第23話 勝負?

 七美兄ちゃんのファン、ということは、当然私のことも知っているだろう。入学式の時の代表挨拶で名前も出ているし。


「ねえ、七原さん」


「あの……結構です」


「まだ何もいってないけど!?」


 言われなくてもわかる。


「『君、女子バスケ部に入らない?』ですよね。あの、お断りします」


「なんで? お兄さんから習ってて、めちゃくちゃ上手いんだよね? いつかのインタビュー記事で七美さんが言ってたのに。あ、私、七美さんの記事、全部スクラップして取ってあるんだ」


 私も雑誌に記事が載れば読んでいるが……そんな一行二行で終わるような内容までは覚えていない。


 この人、相当なファンだ。


「せっかく才能があるのに、もったいないよ! それともどこかもう入るところ決まってるの?」


「え? あ、いや、まあ……」


 私はさりげなく入部届を後ろに隠す。どこにするか悩んでいるんです、なんて言ったら、今でさえしつこいのに、さらに輪をかけて面倒くさいことになりそうだ。


「どこ? どこに入部するの? 陸上? バレー? 私が今から顧問の先生に直談判して、入部を取り下げるよう言って――」


「おいそこのアホ」


「んがっ――!?」


 マシンガンのように放たれる勧誘ジャブに私が翻弄されていると、ごちん、と鈍い音が伊辺先輩の頭から。どうやら誰かから拳骨をもらったらしいが――。


「岡田……アンタ、なぜこんなところに」


「『勧誘の時間だァ~ッ!』って奇声を上げながら体育館から出ていったら、誰だって追いかけるわ、アホ」


 そこにいたのは、さっきまでスクリーンの中でつまんなそうな顔を浮かべていた先輩だった。


 岡田先輩っていうのか。


「あ、あの時の……」


「よ。そういうお前は盗撮女子」


「とっ……!? な、七原です!」


 なんて不名誉なあだ名を。だが、事実は事実なので、反論できないのがちょっぴり悔しい。


「邪魔だてするな岡田っ! 私は女子バスケ部のため、将来の絶対的エースを確保しなきゃならないの!」


「ふうん……ところで七原、お前、女バスに入る気あんの?」


「あの……ありません」


 どれだけ頼まれても、答えはNOだ。


 バスケは好きだが、部活動としての活動は中学まで、というのは心の中で決めてしまっている。


「そうか。なら、邪魔したな」


「んぐっ?! こ、こら岡田、首根っこを掴むな!」


「帰るぞ。いくら粘ったって、こいつは勧誘には乗らない」


 伊辺先輩を引きずって、岡田先輩は教室を後にしようとする。やけにあきらめのいい。


「……いいんですか?」


「当たり前だろ。やる気ない奴が入ったところで部は強くなんてならない」


 まあ、至極当然の意見である。団体競技で一人上手い人がいても、他がダメなら勝利なんて夢のまた夢だ。私も、中学時代はそんな感じだった。


「くっ、岡田の言うことも確かに一理ある……わかったわ。じゃあ、勧誘はあきらめましょう」


 どうやら伊辺先輩もわかってくれたようだ。入部するまでこの状態が続いたらどうしようと思っていた。


 ひとまず、助けてくれた岡田先輩に感謝――


「じゃあ勝負よ、七原さん!」


「「…………」」


 だめだ、この人全然わかってなかった。


 先輩にこんなことを言うのは失礼かもしれないが、アホだ。


「あの、勝負って……」


「半コートを使った一対一、先に三本シュートを入れたほうが勝ち! 私が勝ったら七原さんは入部、負けたら私は金輪際関わらない。これでどう?」


「いや、勝負ってお前なあ……」


「いいですよ。その勝負、受けます」


「「っ……!?」」


 先輩二人が驚いたような顔で私を見る。顔は同じだが、考えていることは違うだろう。


「え? いいの? 勝負、受けてくれるの?」


「はい。そのかわり、ちゃんと約束は守ってくださいね?」


「うんうん! 守る、超守る! ありがとう、七原さん!」


 すでに入部したかのように喜ぶ伊辺先輩。


 伊辺先輩は、岡田先輩が言うようにアホかもしれない。


 でも、私は七原七美の妹だ。こういうもろに体育会系のアホなこと、なにげに私は嫌いじゃない。


「いたよ、ここにもアホが……」


「先輩、審判お願いできますか?」


「ったく、しょうがねえな……」


 呆れながらもあっさり私のお願いを聞き入れてくれたあたり、先輩も嫌いじゃないのかも。


 盗撮女子だなんて言われて少しむっとしてしまったが、私のなかで岡田先輩の株がちょっとだけ上がった瞬間だった。


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