エレガント・セレナード
夕影 巴絵(夕焼けこやけ)
エレガント・セレナード(※連載版。リライト同人誌版とは内容が異なります。)
プロローグ
Prélude~プレリュード~
1
睡魔。
「ショウくん、次の授業始まるけど移動しなくていいの?」
教室で机に突っ伏していた僕は、重い頭を持ち上げるのを早々に諦めた。顔だけを横に向けて、睡眠を妨げたその声の主を見上げる。
多少の恨めしさを視線に含んでみたつもりだったが、彼は気分を害す様子もなく、端正な唇に薄く笑みを浮かべたまま立っている。
「僕は次の授業を選択していないから。自習時間なんだ。空いてる教室ならどこでも使っていいってことになってる」
僕はできるだけ自然な笑顔を作って言った。
「あぁ、そうか。この高校に来てからあまり日が経ってないから、よくわかってなかった。邪魔してごめん」
彼はそう言って爽やかに微笑んでから、僕に背を向けた。
すっかり眠気が飛んでしまった僕は、音楽を聴くためにイヤホンを取り出した。
〈ドビュッシー『ベルガマスク組曲』より プレリュード〉。
陽の光を浴びながら爽やかな風が舞うような、美しい風景が浮かぶ。
プレリュード(前奏曲)という名に相応しく、これから何かが起こりそうだと予感させる曲だ。
僕は去っていく背中を見送りながら、彼──
2
四月某日。三年生になってから初めて登校した日。
この高校に転校生が来るらしいというのは誰が発端かSNSで多少話題になっていた。この教室でもその話がちらほらと聞こえてくる。
「誰かが春休み中に
中溝というのはこのクラスの担任で物理教師だ。くたびれた白衣と分厚い眼鏡が第一印象を冴えないものにしているが、知的で優しい物腰は一部でとても人気があるらしい。
物理教師がなぜ白衣?という疑問はあったが、他学年の数学教師も白衣を着ていると知ってからはあまり気にならなくなった。
「かっこいいって? えっと、クラス名簿は……」
「それにしても、うちの高校って転入できたんだね。イケメンとかよりも私はそっちの方に興味があるなぁ」
この時期の転校生は別に珍しくもないし、この高校にはそこまで容姿に執着する生徒もいない。そう、話題になる理由は別にある。
この高校は県内一の進学校として知られていて、全国的にもそこそこ名が通っている。そのため転入試験もそれなりに面倒なはずで、わざわざこの高校を選んで転校してきた人がいるとは今まで聞いたことがなかったのだ。
チャイムがなり、中溝先生が教室に入ってくる。
「おはようございます。このクラスの担任になった中溝です。今まで関わりのなかった人も多いと思いますが、これから一年間よろしくお願いします」
中溝は一瞬視線を廊下に向けてから言葉を続けた。
「僕の挨拶はそこそこにして。皆さんは転校生の方が気になっているんじゃないかな。高峯くん、入って」
今度は一人の男子生徒が教室に入ってきた。くっきりとした目にサラサラの前髪が少しだけかかっている。華奢な体型で、確かに育ちの良さそうなハンサムだ。
「
随分あっさりとした挨拶をして、彼は教室を見渡すように視線を動かす。
目が合った。微笑まれた気がしたが、皆は気がついていないらしい。僕は目を逸らしそうになるのをなんとか堪える。
―――それが僕と彼の出会いだった。
ドビュッシー/ベルガマスク組曲 1.プレリュード
https://youtu.be/5rkXYm-JEQQ
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