第35話 sideシメイ09 騎士の誇り

 四方八方から襲い来る炎を掻い潜る。


「はぁぁ……ッ!」


 俺はひとりで突出し、黒竜へと攻撃を仕掛けていた。


 しかし体重の乗った騎竜の蹴りも、突き出した鋭い剣の切っ先も、分厚い漆黒の竜鱗に阻まれて有効なダメージを与えることが出来ない。


「くそっ! どうすれば良いのだ!?」


 思わず毒づく。

 なんとかして状況を打破しなければいけない。

 しかしかの竜の鱗は硬すぎる!


「シメイ団長! 私たちもやります!」

「俺もだ!」

「もう団長ばかりに無茶はさせん!」


 叫んだのは王竜騎士団の団員たちだ。

 黒竜の纏う暴風に恐れをなしていたはずの彼ら。

 だが既に表情には、微塵も怯えを感じさせない。


「いままで団長ひとりに任せてしまって、すみませんでした!」

「お、俺だって、もう、尻込みはせん!」


 こいつら……。

 そうだ。

 俺たちはペルエール王国が誇る王竜騎士団。

 決してひとりではない。


「よく言った、お前たち! 一斉に仕掛けるぞ!」

「はい!」


 大きく息を吸い込んだ。

 肺に溜まった空気をひと息で吐き出す。


「ここが正念場だ! 誉れ高き竜騎士たちよ! 突撃ぃいいいいい!!」


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 空では竜騎士たちが、畳み掛けるような連続攻撃を仕掛けている。

 竜騎士たちの駆るワイバーンの体躯は、黒竜の半分にも満たない。

 しかし群れとなって怒涛の如く押し寄せる騎竜の勢いに、さしもの黒竜もその場に足を縫い止められている。


「キルケニー副団長! アレが届きました!」

「やっと来たか!」


 僕としたことが、思わず声を張り上げてしまった。

 でも仕方ないだろう。

 待ちに待った対黒竜の切り札が、ようやく到着したのだから。


「早急に準備を進めてくれ!」

「もう準備は整っております!」

「よし! ではいくぞ!」


 なんとか活路が見えてきたかもしれない。

 空で奮戦する竜騎士たちに向けて、僕は大声で呼び掛けた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「……退避ぃ……! ……退避しろぉ……!」


 死に物狂いで戦う。

 乱戦の最中、地上で奮闘する黄金騎士団が、何かを叫んでいることに気付いた。


「……竜騎士たちよぉ……! 空をあけろぉ……!」


(キルケニーのやつか?)


 眼下を眺めて気が付いた。


(……あ、あれは!?)


 ようやく準備が整ったか!

 希望が……。

 どうにかこれで、希望が見えてきた。


「皆よ! 黒竜から離れるのだ!」


 俺は間断なく攻撃を仕掛け続ける竜騎士たちに、退避命令をだす。

 団員たちも状況に気付いて、その場を離れた。


 ――ヒュン。


 その瞬間、風を切る音がした。

 飛んできたものは弩弓どきゅうだ。

 ひとの背丈ほどもある大きな弓が、黒竜の鱗を穿つ。


 ――ヒュン、ヒュン、ヒュンヒュンヒュン……。


 おおゆみは一射だけではない。

 放たれた矢が空をうめつくし、次から次へと雨のように降り注ぐ。


「グルゥォォ……」


 黒竜が呻く。

 しかし竜の鱗を叩くのは弓だけではなかった。

 何かが破裂する爆音がする。

 飛来した大岩が、猛スピードで竜にぶつかったのだ。

 それは砕け散りながらも内部に衝撃を伝える。


「……バリスタ、第二射……。放てぇ……!」

「……カタパルト、射出準備……!」


 攻撃の手は止まらない。


「……破城槌はじょうつい! 構ええええ……!」


 地上では金色騎士たちが、槌から伸びた縄を大きく引っ張っていた。


「……せーのっ……!」


 車輪付きの台車ごと突撃を開始し、その重量ごと巨大な槌を黒竜へと叩き込む。


「グルゥオオオオオオオオオオッ!!」


 堪らず竜が咆哮した。

 バリスタ、カタパルト、破城槌……。

 これらの攻城兵器こそが、黄金騎士団が用意した、対黒竜用の決戦兵器であった。




 空からは王竜騎士団。

 地上からは黄金騎士団。

 絶え間ない波状攻撃に、さしもの黒竜も怯み始めた。


 しかしこれだけの攻撃を仕掛けても、いまだ竜に有効打を与えかねている。

 この竜は硬すぎる。

 俺たちでは決定打を与えられないのだ。


 しかし逆に黒竜は決定的な力を持っている。

 破壊のブレス。

 あれを喰らえば、一気に形勢は逆転してしまう。


「いけぇ……! ここで押し切れぇ……!」


 キルケニーもそれが分かっているのだろう。

 必死に号令を下し、自ら陣頭に立って戦っている。


「……グルルゥ……」


 竜が呻いた。

 その喉元が、赤く、赤く、色づき始める。


(……不味い!)


 黒竜の視線は、地表の攻城兵器に向いていた。

 それはこの場で、唯一竜にダメージを通し得るものだ。

 破壊されては、もう俺たちに竜の進撃を止める手立てはなくなってしまう。


 竜の喉が赤々と輝きはじめた。

 俺は瞬時に覚悟を決めて、騎竜ハービストンを駆る。


「うおおおおおおおお! させるかぁああああ!」


 ブレスが放たれる刹那。

 俺は騎竜ごと、赤熱する黒竜の喉に体当たりを仕掛けた。

 竜の顎が跳ね上がる。

 放たれたブレスはあらぬ方向へと飛んでいった。




(ま、間に合った……!)


 ホッと息を吐いて、額の汗を拭う。

 その瞬間。

 俺の体を凄まじい衝撃が襲った。


「――ッ、かはっ……」


 息ができない。

 騎竜から空中へと投げ出された俺は、竜を眺める。

 黒竜は左腕を振り抜いていた。


(あれに……弾き飛ばされた、のか……?)


 頭がくらくらする。

 脳が揺らされてしまったのかも知れない。


 宙へと放り出された俺に、黒竜が目を向けた。

 縦長に切れた瞳孔が、俺を捉える。


 竜の右手が振り上げられた。

 凶悪な鉤爪が、ギラリと陽の光を反射する。

 まるでスローモーションのようだ。

 辺りの景色が、粘度の高い液体のように流れ出し、全ての音が消えた。


(……ああ。……そうか……)


 もはやここに至ってはどうしようもない。


(……俺は、ここまでか……)


 静かにそっと、瞳を閉じた。


(キルケニー……。あとは頼んだ……)


 まぶたの裏に、親友の顔が浮かぶ。

 ついで父の顔、母の顔。

 最後に浮かんだ顔は…………。


(……アサヒ……)


 耳元で轟音がなった。

 振るわれた黒竜の鉤爪が、俺を引き裂かんと迫り来る。


「ぐるぅおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 ――!?


 聞き慣れた声に意識が引き戻さる。


 いまの咆哮は……。

 まさか……!?


「ぐらぁあああああああああああああ !!!!(えやあああああああああああ!!!!)」


 ゆっくりと目を見開く。


 すると、そこには――


 陽光に煌めく、美しき純白の鱗に包まれた、一頭の白竜がいた。

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