第13話 追いかけっこ
「…………」
「…………」
撮影した私と、撮られた花宮さんは、しばらくの間、お互いをじっと見つめていた。
とても、とても気まずい静寂が流れる。
もちろんこの状況を作ったのは私だ。花宮さんだって、ああいうふうにどこかで鬱憤を放出しなければ持たないことはわかっていた。
なぜ、私はスマホを構えて、そして写真を残してしまったのだろう。
「えっと、アンタは同じクラスの……」
「はい、七原、といいます」
「――だよね!」
ニコッ!
瞬間、花宮さんの表情が一瞬にしてスマイルに変わった。それはもうわざとらしいぐらいにニコニコとしている。
「今日の分の撮影が終わって教室に戻ろうって思ったんだけど、私、まだ慣れてないから、ちょっと迷っちゃって~」
じり、と花宮さんが一歩詰める。
「あ、そ、そうなんですね」
「うん、そうなのっ」
じり、じり、とさらに一歩、二歩と詰める。
じりじり、じりじり。
眉一つ動かすことなく、まるでお面でもかぶったかのようにスマイルをキープしたまま。
……怖い。
私は一歩後ずさった。
「あれ? なんで離れるの? 一緒のクラスなんだから、もっと仲良くしよ?」
じりじりじりっ。
それに合わせて、花宮さんが三歩詰めてきた。
「そ、そうですね。でも、」
顔が怖いんだって。
「…………」
「…………」
――ダッ!
無言のプレッシャーに耐え切れず、私は逃げ出した。
「っっ……ちょっ、待ってよ~、仲良くしよ~?」
と言いつつ、きらきら笑顔の花宮さんが追走してきた。しかもマジ走り。陸上でもやっていたのだろうか、フォームが短距離選手のそれだ。
ただのアイドルの動きじゃない。
「ご、ごめんなさい! 私、その、そんなつもりじゃ……」
「何言ってるの~? とりあえず、止まろ~?」
私も走りには自信があったが、かかっているものが違うのか、さらにスピードを上げた花宮さんが、ぐんぐんと私の距離を詰めてくる。
「あの、七原さん大丈夫……きゃっ」
「静原さんっ」
と、私のことを心配してくれた静原さんと鉢合わせになる。
まずい、このままじゃぶつかって、花宮さんに追い付かれてしまう。
よし、かくなる上は。
「静原さん、ごめんねっ」
「え? きゃっ!?」
ぶつかる直前に、勢いのまま私は静原さんをお姫様抱っこして、そのまま走り続ける。
予想通り静原さんは軽かったので、少しスピードは落ちるが、いけるだろう。
「あはは、こぉらっ、待てぇ~」
「ひっ……!」
どうやら静原さんもあの異様な状態の花宮さんに恐怖しているようだ。
とにあく、あの状態の花宮さんに捕まるのはやばい。
理由はわからないが、私の本能がそう告げている気がする。
「静原さん、ちゃんと捕まっててね」
「え、あの……は、はいっ」
きゅ、と私の襟を静原さんが握ったのを確認してから、私はさらに脚に力を入れた。
ぐん、とそこから一段階加速する。
「え、うそっ、そこから速くなるのっ……!」
詰めていた距離が離れた瞬間、花宮さんの表情が初めて驚きに崩れた。
「ちょ、待って、待っ……!」
必死に伸ばしてきた花宮さんの手が私の肩をかすったが、届くまでには至らない。
逃げ切って、大勢の目がある生徒棟の中へと入ろうとしたとき、
「――待ってよ、待って! お願いだから!」
懇願するような花宮さんの声に気づいた私は立ち止まった。
振り向くと、そこには笑顔ではなく、必死に私を呼び止めようとする花宮さんが。
「それだけはやめて。さっきの様子を、ネットなんかにアップされたら……私の今まで積み上げたイメージがボロボロに……なっちゃう」
「花宮さん……」
「はあ、はあ……よ、ようやく追いついた。もう、人抱えたほうが早いとか、どんな人間よアンタ……」
「私もよくわかんないけど、なんとなく?」
「へ、変なヤツ……」
袖を掴まれたが、今はもう先ほどのような怖さはない。
今の彼女は、アイドルとしての『花宮アリア』ではなく、仮面を脱いだ一個人としての花宮さんだった。
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