5 L.S.P.
5-1 Bagatelle~バガテル~
1
学校祭当日の朝。僕は今、外山に全顔面を預けている。
「はい完成。え、寝てる?」
「…寝てないよ。目を閉じていただけ」
「「おお」」
目を開くと、外山による男性ディーラー・メイクアップショウのギャラリーがどよめいた。
「いい! いい感じだよ唐木田くん!」
「ショウ、写真撮ろうぜ」
ギャラリー…クラスメイトに囲まれ、自分が把握してない自分の顔をやいのやいのと
「シフト入ってる時だけでいいから、伊達メガネかけておいてね。とりあえず自分の顔見てみなよ」
外山に手鏡を渡される。
外山の言っていた通り、厚化粧では無いものの、なぜか少し見慣れない気がする自分の顔に首を傾げる。
「ああ、クマだ。クマが隠れるだけでだいぶ違って見える」
「まさかショウ、それだけ? 他にもっとあるでしょう」
「うーん。あ。口がなんか赤い。うわ、目が大きい」
「薄く色が着くリップクリームね。目が大きいは自慢かっ」
「目、何もしてないの?」
「軽くブラウン系のアイシャドウ乗せた。あと、元から肌は綺麗めだったけど、もっと綺麗になってない?」
「言われてみれば。厚化粧じゃないのに全体的に違って見えたのは、そのせいかな」
「暗めの色のリキッドファンデーションをうすーく伸ばしたから、自然に仕上がったはず」
「へえ」
「すごく興味が無さそう」
「無いわけじゃないけれど。化粧のことは全然わからないし、そういう変化には疎いんだよ」
「ショウの彼女、可哀想……」
「勝手に哀れまれる彼女、可哀想。そもそも彼女いないし」
外山と気の抜けるようなやり取りをしていると、教室にアキラが現れた。
アキラは僕よりも少し化粧が濃いように見える。
元々白かった肌は陶器のように滑らかで、形のいい唇は健康的な色に染まっている。
そして目の周りはよく見ると薄ピンクに色づき、全体的に儚げな印象を作っていた。
端正な顔立ちを、化粧がより一層引き立てている。
モデルとして雑誌に載っていても、アイドルとしてテレビに出ていても違和感が無いと思うのは、身内
コスプレに違いないディーラーの衣装も、すらりとしたアキラが着ると驚くほど馴染んでいる。
「美形男子の本気、恐ろしや」
クラスメイトの女子が口元に手を当ててそう呟くと、すかさず外山が自慢げに言った。
「本気を出したのは私だからね」
「外山さんはセンスが良すぎ。高峯くんと唐木田くんとでちゃんとメイクの方法変えてるんだね」
「そうそう。高峯くんは中性的なお顔をしているから、濃いめのメイクも似合うかなって。ショウは眼鏡をかけるし、控えめな方が逆に映えると思って……ショウ、ぽかんとしてどうしたの?」
外山が怪訝そうに尋ねてくる。どうやら僕は、相当間抜けな顔をしていたらしい。
「いや……似合うなと思って」
「でしょでしょ。ちゃんとわかってるじゃん。よし、あと五分で開場だよ。皆、持ち場に行こう」
シフトの入っているクラスメイトはそれぞれ持ち場に、そうでないクラスメイトは教室から撤収していく。
「ショウくん。シフトが終わったあと、あまり時間が無いから急ごう」
「わかった。着替えて音楽室に直行だね」
2
「案の定だね」
「アキラ、ごめん」
カジノは予想以上の大盛況。
教室の外まで列ができ、クチコミを聞いて来てくれたお客さんには、ゲームのあとの写真撮影まで頼まれる始末。
シフト最後の客は二年生のときに同じクラスだった女生徒で、遠慮もなく何枚も写真を撮られた。それに応じているうちに、いつの間にかシフトの終了時刻を過ぎていたわけだ。
アキラの方は上手く客を捌いていた。それに比べて、僕は本当に接客が向いていないと思う。
そして、僕ら二人は、音楽室に向かって絶賛早歩き中だ。
「着替えてる暇、無いね」
「化粧落とす暇も、無いかも」
音楽室の前に着くと、演奏中らしく扉が閉まっていた。
「今、何番目の演奏者かな」
アキラはLSP団のプログラムを片手に、扉に耳をつけている。
「
弾いたことがある。
冒頭を聴くだけで、二度の助走と力強い羽ばたき、まさに“飛翔”を感じられる曲だ。
飛翔、か……。
自分と重ねるわけではないが、妙に感慨深い気持ちになる。
「じゃあ、僕らの直前の演奏者だね。この子は〈飛翔〉のあとにもう一曲弾くみたい。よかった、落ち着く時間が残されてる……」
「じゃあ、入ろう」
音楽準備室の扉を開けて入る。
ここと音楽室は、内側にあるもう一つの扉で直結している。今の演奏者が終わったら、僕らはこの部屋から直接音楽室に登場する手筈だ。
この部屋に入ると、昨日までアキラと練習していた風景が蘇る。本番前に落ち着くには最適な環境のような気がする。
「ショウくん、眼鏡だけでも取ったら?」
「そうだね。慌ててたから忘れてた」
外山から借りた伊達眼鏡を外し、蓋が閉まったアップライトピアノの上に置く。その何気ない動作の流れで、僕は淡々と言葉を発した。
「アキラ、僕を選んでくれてありがとう。どうしようもなく味気ない自分に嫌気が差していたけれど、僕なりの光が見えた」
僕の唐突な発言に、アキラは驚くでも照れるでもなく、読み取れない表情で目を伏せる。
長いまつ毛が目元に陰を作った。その光景があまりに美しくて、どきりとする。
「不意打ちだね。礼は終わったあと、じゃなかったんだ」
「それはもういいよ。あの時は気が立っていたんだ。ごめん」
「じゃあ、僕からも。一緒に弾くって決めてくれて、ありがとう」
アキラの右手が、出会った日と同じように差し出される。そして、僕もあの日と同じように手を取った。
視線は真っ直ぐに僕の眼を射抜く。
「昨日言ったこと、覚えてる?」
「しっかり覚えてる」
「それなら、大丈夫。いこう」
固い握手を交わし、開かれた扉の外へ一歩を踏み出した。
シューマン/幻想小曲集より「飛翔」Op.12-2
https://youtu.be/ej56chGdY8g
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