第20話 sideシメイ04 穏やかな日々

 どうにも様子がおかしい。

 魔女との戦いに敗れた俺は、なんとかして魔の森に落ち延びたらしい。


 魔の森は生半可な場所ではない。

 数多の魔獣どもがひしめき合い、例え騎士団といえども安易には踏み込めぬ魔境だ。


 だが俺はそこで拾われ、手厚い看護を受けた。


 ……しかもだ。

 いま俺は、白竜に面倒を見られている。


 一般に『竜』と言えば、ワイバーンを指す。

 これは王国でも魔国でも同じだ。

 例外的に聖教会イエスビーの宣教師どもは、ドラゴンを指して竜と呼ぶが、これは彼らが喧伝する竜伝承に根ざすものだろう。


 ドラゴンは、伝説的な存在だ。


 例を挙げるならば、世界の終焉に現れ、全てを業火で焼き尽くすとされる『獄炎の火竜』。


 大海の果ての滝。

 一切合切を奈落につき落とす、その大滝に棲まうという『最果ての水竜』。


 大陸の裂け目に棲まい、大地震をも容易に引き起こすと言われる『峡谷の地竜』。


 どれもお伽話である。


 ただ近年の歴史で、唯一その実在が確認されたドラゴンもいる。

 百五十年ほど前、建国間もない王国に、あらん限りの破壊をもたらしたと伝えられる『滅びの黒竜』だ。


 この黒竜は、王国の開祖たる英雄王ペルエールに討たれた。


 しかし黒竜の信奉者どもが、北東の枯れた土地へと逃れ、魔国オイネを建てたのだ。


 それ以降、ドラゴンは一切確認されていない。


「ぎゅる? ぐりぃ!(目が覚めたんですね? おはようございます!)」


 今日も窓から、白竜が俺を覗いてくる。

 目眩がしそうだ。

 まったく、一体なにがどうなっているんだか……。




 今日、白竜が村娘を連れてきた。

 たしか、名をコロナと言ったか。


 結った栗色の髪を肩から下げた、翡翠色の瞳をした娘だ。

 おそらく歳の頃は、20というところだろう。


 あの娘。

 ……正直なところ俺には、ただの村娘にしか見えなかった。

 だというのに魔の森に家を持ち、白竜を手なづけていると言う。


 ならば大樹をくり抜いたこの家も、かの娘が作ったというのだろうか。


 とてもそうは思えない。

 おそらく俺は、なにかを隠されている。




 白竜が魚籠を抱えて戻ってきた。


 我が騎竜、ハービストンに餌を与えている。

 あいつも白竜に、随分と懐いているようだ。


「ぎゅるるりー(シメイさんの分、ここに置いておきますねー)」


 玄関口に川魚が差し込まれた。

 ミュキスである。


 以前なんとなく俺は、ミュキスを食べながら、『川魚のなかでは、こいつが一番うまい』と呟いたことがあった。

 その独り言を聞きつけた白竜は、それからというもの、この魚ばかりを採ってくるようになった。


 こいつは恐らく人語を解するのであろう。

 ドラゴンとはかくも賢きものかと、感心してしまう。


 だが、毎日、毎日、ミュキスばかりだ。

 たしかにこの川魚は美味いのだが、そればかりでは……正直飽きる。

 とはいえ俺は世話をされる身。

 感謝こそすれ、贅沢などいうわけにはいかぬ。


 バッグから火打ち石を取り出し、竃に火を入れた。

 受け取ったミュキスのうろこをナイフで削ぎ落とし、下処理をする。

 岩塩を振ってから、直火で両面を焼き上げた。


「…………ん?」


 視線を感じて顔を上げると、白竜が窓から俺を見ていた。

 料理を作る手元を、じっと眺めている。


「……こんなものを見て、楽しいか?」


 白竜が何度も頷く。

 そうか。

 楽しいのか……。


 僅かばかり考えてみる。

 そう言われてみれば、俺も少し楽しいかもしれない。


「……お前も食うか?」

「ぎゅるあ!?(いいんですか!?)」


 なんとなく、白竜が笑った気がした。




 体調も随分と戻ってきた。

 本格的なリハビリはともかくとしても、少し辺りを散策するくらいなら出来そうだ。


「……今日も、陽射しが暖かいな」


 やはり外は良い。

 ベッドに体を横たえているだけでは、鈍ってしまう。

 こうして陽の光を浴びて体を動かすと、手先足先に至るまで、暖かな血が通っていくのがわかる。


「……すぅぅ。……はぁぁ……」


 澄んだ空気を肺に大きく吸って吐き出すと、ぼやけていた頭が覚醒し始めた。


 首を軽く回して、辺りを見回した。

 白竜の姿を探す。

 だがどこにも、かの美しき竜は見当たらない。


「……ふぅ。……いないのか」


 ため息を吐いた。

 俺は、どうしたのだろうか。

 なんとなくだが、あの白く輝く神秘的な姿が見られないことを残念に思う。


「ハービストン。出かけてくる。すぐに戻る」


 騎竜に声を掛けて剣を携え、俺は森へと足を踏み出した。

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