第26話 入部
とりあえず、伊辺先輩との一対一に勝ったことで、女子バスケットボール部への入部は回避することが出来た。
久しぶりにボールに触れて楽しかった。それはそれでいいし、あとは、そう、あの小柄な岡田先輩もいい人だったし。ちょっと意地悪だし、口は悪いし、あとはあとは――。
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
部活のことだ。
そう、私、七原七香の入部希望届には、どこの部活も記入されていない。
結局、どこの部活に入るのかまったく決まっていないのだ。
「おい七原ぁ、さっさと入部届だせっての。花宮以外で出してないの、もうお前だけだぞ」
案の定、翌日に矢沢先生から注意されてしまう。
「そんなこと言われましても……」
「明日までに提出しなきゃ、新入部員がまだ入ってないところに強制的に入部させっかんな。化学部、囲碁将棋部、マジック同好会。で、それがいやなら生徒会だ」
「えええ……」
兄さんたちのおかげで理系科目は好きだし、将棋とか頭を使うゲームは嫌いじゃないが。
一応、想像してみる。白衣を着て実験をする私、盤に将棋駒、もしくは碁石をびしりと打ち付ける私。タキシードを着てシルクハットから鳩を取り出す私。
……うん、どう考えても合わない。
そうなると残るは生徒会だが、こっちもできれば遠慮しておきたい。
中学の時にお願いされて生徒会のお手伝いをしていたことがあるが、生徒会は地味に忙しい。体育祭、文化祭、他校との交流会などなど、だいたいの仕事に生徒会は駆り出される。
その上、目立たないし、感謝はされないしで……ちょっと愚痴っぽくなったが、とにかくそういう理由でダメだ。あんまり遅くなると、七希の食事の世話などが出来ない。実のところ、年収と言う意味で一番七原家にお金を入れてくれているのは七希だ。大卒三年目の七美兄さんや、大学の助教授の七哉兄さんの倍はある。
家のために頑張ってくれているので、できるだけそっちの世話もしてあげたいと思っている。
ちなみに三人の家事能力と言うと、
七哉兄さん……可。お米ぐらいは炊ける。
七美兄さん……ちょっとだけ可。カップラーメンぐらいは作れる。
七希……圧倒的不可。放っておくと仕事場がゴミ屋敷になる
というのが私の所感である。
そのことを矢沢先生に話したが、『兄貴たちも大人なんだからできるだろ』の一言で却下となった。
まあ、いつまでも私に頼っていては自立できないので、そういう意味ではいい機会なのかも、とは思う。
そういえば、兄さんたちの女性関係ってどんな感じなのだろう。
七美兄さんに彼女さんがいるのは知っている。売り出し中の若手女優さんで、私も会ったことがある。七哉兄さんは女子学生から人気があるらしく、いるかもしれない。七希はない。隙あらば妹のパンツをのぞこうとするバカヤロウだ。
黙っていれば見てくれはいいし、あの奇抜な髪色をなんとかすればすぐにでも生活の面倒を見てくれる人が現れそうだが……可能性があるのは担当の島袋さんぐらいである。
「ねえねえ静原さーん、どこの部活にしたの? 私、一緒のとこにする~」
「そう言ってくれるのは嬉しいですけど、秘密です。こういうのはちゃんと自分の意志で決めないと」
「ぶー、けちー」
静原さんは私がバスケ勝負に講じている間に希望届を出してしまったらしく、ずっとこんな調子で教えてくれない。本来の目的である『出会い』の機会減りそうだが、静原さんと一緒なら少なくとも心細くはないのに。
「私が言うのもなんですけど……やっぱり部活はやりたいことをやるべきだと私は思いますよ? 私もそれで選びましたし」
「だよねえ。でも……」
しかし、そうなると選択肢は一つしかない。
バスケットボール。
昨日の勝負のことを思い出す。相手との競り合い、シュートがイメージ通りに決まったときのあの爽快感。
競技としてのバスケはもう辞めた。それは決めたはずで、未練はない。
……そう思ってたけど。
くそう、これじゃあ伊辺先輩の策にまんまとハマっているような気が。
「! あ、そういえば……」
「? どうしたの」
「あの、多分ですけど、七原さんはバスケットボールを続けたいんですよね?」
「……まあ、ちょっとですけども、はいです」
「選手としては、もう引退したいと」
「うん」
やると決めたら、何事も全力でやる。兄さんたちの背中を見て育ってきたから、それは私も変わらない。だから、もしバスケ部に入ったら、どうしてもおろそかになってくる部分は出てくる。勉強と部活、これは絶対外せない。
「ということは、マネージャーをやるっていうのは、どうでしょう?」
「…………あ!」
そういえば、そう言うのもありだったか。
私はすぐさま立ち上がり、入部届を手に職員室へ向かった。
※
「――ということで、バスケット部のマネージャーになりました七原七香です! 家の都合とかで毎日の参加はできませんが、よろしくお願いします!」
パラパラと拍手。
こうして、翌日から、私は男子女子共通のマネージャーとしてバスケットボール部に入ることになった。
選手としてコートに立つことはないけど、これなら好きなバスケに関わり続けることができるし、たまに練習に交じっても全然構わないという。
一応、伊辺先輩がいつ私のことを選手登録するかわからないので油断は禁物だが、そこは岡田先輩に頼ることにしよう。
「あの、岡田先輩。そういうことなので、これからよろしくです」
「ったく、せっかく人が気使ってやったのに……まあ、やりたいなら自由にやればいいんじゃねえの? あ、盗撮すんなら、声かけてからにしろよな」
「同意とったらただの撮影でしょ、っていうか何で盗撮する前提なんですか!」
部活問題はこれでなんとかなったし、『出会い』のほうも……。
この選択、案外悪くなかったかもしれない。
ありがとう、静原さん。
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