第3話 三人のハイスペック兄たち


 帰宅ついでに頼まれた買い物を済ませて、私は我が家に戻ってきた。


 最寄りの駅から歩いて一時間かかる場所に位置する、築五十年の木造平屋建ての一軒家が、私と三人の兄たちの家だった。


「ただいま~」


「ん? おお、お帰りマイシスター。今ゲームやってんだけど、一緒にやる?」


「いいね。でも、仕事の方は終わったの? 編集さんに土下座してようやく伸ばしてもらった締め切り、明日までだったよね?」


「……いいか、七香。ゴムっていうのは、限界まで引き延ばしてバッチンやるのがバラエティ的によくてな」


「いいから仕事しろ」


 私は強制的にゲーム機の電源をOFFにする。息抜きはいいが、時間切れまで抜き続けてどうする。


「ええい、何をする妹。我の金で買ったゲームぞ、返せ! さもなくば、次の原稿は生意気な実妹の催眠快楽堕ちモノだ! お前はそれでもいいのか!?」


「仕事してそれでお金が入ってくるなら私は一向に構わんけど。というか、ハードをハンマーでたたき割らないだけ有情だと思って」


 というか、そのネタはもう三回目だ。私は18歳未満なので読んだことはないが、読者の方々には人気を博しているらしい。


 というわけで、私を最初に出迎えたのは一人目の兄。


 七原家三男、七希。二十歳。


 職業はイラストレーター兼エロ漫画家で、すでに複数の案件を抱える売れっ子だが、本人はしきりに自宅警備員への転職を希望している。警備員をやるなら外でやって欲しいが、頭髪はなぜか銀色だし、そこに七色のメッシュと、それから頬に萌えキャラのタトゥーががっつり入っているのでまず不可能。


 そんなわけで、妹の私が尻を叩いて今のステージで働かせるしかないのが現状だ。

「ところで、七美兄ちゃんと、七哉兄さんは?」


「七美はさっき試合終わったってさ。七哉は授業が終わり次第帰ってくるってよ」


 七希兄さん含め、上の二人も仕事をしている。なので、家はぼろいが、お金がないわけではない。


「しっかし、昔はあんだけ小さかったお前も、いつのまにかJKになっちまうなんてな……『にーちゃんにーちゃん』言って、俺たちの膝にしがみついて離れなかったやつが、もうこんなになって」


「感傷に浸るのはいいけど、なんで私のスカートの中まで覗く必要があるんですかね」

「ははっ、成長の記録だ。気にするな」


 七希はいつもこれだ。もう最近は面倒くさいので放っているが、たまにスマホでパシャパシャと撮影するのはいただけない。


 私は不満の意を表すために、頬の下をぷくりと膨らませる。


 と、その時、私の横をびゅん、と通り抜けるなにかが。


「ぐえっ」


 バスケットボールが、七希の顔面に直撃し、ころころと転がる。ボールの真ん中には槍を持った黒い太陽のマスコットキャラ描かれていた。


「……なにをしやがる七美」


「七香が嫌がってんだから、ほどほどにしとけよ。まあ、そんなことより、ただいま二人とも」


「七美兄ちゃん」


 七希とは対照的な長身のアスリート体型が、七原家次男の七原七美である。


 二十五歳で、『FJIブラックサンズ』というチームに所属するプロバスケットボール選手だ。現在シーズン終盤で忙しいはずだが、私のためにわざわざ時間を作って戻ってきてくれたのだ。


「スマホで速報見てたよ。大活躍だったじゃん」


「おう。今日はお前の卒業記念だからな。負けるわけにはいかねえよ」


「「いえーいっ!」」


 私は七美兄ちゃんと拳を突き合わせて今日の勝利を喜ぶ。大学を卒業してプロになってからオフシーズン以外は滅多に会えないので、こうして久々に一緒に過ごせるのはとても嬉しかった。


 今期のブラックサンズは優勝争いにも食い込んでいるので、また応援にいかなければいけない。


「ところでななか。お前、バスケは高校入っても続けんのか? やるならオフシーズン、また教えてやるぜ?」


「どうかな……体動かすのは嫌いじゃないから、やるかもしれないけど」


 ただ、本目的はあくまで『女の子らしい普通の恋』をすることなので、運動部に入ったらまた中学の二の舞になるかもしれない。


「――部活に入るのは構わんが、まずは勉強だ。学生は勉強することが仕事なのだからな」


「「げっ」」


 七希と七美兄ちゃんが同時に苦い声を上げる。


「あ、お帰り。七哉兄さん」


「ああ、ただいま」


 最後に到着したのが、七原家長男、七原七哉。大学で准教授を務めている。


 三十歳で、私とちょうど二倍年齢が離れている。ここまで来ると、兄と妹というよりは、父と娘の感覚に近い。


 私が幼いころに両親は事故で亡くなってしまったから、なおさらだった。


「七香、あらためて卒業おめでとう。それと、高校合格もな」


「うん、ありがとう」

 私の頭に手を置いて、くしゃくしゃと頭を撫でてくれる。


 普段は絶対に褒めてくれない厳しい人だが、だからこそ嬉しかったりする。


「ということで、お祝いを持ってきた」


「えっ、もしかしてプレゼントか何か?」


「ああ。まあ、そうだな」


 そう言って、七哉兄さんは、紙袋から分厚い紙束を取り出し、私に手渡した。


 嫌な予感がする。


「あの、ちなみにこれは……」


「お前の高校のカリキュラムをもとに、俺のほうでお前にあった勉強メニューを新たに作っておいた。来月からは、普段の授業+αで、こちらも沿ってやること。いいな?」


「……」


 ちょっとでもご褒美もらえるかも、と期待した私の喜びを返して欲しい。


 まあ、やらないとめちゃくちゃ怒られるので、結局はやるのだが。

 

 というわけで、学問肌の長男、運動肌の次男、芸術肌(オタク方面)の三男、それぞれの影響をもろに受け、私、七原家末っ子の七原七香は、反抗期を迎えることもなく、すくすくと育った、というか育ってしまったわけである。


 ユズの言う通り、確かにこれならイケメンが出来ても仕方ないかもしれない。


 ……私は女だけど。

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