第11話 sideシメイ02 魔女発見の知らせ

 ペルエール王国と魔国オイネ。

 2国を隔てる国境くにざかいのほど近くには、堅牢な城塞都市がある。


 そこは王国にとって、魔国との戦の最前線を支える重要な都市だ。

 俺はいま、その城塞都市までやってきていた。


「シメイ団長! 報告致します!」


 配下の騎士が戦況を伝えてくる。

 報告内容には、これといって変わったところはない。

 概ねいつも通りの小競り合いが続いている。


「……わかった。下がれ」


 部下が一礼をして退室する。

 それを見送ってから俺は、椅子に深く腰掛け直して、ため息を吐いた。




 我が王国には、4つの精強なる騎士団がある。


 ひとつ『黄金騎士団』。

 ひとつ『聖銀騎士団』。

 ひとつ『鋼鉄騎士団』。


 そして最後のひとつが、我が『王竜騎士団』だ。


 黄金騎士団は、王都防衛と王族近衛をその任としている。

 俺の親友のあの優男、キルケニーのやつは、ここの副団長である。


 主力軍で最も規模の大きい聖銀騎士団は、現在その半数を魔国との戦に当てていて、この城塞都市を中心に軍を展開している。


 そして本来予備軍である鋼鉄騎士団。

 これは近年王国に謀反を起こし、自らを皇帝などと僭称しはじめた、シャハリオン元辺境伯への対処に当たっている。


 最後にこの俺率いる王竜騎士団は、騎竜の機動力を生かした遊撃部隊だ。

 広く勇猛を馳せる我が騎士団は、戦況次第で、どの戦場にも駆けつける。


 現在俺は王竜騎士団の一部を率い、聖銀騎士団の援軍として、この城塞都市までやってきていた。

 近々、魔国オイネからの、大規模な侵攻があるとの情報をキャッチしたからだ。


 でもどうやらそれは、流言の類いだったようである。

 こうしてここしばらく都市に詰めているが、魔国からの侵攻の気配はまるでない。


 先程の報告でも、それは同じであった。

 それ故に俺はいま、少し手持ち無沙汰になっていた。


「……ふぅ。訓練でも行うか」


 待機しているだけでは体が鈍ってしまう。

 椅子をぎしりと軋ませて立ち上がり、俺は訓練場へと足を向けた。




 ワイバーンに跨り、大空を自在に飛び回る。


 この騎竜の名前はハービストン。

 先代の王竜騎士団長たる我が父、ウェストマール現伯爵から譲り受けた大型の騎竜で、その体高は8メートルにもなる。


「ハービストン! 地上左前方、目標に攻撃!」


 鞍に跨り、ハミを通して騎竜に指示を出す。


 高所を優雅に旋回していた我が愛竜は、一転して急降下。

 訓練用の丸太で設えられた的を、強力な蹴りの一撃で粉砕した。




「……ふぅ」


 訓練を終えて部屋に戻る。

 程なくしてドアがノックされ、ひとりの初老の男性が入ってきた。


「失礼する」

「これはローデンバッハ伯。どうなさいましたか? 言って頂ければ、こちらからお伺いしたものを」


 入室してきた男性は、ローデンバッハ伯爵。

 聖銀騎士団の現団長を勤める、老獪な聖騎士殿である。


「いやなに。もののついでだ」


 彼は鷹揚に手を振った。

 一体なんの御用だろうか。


「王竜騎士団の件だ。王都から指示があった。魔国との戦況にも変化はないし、近く王都に戻れとのお達しだ」

「……そうでしたか」


 話を聞いた俺は、少し落胆した。

 その様子を見ていたローデンバッハ伯が、柔らかく微笑みかけてくる。


「残念か? だがそう功を焦るでない」

「……ええ。見抜かれてしまいましたか」


 俺は王竜騎士団の現団長ではあるが、先代たる父から団長の座を受け継いでまだ間がなく、歳も若い。

 口さがないものたちは、そんな俺のことを裏であれこれと揶揄やゆしていると聞く。


「そのような顔をするものではない」

「……わかっては、いるのですが」

「そなたの父は、勇猛果敢な竜騎士であった。故にそなたが、先代の背を追いかける気持ちもわかる。……だが功を焦ってはいかん。焦ってもろくな結果には、繋がらんからのう」


 含蓄(がんちく)のある言葉だ。

 伯は、少し厳しい表情をしている。

 長年、父や他の団長たちと共に、第一線で戦い続けてきた彼の言葉に、重みを感じる。


「……そうそう。先程の訓練、見ていたぞ?」


 伯が、ふっと表情を緩める。


「まるで若き日の、そなたの父殿を見ているようであった」

「……そんな。自分などまだまだです」


 謙遜するも、そう言われれば悪い気はしない。


「そなたはまだ若い。これから着実に歩んで……」


 ――トントン。


 彼の言葉を遮るように、ドアがノックされた。


「失礼いたします! ああ、やはりローデンバッハ団長は、こちらにおいででしたか」


 入室してきたのは、聖銀騎士団の斥候隊のものであった。

 伯が彼に向き直る。


「どうしたのだ? 火急の用件か?」

「は、はい! すぐにお耳にお届けしたい話にございます!」

「ならここで聞こう。申せ」

「はい! 国境の村から知らせが届きました!」


 村からの知らせ?

 まさか……。


「……魔国の大規模侵攻か?」


 つい口を挟んでしまう。

 こういうところが、俺が若いと言われる由縁だろう。

 しかしどうしても、功を求めて気が逸ってしまう。


「いえ、そうではありません!」


 違ったか。

 ならなんだというのだろう。


 今度こそ黙って、彼の報告に耳を傾ける。

 椅子に腰掛け、気持ちを落ち着けた。


「村のものはこう申しております! 魔女が……、魔国を率いる『黒の魔女』が現れた、と!」


 その報告を聞いた俺は、ガタッと椅子を揺らして立ち上がった。

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