第22話 勧誘


「ふんす~、ふんす~」


「七原さん、気合入ってますね……」


 ある日の午後、昼休み明け。静原さんがちょっぴり引くぐらい、私は鼻息を荒くしていた。


「うん。だって、ようやくの部活動紹介だからね。私、これをずっと楽しみにしてたんだ」


 ウチの高校は、特段の事情を除いて、必ず『部活動・同好会、または生徒会活動、もしくはその両方に所属』することが推奨されている。


 部活動。それはまさしく出会いの宝庫(と私は思っている)だ。


 同級生、先輩、後輩。それらが一丸となって、大会の優勝やコンクールへの入選など一つの目標に向かっていく。


 そしてその過程で芽生える部員同士での恋心。創作の場でも必ずといっていいほど出てくる舞台だ。


 中学ではちょっと失敗してしまったが、高校でも、出会いの王道であることは変わらない。


 もちろん、同じ轍を踏まないよう、対策は考えている。


「部活動ねえ……私は今の仕事がそんな感じだし、興味ないなあ」


「アリアはどこか部活に入る予定はないの?」


「ん~? ああ、私は『特段の事情』によりパス。こう見えて仕事人間だし」


 気だるげにスマホをいじりながら、アリアが言う。先日の一件から、アリアは私や静原さんと一緒にいることが多くなった。


 授業中や他のクラスメイトと接するときはアイドルとして振る舞っていることがほとんどだが、昼休みの時など、隙を見ては、こんな感じでだるそうにしている。


「おい、そこの三人。だべってないで、さっさと教室から出ろ。鍵閉めるから」


「あ、は~い、先生! ほら、行こ? 七香、鈴」


「「……はは」」


 切り替えぶりは相変わらず完璧。というか、以前よりもONOFFの切り替えがきっちりとしている気がする。


 一応、お節介を焼いた甲斐はあったということだろうか。

 

 

 照明が落とされ、暗幕の張られた体育館では、各部活が趣向を凝らして撮影されたと思われる紹介映像がスクリーンに映し出されていた。


 真面目に紹介したり、もしくは笑いを取りに行ったり。各々の方法で新入生の興味を引いてもらおうと必死だ。


(あ、あの時のバスケ部の先輩)


 私がこそこそと体育館内を撮影していた時に鉢合わせた先輩が、スクリーンの端っこのほうに映る。ここからでもわかるぐらい、とってもやる気なさげな顔をしていた。


 なんとなく気持ち、わかる気がする。バスケだけ頑張ってればいいじゃん、ってそんな顔。


 ふふ、と私は吹き出した。


「……なに? 七香、ああいうのが好み? アンタより背低いんじゃん?」


「ち、違うよ。ってか、アリアそれ失礼」


 後ろからこっそり声をかけてきたアリアを私はたしなめる。


(まあ、しかし……)


 会った時から微妙に気にはなっていたが、残念ながら私は運動部に入るつもりは今のところない。入るとしたら女子バスケ部だが、そうなると中学時代の二の舞だ。


 体を動かしたいのは、今も変わらないのだが。バスケも決して嫌いになったわけではないし。


「そういえば、静原さんはどの部活に入るの? やっぱり文化系?」


「はい。本が好きなので、文芸部とか、そういうのがあれば」


「読んだり、書いたりもするの?」


「……そう、ですかね。多分」


「へえ、そうなんだ。いいね」


 私も本は好きだが、微妙に範囲が違いそうなので軽めの詮索で済ませる。


 七希の影響で、私の読む本といえば専ら漫画やラノベだ。成人向け以外で七希がイラストを担当している作品だが、まあ、だいたいエッチなものが多い。女の子にはハードルが高いものばかりだ。


 私は面白いと思っているけど。七希の絵はかわいいし綺麗だ。


 一通り紹介が終了した後、私たちには入部届が渡される。ここから大体二週間以内までに正式に入部を希望するところを決め、提出しなければならない。


「う~ん……」


 HRが終わった後、私は悩んでいた。


 運動部ではなく文化系の部活に絞って考えていたのだが、特にこれといって惹かれるものがなかったのだ。


 主に恋愛的な面で。


「七原さん、悩んでますね」


「うん。ただいま認識の甘さを痛感しております」


 白紙の入部届を前に、私は机に突っ伏した。


 私は思っていた。運動部でも文化部でも、それぞれの部に一人ぐらいは格好いい人がいるものだと。


 確かに、いることにはいる。運動部は当然だし、文化部でも、吹奏楽部などのどちらかというと体育会系の部活には。


 それ以外は、なんというか。


(すいません、正直、きつかったです……)


 私が目にした映像にはなにが映っていたかは誰かの想像にお任せするとして、再びの長考である。


 必ずどこかに入らなければならないから、悩ましいところだ。


「あ、あの、七原さん」


「ん? 静原さん、どうかした?」


「はい、あの……もし、悩んでるんだったら……その、」


「うん」


「わ、私と、一緒に……」



「――あああ! いたいた! やっと見つけたよ、七原七香ちゃん!」



「え、ふえっ!?」


 静原さんが何か大事なことを言おうとしたところで、体操服にビブスをつけた女子生徒が教室に乱入してきた。


 ジャージの色は青。体操服などの色も、制服のリボン同様色分けされているから、つまりは三年生だ。


「ねえ、あなたっ!」


「は、はいっ」


 遠慮なく私の前に立って、先輩は呆気にとられる私の両手をとった。


 ものすごく瞳がきらきらと輝いている。


「あなた、七原選手の妹でしょ。ブラックサンズの七原七美! 私、ファンなんだ。あ、私は伊辺里依紗いべりいさ。女子バスケ部の三年ね。よろしく」


「え、あ、はい。どうも」


 なんだか、またおかしなことになりそうな気がする。

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