 けれどもすぐに、はたと気付いて足を止めた。


 あの子が暮らしているのは魔の森。

 ここからあのうろの家まで、おおよそ半日を要するだろう。

 しかし無事にたどり着けるとは限らない。

 途中で魔獣に遭遇すれば、あたしみたいな小娘ひとり、どうなることか……。


「や、やめておこうかしら……」


 弱気が頭をよぎる。


(でも……、それでも……)


 知らないうちに、全部が手遅れになってしまっていたら……。

 そのときアサヒは、どんな悲しい顔をするんだろう。

 想像したら胸が締め付けられた。


「い、行ってやろうじゃない……。上等よ!」


 パンと頬を叩く。

 気合いを入れ直したあたしは、覚悟を決めてあの子のもとへと、駆け出していった。

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