第19話 ヘンなヤツ(花宮アリア)
(っ……って、あれ?)
最初はちょっと緊張したせいで失態を見せてしまったが、触られた瞬間、気づいた。
あ、これ全然大丈夫なヤツだ、と。
「いや~、やっぱり制服姿のアリアちゃんはかわいいねー。カメラの人も、撮りやすくて嬉しいんじゃないかな」
スタッフの人たちの目線が私たちから外れた瞬間を見計らって、私の肩に置いていた『敵』の手が、制服のブレザーから、ブラウスのほうへ滑り込んでくる。
敵の手つきは相変わらずいやらしい。私を見る、自分の顔の醜さを鏡で見せてやりたいぐらい。本当、気持ち悪い。
でも、一週間分の経験を得た今の私には、全然大したことない。
「そうですかね~、でも、そのために日々努力してますので~! ねっ、スタッフの皆さんもそう思いますよね?」
みんなの注意を向けて、敵の動きがピクリと止まったところで、私はするりと拘束から逃れた。
強引に振り払ったわけではない。抜け出しただけだ。
人の目があるから、敵も強引にやったりはしない。そういうせこいところも織り込み済みの行動だった。
(まずは他人を使うこと。その他人は必ずしも味方である必要はない、か)
アイドルのこの私に、偉そうに忠告してきたクラスメイトの言葉(誰かの受け売りらしい)を、私は思い出す。
(七原七香、ね)
ヘンなヤツだ。
あんな出会い方をして、最初はガン逃げしたにもかかわらず、今は放っておけないとばかりに積極的に私に絡んできて、問題を解決しようとしている。それも突飛な方法で。
(っ……!)
ぴく、とわずかに私は体を震わせた。
敵に触られたからそうなったのではなく、特訓のことが脳裏をよぎったせいだ。
どんな内容なのかはちょっと思い出したくないが、少しだけ、感想を述べるとするなら、
『ゴミ箱に蹴りをいれた瞬間をSNSに流されたほうがよっぽどマシなレベル』である。
(――まあ、意外に楽しかったからいいけど)
そんなわけで、特訓については、私のカラダ的には最悪なものだったが、それでも、皆の視線が届かないところでめちゃくちゃなことをやれたのは、今考えると悪くないな、と思う。
幼いころからこういう仕事をやっていて、周りはそんな私に嫉妬したのか友だちと呼べる人はいないし、仕事仲間は周りを蹴落とすことしか考えてなくて殺伐としているし。
(――友だち、ね)
『花宮さん』
私のことを呼ぶ、七原七香の顔が浮かぶ。
笑顔の私を怖がって、逆に仏頂面の私を見て微笑む、新しくできたヘンなクラスメイト。
「あれ? アリアちゃん、今日はつれないねえ。いつもみたいに、もっとこっちでお話しようよ」
「いや~すいません、でも、もう行かないと遅刻になっちゃうし、クラスの子たちに迷惑かけちゃうんで~」
やんわりと私が手を振って、私は早足で生徒棟の建物へと向かう。
直後、私を見る敵の目がぎらりと光ったのに気付く。お預けを食らってイラついているのだろうから、午後はもう少し強引な手を使って私を困らせるだろう。
「……もう一週間前までの私じゃないから、覚悟しておきなよ」
笑顔を崩さないまま、私は誰に聞かせるでもなく呟く。
ゴミ箱に八つ当たりするようなみっともない真似は、今日で最後だ。
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