第11話 アイドル 2


 花宮アリア。15歳。


 日本人のお母さんと外国人のお父さんを持つ子で、現在は『FLO.』(フロー)と呼ばれるユニットに所属する、正真正銘のアイドル――らしい。


 そう本人が自己紹介で言っていたし、周りの大人たちも頷いていたので間違いないのだろう。


 私はそっち方面に疎くて、彼女のことは初めて知った。二次元のほうならわりと詳しいのだが……七希が大量に所持しているアニメBDのせいだ。


 というわけで芸能人なわけだが、これまで私のとっての『芸能人』といえば、七美兄ちゃんのバスケットの試合前のセレモニーで応援席から眺めるのがせいぜい。


 もちろん、こんなに間近でお目にかかるのは初めて。


 自己紹介をする花宮さんと、それを写真にとるクラスメイトたちを映像におさめた後、四方八方から写真やら映像やらを撮影していた大人たちは、嵐のように教室から過ぎ去っていった。


「じゃあ、花宮も席に座ってくれ」


「はーい、先生!」


 席へ向かいながらも、花宮さんは引き続き皆に笑顔を振りまくことを忘れない。


 プロだなあ、と思う。取り巻いていた大人たちはいなくなったが、周りにはクラスメイトがいる。もとからファンだったり、これから自分のお客さんになってくれるかもしれない人たちだから、そうおいそれと気は抜けない、と。


(……アイドルの笑顔は九割五分が嘘、だったっけ)


 知り合いの言葉を、私は思い出す。もちろん個人の感想でしかないが、『職業:アイドル』としての生活が長くなると、だんだんとそう感じるようになってしまうのだとか。仕事とプライベートの境界線がひどく曖昧になるというか。


 私は矢沢先生にニコニコ顔を向ける花宮さんの背中を眺める。


 せめて教室の中ぐらいは息を抜いたっていいのに、と私は思う。少なくとも、目の前のくたびれた化学教師ぐらいには呆れ顔を浮かべても、バチは当たらないだろう。


 昨日クラスの子が聞き出した情報によると、矢沢先生はあの風貌でまだ二十代半ばらしい。どう考えてもそこから10歳は上だと思っていたのでびっくりだ。


「……ん?」


「あっ」


 そんなことをぼやぼやと考えていると、視線を察知したのか、花宮さんとばっちり目があってしまった。


(……よろしくね)


 じっと見ていたことをどう誤魔化そうかと考えていると、花宮さんはひらひらと手を振って微笑み、そうわかるように口を動かしてくれた。これも当然営業スマイルなんだろうけど、とてもそうとは感じさせないものだ。


 私と同い年なのに、もう大人の世界で揉まれて、お金を稼いでいる。


 プロだなあ、と私は改めて思った。




 慌ただしい朝とまだ退屈な午前中の授業を終えて、ようやく私は昼休みを迎える。


 昨日は入学式を終えてすぐ下校だったので、高校で迎える初めての昼だ。


「ねえ、昼どこいく?」

「えー、どうしよっかなあ」


 周りからそんな話が聞こえてきた。


 中学までは給食だったが、ウチの高校は学食か持ち込みかの二択である。学食で食べるか、外でお弁当でも広げて食べるか。


 私はもちろんお弁当である。自分の手作り。学食は安いが、それでもお金はかかってしまうので遠慮しておく。家にお金がないわけではないが、それは兄たちのお金で、私のものではない。


「あ、あの」


 振り向くと、お弁当の入った可愛らしい手提げを抱えた静原さんが立っている。


「もし良ければ一緒に、と思って。七原さんもお弁当……ですよね?」


「うん。ありがとう、一緒に食べよ」


「……はいっ」


 自分の机で一人寂しくぼっち飯、の可能性がなくなったので、私はほっとする。


 静原さん、とてもいい人。


 空いている椅子を借りて、静原さんが私の向かい側に座った。


 つま先がちょこんと床に着く程度だから、静原さんは本当に小柄だ。私より二回りぐらいは小さいかもしれない。


 それからお弁当箱も。こっちは三回りぐらい違う……成長期だから、お腹が減るのだ。静原さんとは体格が違うし、仕方のないことだ。


「じゃあ、食べましょうか」


「……うん。でも、その前に、」


 私は、隣に目を、目の前に置かれた大きな重箱を見つめる藤乃さんへとやった。


「藤乃さんも、一緒にどう?」


「…………」


「むう……」


 ちらりとこちらを見るものの、やはり無視された。


 午前の授業中、藤乃さんはずっとこの調子だった。ずっと私のことを、敵を見るかのような目をして、私がそれに気づくと、ぷい、とそっぽを向く。


 本当に、どうしたものか。


 とりあえず、敵視している理由ぐらい教えてくれないと、対処のしようがない。


「……あの、七原さん。良ければ、外に出て食べませんか? 天気もいいですし」


 険悪な雰囲気を感じ取ったのか、静原さんが気をつかってそう申し出てくれる。私はこのままでも構わないが、静原さんを巻き込んで美味しくないお昼にさせるのも申し訳ない。


「あ、そうだ。ちょうど頼まれてた用事もあるんだけど、それに付き合ってもらっていい?」


「用事……ですか?」


「うん。うちの兄さんからね」


 作画の参考資料に使いたいとかで、昨夜、七希から、校舎内の風景を写真に収めてほしいとお願いされたのだ。他にも生徒(女子)の写真を数枚お願いされたのだが、それはもちろん却下した。


 ということで、藤乃さんからは一時撤退である。


「……負けないから」


「え?」


 静原さんと一緒に教室を出ようとしたとき、藤乃さんが何かを呟いたような……気のせいだろうか。

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