2 白昼の狂風

2-1 Caprice~カプリース~

 高峯アキラの視線は、掲示板に貼られた一枚のプリントに釘付けになっていた。やがて薄く形のいい唇の両端を、綺麗に吊り上げた。



『LSP(Liven up the School festival with the Piano)団は、学校祭期間中に音楽室でピアノのコンサートを行う有志団体です。

毎年、校外からも沢山の方がLSP団を見に来て下さいます。

~演奏者募集中~

♪本校の生徒なら誰でも参加できます

♪ピアノ歴や演奏曲のジャンルは問いません

連絡は三年三組外山まで』



        1

 日に日に暑さが増し、初夏の風に肌も汗ばむ六月中旬の某日。


 七月に行われる学校祭に向けた活動が始まり、出し物の内容や役割分担についての話し合いが順調に進んできているところだ。三年三組ではカジノをやることになっている。


 外山はクラス全体の動きを把握して指示を出す責任者として話し合いを仕切っている。僕は内装の飾り付けをしたり、ゲームのルールを決めたりする小道具・企画班のメンバーになった。


 「そろそろ学校祭当日の役割分担をしてもらいたいと思います。前に話し合った通り、大道具班の中では客引き係と景品を渡す係を決めて、小道具・企画班の中では受付係とディーラーを決めてください。ディーラーは衣装を着られる人でよろしくね」


 ディーラーというのは、カジノのテーブルゲームにおいて、ゲームの進行やチップの回収、配当などを行うスタッフのことだ。


 外山は責任者の仕事をメインにしているが、小道具・企画班のメンバーも兼ねている。外山を中心として小道具・企画班のメンバーが集まり、役割分担の話が進む。


 続々と決まっていき、残りの枠は受付係三人とディーラー二人になった。


 「まだ決まってない五人はどっちでもいい感じ? 私が適当に決めちゃうよ?」


 「おっけーおっけー」


 「よろしくー」


 僕は少し考えて受付係に行こうと思っていたが、他の四人がどっちでもいいと頷いていたので、僕も外山に任せることにした。


 まあ僕は積極的に人と関われるタイプではないし、コミュニケーション能力が一番必要そうなディーラーに選ばれることは多分ないだろう。


 「じゃあショウと高峯くんはディーラーで」


 「なんでだよ」


 僕が心の中で立てたフラグをすぐさま回収するかのように、真っ先に名指しされたので、思わずツッコミを入れてしまった。


 僕と同時に指名されたアキラは、何処吹く風といった様子でいつも通り微笑を浮かべている。


 「顔がいいから。え、ダメ?」


 「あたしも二人はディーラーが似合うと思うなあ」


 「そうだよ、二人がやらなくてどうするのさ」


 「オレなんか坊主頭だから、衣装似合わなそうで嫌だし」


 「俺はてっきり二人とも最初からディーラーに決まってるもんだと思ってたぞ」


 「それは違う」


 思わずまたツッコミを入れてしまう。


 断る理由も無いので僕とアキラはディーラーに決定し、話し合いは終わった。


        2

 放課後。靴箱でアキラと会い、その流れで駅まで一緒に帰ることになった。


 「ショウくん、LSP団って知ってる?」


 「知ってるよ。ピアノが相当上手い人ばかりが集まって、学校祭で発表してる有志団体。それがどうかした?」


 「出ないかって声かけられたから。どうしようかな」


 当然アキラは出るものだと思っていた。


 うちの高校は教育熱心な家庭が多く、約半分の生徒がピアノ経験者で県内トップ層の実力者も集まっている。


 数年前に国際コンクールで入賞した人や、有名音大に進学した人も、LSP団でピアノを弾いていた。LSP団目的で学校祭に来る人もいるくらいだ。


 つまり、所詮学校祭といってもただのお遊戯会ではなく、それなりに意味のあるステージだということだ。


 そして何より、音楽を愛し、音楽で学校祭を盛り上げようとした先輩たちによって繋げられてきた伝統がある。アキラの演奏を聴いたことはまだ無いが、きっと、その系譜を引き継ぎ、学校祭当日の音楽室を音楽で満たすのに相応しいピアニストなのだろう。


 「ショウくんはどう思う?」


 「え?」


 「ボクがLSP団に出るかどうか」


 てっきり、アキラはそういうことを自分自身で決めて行動するタイプだと思っていたので、漠然と意見を求められて少し面食らう。


 それにしても、どうして門外漢の僕に聞くのだろう。LSP団の団長、外山明里の方が相談相手にはよっぽど適任だと思うが……。


 多少の不自然さを感じながらも、僕は思ったままの意見を伝える。


 「出た方がいいんじゃないかな」


 「じゃあ、明日そう返事するよ」


 僕の一言であっさりと決断したアキラは、次にとんでもないことを言った。




 「ボクとショウくんで連弾するって」




 「うん――――って、え、は?」


 「ソロと連弾ね」


 「そういう事じゃなくて、いや、何言って」


 「あ、もう列車が来るみたいだ。また明日」


 僕は、アキラが改札の向こうに消えていくのを呆然と見送っていた。


        3

 帰宅して、その日は四時間ほど勉強をした。


 寝る前にベッドの上でスマホを確認すると、アキラからメッセージが届いていた。連弾の候補曲として、動画サイトのURLが三つ貼られている。


 アキラが何を考えているのかさっぱりわからないが、そんな提案は御免だ。

 

 それに、ここまで真意が見えないのは気味が悪い。


 でもアキラの選曲には興味があった。とりあえず一番上のURLを開いてみると、演奏動画が再生された。


 〈プーランク 四手のためのピアノソナタFP.8 第一楽章〉。


 一台のピアノを二人で演奏する連弾は四手連弾と呼ばれる。また、高音側にプリモ、低音側にセコンドが座って演奏する。


 序盤はセコンドの同音連打から始まり、プリモが両手で四オクターブ離れた和音を押さえる。


 この時、プリモの腕とセコンドの体がアクロバティックに重なる。


 中間部はプリモのソロで穏やかに始まり、セコンドが加わって音が増え、次のフレーズへの期待が高まっていく。


 すると突然四つの手が激しく鍵盤上を跳ね、最高潮に達して、序盤の再現が始まる。


 終始勢いを保ったまま、第一楽章が締めくくられた。


 アクロバティックな動きと華やかさがあり、演奏効果は高そうだ。ピアノをあまり知らない人でも楽しめる選曲なのだろう。


 いや違う。


 選曲の分析をしている場合ではない。僕は無意識に現実逃避をしている。


 そう。つい数時間前、アキラから『一緒に連弾をしよう』という意味不明な提案をされた、現実から……。


 連日の疲労が溜まっていた僕はそれ以上の思考を放棄する。そして意識を手放した。



プーランク/四手のためのピアノソナタ(全楽章)

https://youtu.be/3LeUEBKmDTY

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る