第27話 サプライズ(静原鈴)


 ☆


「じゃね、鈴」


「花宮さん、じゃ、じゃあまた」


「ん、仕事頑張ってくるわ」


「はい、いってらっしゃい」


 一日の授業が終わって、私はこの後テレビの収録だという花宮さんを見送った。


 花宮さんは、いつも大体こんな感じで忙しい。仕事と学業の両立――きっと私の想像の及ばないほど大変なのだと思う。


 ネットで映像を見たけど、アイドルの時の花宮さんは本当にキラキラしていて、まるで別世界にいる人みたいだった。


 同じ高校で同じクラスってだけでも信じられないのに、まさかお友達になれるなんて。連絡先だってちゃんと交換している。たまに暇だからとメッセージが来たりもする。だいたいは愚痴で、私は聞く一方なんだけど。


 今までほとんどすっからかんだった私の連絡先に、新しく二つも連絡先が追加された。


 その輪を作ってくれたのは、明らかに――。


「――おっと、私も部活いかなくちゃ」


 教室からほとんど人がいないのに気づいて、私はあわてて教室を後にする。


 私の入った部活は特に遅刻とかはないから、特になにか言われることはないんだけど。


「……七原さん、今なにやってるんだろ」


 ふと、そんなこと言葉が漏れた。


 頭の中に浮かぶのは、授業が終わるなり教室を飛び出していった私の……と、友だち……のこと。


 部活の準備があるからとのことだったが、初日からとても張り切っている。男女のバスケット部のマネージャーということだから大変なのだろうが、彼女の顔はとても充実している。


 それを提案したのは私だったが、勧めてよかったと思う。


 七原さんには、ああいう元気な顔が似合う。本人はもうちょっと女の子っぽい振る舞いをしたいと言っているけど……正直、キャラじゃない。


 七原さんは、元気なのが一番かわいいし、格好いいと思うのだ。


「――って、私ったら、また七原さんのことばかり」


 最近いつもこうだ。高校で初めてできた友だちだからなのか、ぼんやりとしているとつい七原さんのことばかり考えている。


 授業中の七原さん、花宮さんと楽しそうに話す七原さん、たまに隣の藤乃さんにも話しかけて塩対応されてむくれる七原さん。


 もっと七原さんのことを知りたい、仲良くなりたい、と思う。今でも十分仲はいいし、少なくとも一年間は同じクラスなのだから、焦らなくていいとは思うのだが。


「一緒の部活がいい、か」


 つい、私と七原さん、ありえないことだけど、同じ部活で活動するところを想像する。


 私が所属しているのは、文芸部。といっても、ちゃんとした小説とかそういうのではなく、ライトノベルとかライト文芸とか、そういう若い子向けのノベルを中心に読み漁る部活。


 七原さんは勉強もできるから、きっと読書だって好きなはず。


 おすすめのラノベや漫画の話をして、お互いに本を読み合ったり――うん、絶対楽しいはず。まあ、私の趣味を考えると、絶対にありえないだろうけど。


「だって、だもんね」


 私が鞄から取り出したのは、胸の大きい、すごいきわどい露出の衣装を着ている、耳の尖った女の子キャラがでかでかと描かれた表紙の文庫。


 七原さんは勘違いしているだろうが、私が好きなのは、バトルなファンタジーだったり、ちょっとエッチなラブコメだったりといった、所謂男性向けのコンテンツが好きなのだ。


 周りにそう言う人がいないので、多分珍しいと思う。綺麗でエッチな女の子の絵を見て『かわいい』とか思っちゃう女の子なんて。


 ……七原さんに知られたら、絶対引かれそうだ。友だちをやめられる――なんてことはさすがにないだろうけど、徐々に距離は置かれるかもしれない。


 文芸部だというのはいずれ知られるだろうけど、この趣味だけは隠しておいたほうがいい。絶対に。


「失礼します」


 そう言って、私は文芸部の部室に入った。部長の河田先輩と私、二人きりの部活。先輩が男の人でちょっと戸惑ったが、二次元の女の子にしか興味がないらしく、私はわりとぞんざいに扱われているので、そこは安心している。


「おう、静原ぁ。遅かったじゃないか」


「そりゃ、私だって暇じゃありませんから。あ、ところで昨日貸してもらった本なんですけど、あれ――」


 というところで、私は室内に違和感を覚える。


 並べられた机に座っている。


 一つはもちろん部長。向かい合うように並べられた五つの机の真ん中。いつもの部長席。


 そして、そこから一つ間隔をあけて、もう一人座っていたのだ。


 この文芸部は、私と部長の計二人だけのはずだが。


 もしかして新入部員のひと? いや、提出期限はとうに過ぎているから、そんな可能性は――。


「――えへへ、来ちゃった」


「な、なな――」


 あった。


 一つだけあった可能性のことを忘れていた。こういうことをやっちゃう人を、私は知っている。


「喜べ静原、お前と同じ新入部員だぞ」


「え? で、でも彼女はバスケ部に入って――」


 そう。七原さんはバスケ部所属なので、本来ここにいないはずなのに。


「部活の掛け持ちオッケーだって矢沢先生が言ってくれたから。あ、バスケ部の人には了解もらってるよ」


「うちは人数さえいれば幽霊でも構わん! いくらでも掛け持ちしてくれい」


「と、河田部長も言ってるし」


「そ――」


 それならいいかも……と思ったが、いや、全然良くない。


 だって、今のこの状況。


 机には、私が今しがた鞄から出したライトノベルが、表紙にエッチな女の子が、主人公の男の子におっぱいを触られて顔を赤くしているような典型的なハーレムラノベが、置かれている。部長があんまりしつこくおススメするから読んだのだ。


 正直面白かった――いや、いまはそうじゃなくて。


「あの、七原さんこれは、その、あの……」


 どうやって言い訳しようか考える。七原さんの視線は、すでにエッチな表紙のほうにくぎ付けになっている。


 部長が無理矢理勧めて、いや、結構ノリノリで『読みますね』と言ってしまったから、それは部長に否定されてしまう。私、このイラストレーターさんのファンで――って、これは逆効果か。黄七さんというのだが、調べれば調べるほどエッチな絵が多くて――


「あ、それ『超天無双のエアリアル』! これ、意外と面白いよね。私、家に全巻あるよ」


「え?」


 しかし、七原さんから帰ってきたのは、意外な返事。そしてさらに、


「このイラスト、実は私の五つ上の兄が担当しててね。ゲラとかっていうの? 本になる前の原稿一緒に読んだりしてて」


「え? え?」


 黄七さんが、七原さんのお兄さん? しかも完成前の原稿を読んで?


 情報が波のように押し寄せて、理解が追い付かない。


「俺も少し前に聞いたが、びっくりだろ? なあ、七原、黄七先生にサインもらうことってできるか?」


「うーん、メ〇カリに出品しないなら、お願いしてみますけど」


「は、はは……」


 お兄さんたちがいるのは知っていたが、まさか、そんな人がお兄さんたちの中にいるなんて。


 ……ともかく、今は色々詮索するのはやめておこう。これ以上は頭がパンクしてしまう。


「文芸部って聞いてたから、絶対場違いだろうなって思ったけど……なんだ、私たち、結構似たものどうしだね」


「それは私も安心しましたけど、でも、どうして」


 わざわざ掛けもちなんて忙しくして、文芸部にも入部しちゃったのか。


「……だって、どうしても静原さんと一緒に部活動……してみたかったから。その、いちばん仲の良い友達と……ね」


「っ……!?」


 照れた表情でそう言った七原さんの言葉に、私の心臓が不意に高鳴った。

 

 私が、一番。


 多分そうだろうとは思ったけど、本人の口から言ってくれるとやはり嬉しい。


「事前に言ったら絶対止められちゃうと思ったから、黙って勝手に入部届出しちゃったんだけど……ダメ、かな?」


「それは……」

 

 ダメじゃない。正直に言って、とても嬉しい。


 部長以外で、自分の好きなことを語れる人がいる。しかも、それが一番仲のいい人とだなんて。


「部長、もう入部届は取り消せないですよね?」


「当たり前だ。もし取り消すというのなら、自作のエロ小説に七原を登場させ――」


「無理なんですねわかりました」


 部長はこんな人だが、その発言を聞いても、七原さんはなんでもないように苦笑いしている。


 もしかしたら、お兄さんの職業柄、そういうのにも慣れっこなのかもしれない。


「……それなら、仕方ないですね」


「! じゃあ――」


「はい。その、私こそ、これからよろしくお願いします。……でも、優先順位は間違えないでくださいね?」


「大丈夫! まかせてよ!」


 ひまわりが咲いたみたいにニッコリと笑う七原さんを見て、私は思う。


 この人がいるだけで十分お釣りがくるぐらい、この高校を選んでよかったと。

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気付いたらまわりに美少女しかいないラブコメ(でも私、女なんですけど) たかた @u-da

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