第20話 新しい友だち

 夕方を迎えて、放課後。


 静寂に包まれた教室で、私は自分の席に座って、一人ぼーっと窓の外を見つめていた。


 私は一日のなかで、一番夕方が好きだったりする。面倒くさい学校の授業から解放されて、部活で体を動かすなり、友だちと待ち合わせをして、帰りに一緒に寄り道したりできる。


 今回は後者だ。じっと待つのは退屈だけど、今日は我慢だ。


 机には、まだ花宮さんの通学鞄が残っている。


「……あの、七原さん」


「あれ、静原さん?」


 おもむろに取り出したスマホをいじっていると、ドアの隙間から静原さんの顔がのぞく。


 今日は時間が遅くなりそうだから先に帰ってていいと言っていたが、静原さんも花宮さんのことが心配だったのか、戻ってきたようだ。


「やっぱり私も七原さんと待とうと思って……ダメ、ですか?」


「ううん。私もちょうど一人で寂しかったトコだったから。一緒に待とう?」


「はい、ありがとうございます」


 嬉しそうに微笑んだ静原さんが、とてとてと、お下げを揺らしながら私のもとに寄ってくる。


「う~む……」


「え? えっと、あの……」


 私にまじまじと見つめられていることに気づいて、静原さんの顔がほんのりと赤くなる。


 困ったように戸惑う静原さんは、小動物的な可愛さがあると思う。


 守ってあげたい、そんな気にさせてくれる。


 やっぱり、こういう子のほうが男の子は好きなのだろうか。


 友だちなんていなかったと静原さんは言っていたが、絶対に影でモテていたはず。


「いや、やっぱり静原さんのこと可愛いなーって思って」


「ええっ……!? 私がかわいいだなんて、ぜ、全然そんなこと」


「あるよっ、全然ある。静原さんは気づいてないかもしれないけど、ちょこんと椅子に座ってるところとか、周りに気をつかって控えめに笑うところとか、すごい良いと思うし」


「う……」


「あと健気だし、私のわがままだって聞いてくれるし。……正直、もし私が男の子だったら静原さんのこと、絶対に放っておかなかったと思う」


 静原さんに向かって、私は熱弁する。静原さんは、私のような、ガサツが女性ものの下着をつけて往来を闊歩しているのとはワケが違うのだから、もっと自信を持って欲しいのだ。


「あ、あの……七原さん」


「はい」


「えっと、その、手が」


「ありゃ」


 熱弁が過ぎて、いつの間にか手まで握っていたようだ。


 熱くなると周りが見えなくなって相手を引かせてしまうクセ。いい加減直さないと。


 兄たち曰く、その時の私はたいそう早口になるらしい。


「そ、そんなこと言ったら……七原さんだって、そうですよ」


「え? 私?」


「はい」


 まさか、そんな。


 幼馴染のユズをして、『下さえついていれば50:50で美少年』と言わしめるほどの私である。お世辞も大概にしてほしい……悪い気はしないが。


「私なんかと違って、勉強も、運動もできるし、こんな私ともお喋りしてくれて、優しくて……もし私が男の子でも、きっと七原さんのこと放っておかないぐらい素敵な……」


「素敵……?」


 それだと、どちらかというと『かわいい』より『かっこいい』にならないだろうか。


「え? あっ……」


 そのことに気づいて、静原さんが恥ずかしそうに顔を俯かせる。窓から差す西日の光がまじっているのでよくわからないが、きっと顔は真っ赤なのだろう。


「うう……やっぱり私みたいな子、好きになってくれる男の人なんていないよね……」


「そ、そんなことないですよっ。きっと私みたいに『いいな』って思ってくれる男の人もどこかにいるはずです」


「この学校にはいるかな?」


「えっと……それは……」


 そこはお世辞でも『大丈夫です!』と言って欲しいところである。そういうところは非常に七原さんらしいところではあるのだが。


「う~、静原さんが私のこといじめる~」


「そ、そんなこと……ない、ですよ?」


「そこははっきり否定するところでしょ~?」


「じゃ、じゃあ……そんなことないですよ?」


「じゃあって言ったからもうダメ~」


「ええ~」


 会話を繰り返すうち、静原さんの口調もいい意味で遠慮がなくなってきた気がする。


 少しずつ距離が縮まっている。仲が深まっている。


 そう感じる瞬間が、とても心地よい。


 ……異性との仲はまったく深まっていない、というか、まだ一人として広がっていないので、その点、問題はまだ山積みだし、忘れてはならない。


「――ところで聞くけど、私はいつまでアンタたちが二人でイチャってるのを眺めておけばいいの?」


「「!?」」


 茜色に染まった放課後の教室で二人きりの会話を楽しんでいたところに、花宮さんの呆れ声が割って入ってきた。


 ……しまった。会話に夢中で、ちょっとだけ本来の目的を忘れていた。


「えっと、ちなみにいつからそこに?」


「そこにいる静原さんが教室に入った後ぐらいから」


 それならさっさと声をかけてほしい。


 私は頬に熱を帯びるのを感じた。


「いや、アンタたちが割とすぐにイチャりだしたから。……仕返しにちょっと観察してやろうと思って」


 カシャ、と花宮さんがスマホで私たちのことを撮影する。多分、その前の手を握っていたくだりのところも撮られたかも。恥ずかしいところを見られてしまったようだ。


「もう……ところで、そっちのほう上手くいった?」


「まあね。……結局大人に頼っちゃったのは、不本意ではあったけど」


「仕方ないよ。私たちはまだ子供なんだから」


 子供だけでなんとかできないのであれば、大人に頼る。それが子供の仕事だと、私は思っている。


「じゃあ、帰ろうか。花宮さんは、車?」


「ううん。今日は電車」


「えっと、それなら――」


「ええ、そうね」


 ふ、と微笑を浮かべて、花宮さんが言う。


「帰ろう、七香。鈴」


「「……」」


「……何?」


 ぽかん、とした私たちを見て、花宮さんが訝しげな顔をする。


「いや、名前で呼んでくれたなって……ねえ」


「はい」


「別にいいでしょ。一応、クラスメイトなんだし」


「……そこは『友だち』じゃないんだ?」


「当ったり前でしょ。アイドルの私と友だち? 十年早いわよ」


「じゃあ、アイドルじゃないほうの『アリア』は?」


「…………」


 俯いて、花宮さん――アリアがぼそりと呟いた。


「まあ、その……いいんじゃない?」


 まったく素直じゃない。


 でも、こっちが本当のアリアな気がして、私は嬉しくなった。

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