第4話 JKになろう

 いよいよこの日が来た。


 春休み明けの最初の朝、私は布団のなかで、目覚まし時計が鳴り響くのをずっと待っている。アラームが鳴る15分前には目覚めていたが、鳴ってから起きようと、心に決めていたのだ。


 二週間ほどあった春休みが終わり、今日は高校の入学式である。


 ぴぴぴ、となった瞬間、私は勢いよく目覚ましのてっぺんを叩いた。勢いあまったせいか、音や止まなかったので、今度は優しく押す。


「よし、と」


 布団から抜け出した後、洗面所に行って顔を洗う。春といっても蛇口から出る水は冷たくて、でもそのおかげで意識をしゃっきりさっぱりとさせることができる。


 七哉兄さんと七美兄ちゃんの姿はすでにない。七哉兄さんは学会の準備とやらで忙しく、七美兄ちゃんは地方へ遠征中。


 ということで、七希と二人だ。


「……おはよう」


 早速、目にすごいクマをつくった兄と遭遇する。


「おはよ。……もしかして徹夜?」


「死すべし、タマブクロ」


 どうやらそのようらしい。


 タマブクロ、じゃなくて島袋さんは七希の担当編集さんだ。

 

 女性だが、七希はそういうところにまったく配慮しない。人前だろうが、なんだろうが、この人は島袋さんのことをそう呼んでいる。


「朝ご飯作るけど、食べる?」


「腹にものを入れると眠気が増すから、コーヒーだけでいい。まだ少し仕事が残っているからな。それより、七香」


「なに?」


「なぜまだパジャマを着ている。ほら、待っててあげるから、さっさと新しい制服に袖を通してお兄ちゃんに見せるんだ」


「朝っぱらからバカ高いデジカメ首から提げてんのは、やっぱりそれが理由なのね」


 平常運転である。まあ、予想していたからパジャマなのだけれど。


「どうせ入学式で撮りまくるんでしょ。それに、着替えはちょっと手伝ってもらわなきゃいけないから」


「は? 手伝い?」


「――お邪魔しま~す。カーちゃん、上がっていい?」


「お、来た。はいはい、ご勝手にどうぞ」


 大きめの学生服に身を包んだユズが、紙袋を持ってリビングに入ってきた。


 こうしてみると弱気そうな男の子だが、皮一枚剥いだ中身はとんでもない獣である。忘れてはならない。


「えへへ~、おはよう七希くん。今日もカッコイイね?」


「き、来やがったな柚春……言っておくが、俺のケツ穴はやらんぞ」


「大丈夫。僕、嫌がる人を無理矢理っていうの趣味じゃないから」


 何がいったい大丈夫なのだろう。


 兄たちは、三人ともユズのことを大の苦手としている。この幼馴染相手だと、うちの頼れる三人は瞬く間に草食動物へと姿を変えてしまうのだ。


「ほらこれ。頼まれたもの、ちゃんと揃えてきたよ」


「おお……じゃあ、これで私も……」


「うん。ちゃんと可愛いJKになれる」


 紙袋の中身は、これから私が身に着ける予定のものだ。春休み中に、ユズに頼って色々と『装備品』を揃えてもらったのだ。


 三人で朝ご飯をすませて、私はさっそく制服に着替える。いつもは頻繁に七希兄さんが覗いてくるが、今は天敵のユズがいるので、自室兼仕事場にさっさと引きこもってしまった。


 というわけで、今のうちにやってしまおう。


 制服はブラウンのブレザーとチェック柄のスカート。それに学年ごとに色分けされた紐のリボンだ。今回の一年生は緑色で、二年生が赤、三年生が青。三年生が卒業したら、次の新入生が青色となる。


「ほい。んじゃ、ブラウスを着る前にこれ」


「……うん」


 ユズがまず手渡してきたのは、上下の下着。


 服で隠れるのだから別にいいだろうと私は主張したが、

『見えないところにこそ女の子はこだわらなきゃダメなんだよ!』

 と、男のユズに諭されて、おしゃれでかわいいデザインのものを用意することになった。

 これまではスポブラだったので、ホックのある背中が妙に痒い。あと、とりあえず胸のサイズのことは訊かないで欲しい。


 女の魅力は胸の大きさよりもハートの大きさである。


 続いて白いブラウスを着て、それからスカートをはく。もちろん、スカートの丈は短くなった。今日は入学式なので校則違反にならない程度だが、そのうちちょっとずつ違反していけと指示されている。


「次は髪ね。っていっても、カーちゃんはまだ髪そんなに長くないから、大したことはできないけど」


 チワワの尻尾のような小さいポニーテールに水玉模様のシュシュと、前髪にはヘアピンが飾られる。


 それに後は化粧を少々。春休み中は家から出なかったので、それまでは浅黒かった肌も徐々に白くなってきている。目標は、だいたいユズぐらいまで美白になること。


 男が目標……なんだか悲しくなってきた。


「よし……とまあ、こんな感じかな?」


「おお」


 姿見に移った私は、どこからどう見てもJKそのものだった。


 くるりと一回転して、スカートをひらりとさせてみる。かわいい。中学時代は男がスカートを着て歩いていたような私が、まさかここまで変身できるなんて。


「素材はよかったからね。僕が本気だせばざっとこんなもんだよ」


「うん、ありがとうユズ。でも、どうしてそんなに詳しいの?」


「え? そんなの、いつもやってるからに決まってるじゃん」


「…………そ」


 詳しくは訊かないことにしておこう。その先は、知らなくていい世界な気がする。


「あとは通学鞄に小さいぬいぐるみとかキーホルダーだな。えっと、まずはチャックに一つと……」


「あ、後、ガニ股注意ね。パンツ丸見えだから」


「うっ……!?」


 ついいつもの癖が出てしまった。これから格好だけでなく、仕草だって女の子らしくしていなければならない。


 もっと清楚に。太腿は閉じる。よし、覚えた。


「……それに関しては、柚春の言う通りかもしれん。ななか、その丸見えは、お兄ちゃんちょっと萌えないぞ」


「いいからお前は仕事に戻らんかい!」


 匍匐前進の状態でカメラを構えていた七希の顔を、私は思い切り踏みつけた。

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