第7話 女の子クラス?
「な、なんとか間に合ったぁッ……!」
先ほどの一件で予定の電車に乗り遅れたが、駅から死ぬ気でダッシュしたおかげで、入学初日から遅刻という不名誉はなんとか避けることができた。五分前。
門をくぐって、案内に従いクラス分けを見る。
一年七組、出席番号23番。七原七香。
教室の位置を確認し、駆け足……ではなく、早足でせかせかと歩いて教室の前へ。
「……ふう」
立ち止まり、ちょっと深呼吸。
正直、心細い。
これまでは幼馴染のユズがいつも隣にいたから平気だが、これからは一人だ。
「大丈夫、大丈夫。私なら出来る……!」
人、という字を手のひらに書いて何度も飲み込む。七美兄さんも試合前の緊張を抑えるらしい。
よし、ついでにこのタイミングでどっちの足で教室に入るか決めてしまって――。
「――おい、早く突っ立ってないで教室に入れよ。新入生」
「あぐっ……!」
後ろの人からそう言われて、後頭部を叩かれた。ぱこん、と間の抜けた音が鳴る。
振り向くと、ふと、煙草の匂いが鼻についた。
「その顔は確か、七原か。入学式当日から遅刻ぎりぎりとは、生意気なヤローだ」
「えっと、あの……」
「ん? 俺は矢沢律。お前らの担任」
くたびれたネクタイに、よれよれのスーツ。胸ポケットからは、くしゃくしゃになった煙草の箱がのぞいている。見た目からして不真面目そうな男の人だ。
この人が担任……。
「ほれ、早く入れ。後のことは教室の中で話すからよ」
「ちょっとそんなぐいぐい……ひゃっ」
心の準備が整わないまま、矢沢先生に室内へと押し込まれた。
「全員そろってんな~、んじゃ、最初のHRを始めるとしますか。七原、空いてる席がお前んとこだ。さっさと座れ」
「……はい」
頬の下の方をぷくりと膨らませて、私は先生の指示に従う。
「……ん?」
空いている残りの一席に座った時、私はある違和感を覚えた。
チャイムが鳴り響く中、矢沢先生が一番から順にクラスメイトの名を読み上げる。
「1番、相原優。2番、石津祥亜。3番、上多楓。4番、絵崎純。5番……」
名前を呼ばれた女子たちが各々『はい』と返事をしていく。
そう、女の子だけが。
「――13番、静谷鈴」
「……は、はい」
ここまで全員女子である。
おかしい、ここは共学のはずだ。実際、他のクラスには男子がいっぱいいた。
「……23番、七原七香」
「……」
「おい、七原」
「え?」
「返事」
「は、はい」
周りを見渡す。この一年七組には30人が在籍しているのだが、
「――29番、リリー・スタンフォード。んで、30番、若葉青葉……一人は事前に休みの連絡もらっているから、今日はこれで全員だな」
結局、男子は誰一人としていなかったのである。
「――あの、先生。一つよろしいでしょうか?」
私と同じ疑問を抱いていたのか、一人の女の子が手をあげた。
腰まで伸ばした艶やかな黒髪が印象的な、綺麗な女の子だ。背筋がピンと伸びて、とてもいい姿勢だ。
「はい、そこの黒髪ロング」
「なっ、なんですか、その呼び方はっ! さっき読みあげたでしょう!?」
「冗談だよ。出席番号28番、藤乃朱音クン。で、何?」
黒髪ロングさん、ではなく藤乃さんが、こほんと咳払いして一言。
「……このクラスだけ女子しかいないのは、なぜでしょう?」
「さあ?」
「は?」
先生の返答に、藤乃さんが呆気にとられる。
「一応、各学年の七組は試験の成績上位を集めた所謂進学クラスなわけだが、今回、お前らがたまたま上位30人だったみたいでな。もちろん、それでも男女比が偏り過ぎないよう調整するはずなんだが……なんせ俺は下っ端だ。詳しいことは知らん」
「なんて無責任な……」
「それとも何? お前さんは男子がいたほうがよかった?」
「そ、そういうことを言っているわけでは……!」
私はそういうことなんですけど、と心の中で呟く。
実はちょっとだけ期待していたのだ。共学の進学校の、その中でもより頭のいい進学クラスの男子との出会いを。
中学だとそういう人が特に少なくて、いたとしてもそれはユズだったので、それはもう余計に。
「ま、とにかく今更クラス替えは無理なわけだから、とりあえず一年はこれで我慢してくれ。んじゃ、これから入学式だから体育館行くぞ」
いきなり想定と違う状況に出鼻を挫かれた感はあるが、しかし、それが全てではない。
「あ、そうだ。七原ぁ」
「え? 私?」
「おう」
気を取り直して皆とともに教室を出ようとしたとき、先生から呼び止められる。
まだ、私に何か用だろうか。
「お前、入学試験成績トップだったから、新入生の代表挨拶な。そこんとこよろしく」
「え??」
ようやく落ち着きつつあった私の心の波だったが、荒れ模様はまだ続くようで。
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