第18話 作戦


 特訓(と果たして言っていいかわからないけど)を開始して、およそ一週間が経過した。


 収録日ということで、花宮さんの周囲にはやはり多くのカメラや音声、照明の方、そしてその少し離れたところには、マネージャーの人だろうか、スーツを着て、花宮さんの様子をじっと見守っている。


 私も、そのうちの一人だ。通学風景の撮影で団子のようにひとまとまりで移動する一団を、静原さんと一緒に後方から監視していた。


 皆、花宮アリアというアイドルのために、忙しく、彼女の見せるきらきらとしたアイドル顔がもっとも映えるように動いている。


 その中で、一人、浮いている存在があった。


「……あの人がそうかな」


「え? えっと、どの人ですか?」


「ほら、あそこの……ちょっと、いや、大分頭の薄いおじさん」


 踏んぞりかえって、花宮さんのマネージャーらしき人に話しかけている、花宮さんが言う通りの、お腹の出たハゲのおじさん。


 ここからじゃ何を言っているかはわからないが、その場にいる全員、その人にペコペコしているので、お偉い人なのだろう。拘束具かと思うほどに大きな腕時計が、ぎらぎらとした光を放っていた。


 花宮さんは、スポンサーがどうとか言っていたけれど……。


 近づいて、少しばかり観察してみる。


 撮影中なので、もちろん行動は移すわけはないが……なんだか、花宮さんを見る目がいやらしい気がする。つま先から頭まで、嘗め回すようにして、首を上下に動かしている。


「静原さん、どう思う?」


「……気持ち悪い、と思います」


「だよねぇ……」


 静原さんが反射的に私の後ろに隠れた通りだ。そして私も同じ気持ちである。


 というか、仕事とはいえ、花宮さんはよくあの人の接触に耐えられたものだ。しかも機嫌を損ねないよう、愛想のよい顔をキープしたまま。


 良くないことだが、ゴミ箱を蹴飛ばすぐらい荒れる気持ちは、わかる気がする。


 最寄り駅から校門まで歩いたところで、一旦カメラが止められた。


 この後の収録は昼休み、そして放課後と続く。授業風景も、ハンディカメラでだが撮影をするらしい。一応、花宮さんから予定を聞かされている。


 とりあえず、校内に入って教室で一息――。


「アリアちゃん」


 というところで、それまで様子を見ていただけのおじさんが花宮さんのもとへ。


 太っている人とは思えない、蛇のようにぬるりとした動きで人だかりを避ける。


 その様子に、私と静原さんは同時に震え上がった。


「あ、どうもです! すいません、お仕事でお忙しいのに来てくださって~!」


 花宮さんは完全に仕事モードでその人に接している。私なら塩対応どころの騒ぎではないが、さすがはアイドル。


「ああ、いやいや」


「っ……!」


 ちょうど他のスタッフの人たちが機材の片づけなどで動いていて、ちょうど私たちから死角になった瞬間、花宮さんの体がびくりと震えた。


「あの、今……」


「うん。『やった』ね。でも、」


 こちらからは見えなかった。


 なるほど、と思う。部外者から見えないようコソコソとやっているから、それはバレないはずだ。


 私の目から見えたところだと、ただ激励するように肩をぽんぽんと叩いているだけだから、いくらでも言い訳はできる。


「隙だらけなら、写真に収めちゃおうと思ったけど」


 敵はなかなか手強いようだ。いやらしい大人である。


 もちろん、それを見てみぬ振りしかできない人たちも。後でフォローしたとしても、その時に止められなければ意味がないと思う。


「……あの、七原さん、そろそろ」


「うん。あとは任せよう」


 始業時間も近づいているので、後ろ髪をひかれつつも、私たちは退散することにする。


 一週間の間で、やることはやった。

 後は、花宮さんに頑張ってもらおう。


「――花宮さん! 私たち、先に教室行ってるね!」


 私の声に、花宮さんがこちらを見て、頷く。


「大丈夫、私もすぐ仕事やっつけて、遅刻しないようにするから!」


 微笑んでピースしたその顔には、余裕が浮かんでいる。どうやら、特訓した甲斐があったようだ。


 じゃあ、私たちは、後でじっくり報告を聞くようにしよう。


 ポケットのスマホが震えた。


 仕込みの方は、もうすでに完了している。

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