第19話 シメイ引き止め大作戦

 朝早く。

 わたしは沢の大岩にコロナと並んで腰掛けていた。


「……それであんた。こんな朝っぱらからあたしを連れ出して、いったいなんの用なのよ?」


 昨日、あれからすぐ彼女のもとへと飛んだわたしは、朝になってから出直してこいと追い払われた。

 農作業が忙しかったらしい。


 だから今日は、日の出すぐコロナを迎えに出向いた。

 彼女は少し迷惑そうだったけれど、文句も言わずについて来てくれた。


 そのとき初めてわたしの白竜姿を見た彼女は、腰を抜かすほど驚いていた。




「……はぁ!? き、騎士さまを引き止めろ!?」


 わたしはコクコクと頷く。


「む、無理よ! それ、王国の竜騎士さまじゃないの!? あたしなんかが話し掛けるなんて、恐れ多いわよ! 村娘なめんな!」

「そ、そんなぁ……。こんなこと頼めるひと、コロナしかいないのよぉ……」


 嫌がる彼女に縋り付く。


「……あ、あたしだけ……?」


 コロナはなんか頬っぺたをピクピクさせている。

 どうしたんだろう。

 もしかして、ニヤついてるのかな?


「そ、そこまで言うなら、仕方ないわね……」

「ほ、ほんと!?」

「ふん……! ちゃんとお礼はしてもらうわよ!」

「するする! すんごいお礼しちゃうから!」


 話は纏まった。

 さっそく彼女をうろのお家に連れていこう。

 ぴょんと大岩を飛び降りて、河原へと降り立つ。


「あ、あれは……」


 ふいにわさびの葉が、目に飛び込んできた。

 ついでに採っていこうかな。


 茎を握って引っこ抜くと、凄い音がした。

 相変わらず、わさびはうるさい。


 少しして、ようやくコロナが岩から降りてきた。


「い、いまの叫び声はなによ!? ……というか、なにしてるの、アサヒ?」

「わさびを採ってるんだよ? こういうの」


 採れたてのそれを、彼女に見せる。

 見た目はわさびだけあって、少々グロい。


「ひ、ひぅぃ!? あ、あんた!? それを一体どうするつもり!?」

「……ふぇ? どしたの? どうするもなにも、食べるんだけど」

「た、食べるの!?」

「うん。ツーンとして美味しいよ?」


 なぜかコロナはドン引きしている。

 そんなにおかしなことを言ったかしら?

 ……わさび、美味しいのに。


「……や、やっぱり魔の森は恐ろしいわね。……それ、猛毒のマンドラゴラだから、他のひとには、食べさせないようにね……」


 わたしははじめて、わさびの正体を知った。




 家に戻ると、もう彼は起きていた。


「は、はじめまして、ききき、騎士さま!」

「……きみは?」

「ひゃ、ひゃい! あたしはコロナっていいます! く、国境(くにざかい)の村に住んでまひゅ! あと、ここの家主です!」


 ひと息に捲し立てた彼女は、噛みっかみだ。

 白竜になったわたしは、ハラハラしながらなかの様子を伺う。


 彼はコロナが落ち着くまで待ってから、しっかりと頭を下げた。


「俺はペルエール王国、ウェストマール伯爵家が嫡男シメイ・ウェストマールだ。王竜騎士団の団長をしている」

「ひぅ!? は、伯爵……!? だ、団長……!?」


 彼女は口をパクパクさせている。


 というか彼の名前は『シメイ』って言うのか。

 綺麗な響きだ。

 彼にとてもよく似合っている。


 気づくとコロナがわたしを振り返っていた。

 青ざめた顔をしている。

 カクカクした動作の彼女は、声にならない声でなにかを訴えかけてきた。


(むむむ、無理よ……!? もう、無理……ッ!?)

(順調だわ! その調子よコロナ! がんばって!)


 わたしたちは目と目で通じ合う。


「……瀕死の所を介抱してくれた上、体を癒すために家まで使わせてもらった。……感謝する。俺は決して、この恩は忘れない」

「ほほ……おほほほ……。気になされなっしゃらないで、よろしくてございますのよ?」


 なにを言ってるんだコイツは。

 テンパっているんだろうか?

 コロナはもう涙目になっている。


「コロナと言ったな。ところで君と白竜はどういう関係なんだ?」

「そ、それは、村に迷い込んできたこの子を……」

「村に迷い込んだ……? ……白竜が、か?」

「そ、それは……!?」


 シメイが眉を動かした。

 訝しんでいるのだろうか。


(がんばってコロナ! なんとか押し切るのよ!)


 強く念じる。

 きっとこの声援が、彼女を後押しすると信じて。


「コロナ……。君は見たところただの村娘のようだが、一体どうやってこんな場所に家を……」


 コロナの顔はもう真っ赤だ。

 ぐるぐると目を回して、頭から湯気が立っている。


「と、とにかくですね! 体がちゃんと癒えるまで、ずっとこの家に居てくれて大丈夫ですから! そ、それでは、失礼します!」


 彼女はそれだけ言ってから、一目散に走り去った。


「お、おい……!? 待ってくれ……!」


 シメイは手を伸ばして、その背中を見送っていた。




 合流したわたしたちは、沢で先程のやり取りについて話し合う。


「ばっちりだったよ、コロナ!」

「や、やっぱり? ……ふふん。あたしに掛かれば、ざっとこんなもんよ!」


 わたしは空気の読める女である。

 本当は、てんでダメダメだったことは言わない。


 とはいえ、きっとこれでシメイを引き止めることは出来たと思うし、成果としては十分だ。


「と、ところでアサヒ……」

「どうしたの?」

「お礼の約束、覚えてるわよね? ……今度ご飯つくりなさいよ! あたしが、い、一緒に、たた食べてあげるから!」


 なんだ、そんなことか。

 別に友だちとご飯するくらい、お礼じゃなくてもいいのに。


「うん! じゃあ美味しいのご馳走するね!」


 そう応えると、コロナは満面の笑みを浮かべた。

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