第12話 目撃
私は七希の依頼通り、背景としてよさそうな場面を校内の中から探していく。
七希から『必ず撮ってきて欲しい』と言われたのは、体育館、体育館倉庫、校舎裏、屋上、トイレなど、隠れて何かするのによさそうな場所。
背景となった場面がどんな形になって世に出るのかを知っている私からすれば申し訳ないが、これも兄の仕事のためだし、あと、何気に美嘉さんにも頼まれてしまったから、仕方ない。
「七原さん、あの、これ……」
「ん? ああ、これ学校の案内図?」
「うん。一応、いつも持ってて」
準備がいい。ありがたく使わせてもらおう。
ウチの高校は、生徒の教室がある教室棟、家庭科室や視聴覚室などの特別教室のある特別等、職員室や校長室および生徒指導室など教員が主に利用する教員棟と建物が分かれている。
まずは七希から指定された場所をパシャパシャと撮っていく。先に人の少ない特別教室を写真に収めていき、次に体育館へ。
入学式の時は緊張であまり感じなかったが、こうしてみると、さすがに広さを感じる。
当然ながら、先客があった。
「バスケ部かな」
昼錬なのだろう、男女ともにコートを使っていた。
狭い中でのパス回し、守備、シュート練習……ゲーム形式ではなく、各々の課題を別メニューでこなしている印象だ。
「練習、結構頑張ってるみたいですね」
「そうだね」
体育館に漂う独特の匂いと空気感。
中学時代はメインの部活動としてやっていたから、こういう空気に触れると、体を動かしたくてうずうずとしてくる。
運動部に入る予定は今のところない。七美兄ちゃんは残念がるかもしれないが、バスケは中学で引退だ。
練習の邪魔にならないよう、とりあえずこっそり撮るようにして――。
「――おい。そこの」
「うひゃいっ!?」
ドアの影に隠れて、スマートフォンを構えたところに、後ろから声をかけられた。
練習着に着替えた男子生徒――新入生の入部はまだのはずだから、多分、この人は上級生のはずだ。
「……一年か。こそこそと何やってんだ?」
「えっ、あのっ、これはですね……!」
エッチな漫画の背景素材に使うために体育館の写真を撮ってました、あとついでに倉庫のほうも撮影させてください、なんて正直に言えるはずもない。
「あの……練習に興味がちょっとだけあって……それで二人で見学、なんかを……」
「そ、そう! それです!」
背後の静原さんから良いアシストが。ここで乗っからない手はない。
「ふうん……まあ、見るのは自由だと思うけど。とりあえず、邪魔だからそこどいてくれるか?」
「あ、はい。すいません」
入り口からさっと飛びのくと、先輩は私のほうをちらっとだけ見てから、練習の輪の中に入っていった。
すれ違った先輩は、私よりほんの少しだけ身長が低かった。
兄たちは三人とも私より頭一つ以上身長が高いから、なんとなく新鮮な気持ちになる。
「……もう行きますか?」
「だね。とりあえず、どこかでお昼ご飯にしようか」
まだ名も知らない先輩の背中を見送って、私たちはいったん中庭の方へ。
雲一つない晴天だけあって、教室内よりも外のほうが暖かいように感じる。
「どこに座る?」
「えっと、人があんまりいるのは苦手なので……」
「実は私も。……えっと、それじゃあ」
きょろきょろと周りを見渡すと、ちょうど大きな木の陰に隠れるような形で設置されているベンチが。ちょっと日陰だけど、あそこなら目立たないだろう。先客もいないし。
静原さんに了解をもらって、二人で腰かける。
「ごめんね、静原さん。付き合ってもらっちゃって」
「いえ。こんなふうに歩き回るの、久しぶりだったから。その、私、友だちいなかったですし」
「そうなの?」
「はい。こんな性格なので……でも、高校からは少しずつ頑張らなきゃって思って」
「じゃあ私に声をかけてくれたのは……」
「その、私と同じでお知り合いの方がいなかったみたいですし……仲良くできるかなって」
「一人ぼっちどうし?」
「っ……あの、すいません」
しゅん、と肩を縮こませる静原さん。そんな風にされるとさらに小さく見えてしまう。
「ああ、ごめん。別に怒ってるわけじゃないよ。声をかけてくれたのはすごく嬉しかったし。私も中学の時は、知り合いって程度で、仲のいい女友だちっていなかったから」
「そう、なんですか?」
「うん。中学の時、いろいろあってね。幼馴染の子以外には、壁を作っちゃったんだ」
ちょうど七美兄ちゃんがブラックサンズとプロ契約を交わした時だ。大学時代から全国区で有名なプレイヤーだったから、デビュー時に色々と取材を受けた。
両親を事故で亡くして、兄妹四人で支え合って暮らす七原家。
家族の背景を考えるとそれなりの美談っぽく聞こえるから、バスケの専門誌以外にも、新聞だったりテレビだったり、当時は結構取材されたし、好奇の目にもさらされた。
なので、必要以上に他人と接するのが嫌な、怖い時期があったのだ。
一年ぐらいでそれも落ち着いたから後輩には優しく接することができたけど、同級生に対しては、その時のことが尾を引いて、結局友だちと呼べる人は出来なかったわけだ。
ユズがいてくれたから決して寂しくはなかったけど、それでもちょっとした後悔は残っている。
「だからその……私もね、静原さんともう少し仲良くなれたらって」
ユズが言うような『友だち経由で男の子を紹介』というのは静原さんからはなさそうだけど、打算なく付き合える友だちだってきっと必要なはずだ。
それに一人でなく二人なら、もっと勇気をもって他の子も輪の中に取り込めるかもしれな――。
「? 七原さん?」
「あ、うん、な、何でもない」
なぜか脳裏に藤乃さんの顔が浮かんで、私は頭を横にふった。
……あの人と仲良くなりたいのだろうか、私は。
「そんなわけで、これからもよろしく……」
と、静原さんと握手しようとしたところで、
――ドカッ!!
「「……!」」
と、ちょうど私たちのいる場所の、真裏ぐらいから、大きな物音が響いた。
なにかを蹴ったか何かしたような物音だが……今度はいったいなんだろう。
ちょっとだけ、気になる。
「……静原さん、ちょっとだけお弁当よろしく」
「え、あの……!」
「ここで待ってて。大丈夫、すぐ戻ってくるから」
食べかけの弁当を静原さんに預けて、私は校舎の外から回って、大きな音がしたと思しき場所へと向かう。
「……! …………!!」
特別棟の裏、自転車通学の生徒たちが使う駐輪場近くのゴミ捨て場あたりから、何かをぶつぶつと言いながら、ゴミ箱やら、ゴミ袋をガシガシと足踏みしたり蹴ったりしている女生徒がいた。
「……ああもう、あのエロオヤジ……私が抵抗できないのをいいことに……なぁにが『制服姿のアリアちゃんも可愛いな』だよ。死ねよあの×××……! クソ、クソクソクソッ……!!」
きらきらとした金髪をガシガシと掻きながら、汚い言葉で悪態をつく女の子。
横顔からのぞく、透き通った青い瞳はまさしく――。
――カシャッ。
「……え?」
「あ」
撮影する気はなかったが、ついやってしまった。
否定はしたいが、こういう行動をとってしまうのを考えるに、私も七希の妹なんだな、と実感してしまう。
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