第25話 初めての感覚
一本先取した後も、私の優位は続いた。
伊辺先輩、確かに上手だが、技術というより力で押し切るタイプなので、私を強引に抜いても、リングに嫌われてなかなかゴールに陥れることができない。
もちろん、私のディフェンスで体勢を崩しているからなのだが。私のディフェンスは曲者タイプ(七美兄ちゃん:談)らしく、中学の試合の時は、良く相手から舌打ちされていたっけ。
「……いい性格してんな、お前」
「なんのことですか? あはは」
私はとぼけて見せたけど、岡田先輩にはバレているようだ。
接触するふりをしてちょっと服を引っ張ったり、爪先をちょっぴり出して微妙にバランスを崩したり。
やるからにはちゃんとやる。たまには卑怯な手も使う。
七美兄ちゃんを相手にしているうち、自然とそういう術を身に着けるようになった。
「――しまっ……!」
「いただきです、先輩」
スリーポイントラインからフェイントを入れ、反応した伊辺先輩の脇をドリブルで抜き、そのままゴール。
これで、勝負あり。
「ほい、三対一で七原の勝ち。これで気が済んだが、キャプテン」
「む、むぐぐぐう……!」
唇を噛んで悔しさを顕にする伊辺先輩。でも、『もう一回!』とか言わないあたりは、とても潔いと思う。
「し、仕方ない……七原さんのことはあ、あ……あ……!」
「あ……なんですか? 伊辺先輩?」
「くっ……! この娘、意外にS……!」
そうだろうか。私にはいまいちピンとこない。まあ、どちらかというと責められるのは苦手だけど。
「……ああもう、わかった。わかりました。あきらめます。ごめんね、七原さん。無理にこんなことさせちゃって、謝るわ」
「いえ。私も久しぶりに体を動かせましたし、よかったです」
「そう? ならよかった。私からの勧誘はあきらめるけど、また気が向いたらいつでも来てね。季節外れでも、七原さんなら全然オッケーだから……あ! できれば七原選手のサインを――ふげっ!? い、いきなり叩かないでよ!」
「これ以上七原に迷惑をかけんじゃねえよ、敗者」
再び私との距離を詰めようとした伊辺先輩を、岡田先輩が止めてくれた。
サインぐらいなら問題ないと思うが……気を遣ってくれたのだろうか。
岡田先輩、ちょっと口悪いのはいただけないが、とてもいい人だ。
「ほれ、もう行けよ。いつまでもいると、このバカがまた勘違いして突撃してくるぞ」
「あはは……そうですね。それじゃあ、失礼します」
岡田先輩が伊辺先輩の首根っこを掴んでいる間に私はさっさとお暇することに。
置いてきてしまった静原さんのことも気になる。
「――あ、そうだ。七原……じゃなくて盗撮女子」
「そこ言い直す必要ありませんでしたよね!? 七原ですっ!」
「ああ、すまんすまん。どうしても最初のインパクトが頭から離れなくてな」
せっかく見直したのに……意地悪な人だ。
「で、なんですか? 兄のサインなら、何枚でも書いてもらいますけど」
「いらねえよ。俺、国内プロはそんなに興味ないし」
「じゃあ、なんですか」
私の問いに、先輩がにやりと笑って一言。
「――今度、俺とも勝負やろうぜ。上手い奴とやるのは、俺も好きなんだ」
「――――」
これまでぶっきらぼうな言動や行動が目立っていた先輩が一瞬見せた少年のような顔に、私はドキリとする。
あれ? なんだろう、この感覚。
地に足がついていないふわふわした感じと、ほんのり熱を帯びる頬。
「ん? どした? ぼーっと突っ立って」
「い、いえ……! それじゃあ失礼します!」
「ああ」
ぺこりと頭を下げて、私はそそくさと体育館を後にしたのだった。
多分、このことは、今のところ誰にも相談できそうにない。
――――――――――――――
(※思うところがあり、再開しました。またしばらくよろしくお願いします)
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