第18話 同棲生活の幕開け

 白竜へと変じたわたしは、高所から彼を見下ろす。


「竜……だと!? それも……ワ、ワイバーンではない!?」


 驚いていた彼は、はっと気づくと表情を引き締めた。


「くっ!? 一体どこから現れた!? まさか、……転移か!? ハービストン、来い!」


 しかし彼のワイバーンは呼びかけに応じない。

 ただ不思議そうに首を捻っている。


「……ギュア?」

「どうしたハービストン! こっちに来い!」


 尚も呼びかけるも、やはり反応はない。

 むしろワイバーンは、わたしに向かって「ギャアギャア」とご飯の魚をせっついてきた。


 彼らのやり取りをぼーっと眺めていたわたしは、その鳴き声に意識を呼び戻される。


「ギィア! ギィアァ!」

「ぐるぉ……(あ、ちょっと急かさないで……)」


 と、とにかくご飯あげなくちゃ……。


 あれ?

 なんか優先順位間違えてる?

 ま、まあ、いいか。


 鉤爪の先っちょで、魚籠から魚を取り出してハービストンに与える。


「ギュオ! ギュア!」

「ぐるぁー(わかってるわよー)」


 腰を落として構えたままの彼は、わたしたちのことを、不可解なもののように見つめていた。




 すこしの時間が過ぎた。

 すでに彼は、落ち着きを取り戻していた。


「……思い出したぞ。……お前は、俺が気を失う直前にみた白竜か」


 彼はひとりで勝手に、納得し始めてくれた。

 ひとまず逃げられたり、立ち向かってこられたりはしないみたい。

 ほっと胸を撫で下ろす。


「……まぼろし……では、……なかったの……だな」


 呟くと同時に、彼の膝がガクッと折れた。

 その場に片膝をつく。


「ぐ、ぐるぁ?(だ、大丈夫ですか?)」


 彼は右の手のひらで、額を押さえている。

 目眩でも起こしたのだろうか。


 でもそれも無理はない。

 だってこのひとは、何日も意識を失っていて、ようやくさっき気が付いたばかりなんだから。


「ぎゅるぁ!(さぁ、ベッドに戻ってください!)」


 摘み上げようと指を伸ばす。

 けれども鉤爪の先が届く前に、彼はパタリと倒れてしまった。


「ぐ、ぐりぃ!?(ちょ、ちょっと!?)」


 大丈夫だろうか。

 ツンツンしてみるも、反応はない。

 どうやら気絶してしまったようだ。


 それを確認してから、竜化をといた。


「……あ!? きゃあ!?」


 わたしは素っ裸だった。


「だ、だめ! 服! で、でも彼のほうが先に……」


 キョロキョロと辺りを見回す。

 誰もいないのはわかっているけど、全裸の気恥ずかしさから、思わずそうしてしまう。


 とにかくわたしは急いで彼を担ぎあげて、ベッドに寝かせてから、草と蔓の服を着た。




 翌朝。

 ふたたび目覚めた彼の様子を、お家の窓から伺う。


 白竜の姿でなかを覗き込んでくるわたしに、彼が気付いた。

 ビクッと肩を震わせている。

 どうやら驚かせてしまったらしい。

 ちょっと申し訳ない。


「……ぐる、るわぁ(……そこに、お料理用意してますから)」


 鉤爪でテーブルを、ちょいちょいと指差す。

 作っておいたのは、お魚のスープだ。

 病み上がりだし味は薄めにしてある。

 残念ながら川魚だから、あまりいい出汁は取れなかったけど……。


「……これは……。スープか……?」


 テーブルの料理に、彼が気付いた。

 それで今更ながら、お腹が空いていることに気付いたらしい。

 じっとスープを眺めている。


「どりぃ。ぐらぁ(どうぞ食べてください。冷めちゃってますけど)」


 彼がわたしをみた。

 目線や仕草で、なんとなく会話できている気分になってくる。

 なんか不思議な感じ。


「……食べても、……よいのか?」


 コクコクと何度も頷く。

 すると彼はベッドから起き出してきて、スープを啜り始めた。


「…………うまい」


 彼はそう呟いたきり、あとは無言でスープを飲み干した。




 数日が経過した。


 彼の体調も、順調に回復してきている。

 ワイバーンと揃って食欲も旺盛だ。


 わたしは彼のために、魚を捕まえてくる。

 そうすると彼は、もともと持っていたナイフで、器用にそれを調理して食べる。


 なんでも戦場料理は、騎士の嗜みなのだそうだ。

 作った料理を、わたしにも食べさせてくれた。

 味付けは塩が効いて豪快だったけど、なかなか美味しかった。


 お風呂も沸かした。

 岩のバスタブをそのまんま持ち上げて、沢までひとっ飛び。

 戻ってきてブレスで温めてから、彼に入浴を勧める。


 すると彼は、ひと言礼を言ってお風呂に入る。

 その間にわたしは、木ノ実なんかを探しにいくのだ。


 彼に悪いし、入浴を覗いたりはしない。

 木ノ実を集めて戻ってきたときに、彼がまだお風呂から上がっていなければ、チラッと横目で視界に収めるだけである。

 だからいつも木ノ実集めは、スピードが肝心なのだ。




 そんな日が続いた、ある日のこと。


「……ぐるぃ?(……どうしたの?)」


 わたしは彼が、騎士の鎧を身に纏っていることに気付いた。


「……世話になったな」

「……ぎゅるぅ!? ぐ、ぐるぁ!?(……え!? で、出て行くつもり!?)」


 どうしてそんな急に!?

 まだ体調だって、完全には戻っていないのに!


「王国に……、戻ろうと思う」

「ぐ、ぐらぁ! ぐるぇ!?(だ、だめですよ! 第一、どうやって帰るつもりなの!?」


 ハービストンだって、まだ回復しきっていない。

 とてもじゃないけど、彼を乗せて空を飛べるような状態じゃない。


「ぎゅるり……!(ちゃんと回復するまで……!)」

「聞いてくれ、白竜よ」


 彼がわたしを見上げた。

 とつとつと語り始める。


「……ここには元々、人間が住んでいたのであろう? それも俺が意識を取り戻す、ほんの少し前までだ」


 彼の言葉に耳を傾ける。

 たしかに言う通りだ。

 ここには『わたし』という、人間がずっと住んでいる。


「きっとその家の主が、俺の傷を手当てし、あの食事を用意してくれたのだろう?」


 コクコクと頷く。


「だから俺はその者に礼を言おうと、ずっと待っていた。……けれども、待てども待てども、家の主は現れない」


 いや、ずっといるんですけどね。

 いまもほら、貴方の目の前に。


「……恐らくかの者は、俺の前に姿を現せられぬ理由があるのだ。それゆえに俺がいる間は、家に戻って来られない」

「……ぐるぇ?(……はぇ?)」


 だ、だからずっといるんだけど。

 なんか勘違いしちゃってるような……。


「俺は、恩人の負担になるわけにはいかぬ。……故に今日、ここを去ることに決めた。そこを退いてくれ、白竜よ」

「ぎゅりぅ! ぎらぁ!(待って! それ、勘違いだからぁ!)」


 なんとか彼を宥める。

 すると彼は不承不承(ふしょうぶしょう)ながら、あと一晩だけ、泊まっていくことにしてくれた。


 わたしは全力で考えを巡らせる。

 ど、どうしよう……。

 このままでは、彼が出て行ってしまう。


(そ、そんなの、いやよ!)


 被りを振ると、ピコンと閃いた。

 要は人間がいればいいのよね、……人間が。


 こういうことを頼めそうな子に、ひとり心当たりがある。


 思い立ったら、即実行。

 わたしは翼をはためかせて、村に向かってすっ飛んでいった

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