第24話 一対一


 「……久しぶりだなあ」


 体育館の中心で、感触を思い出すように私はボールをつく。


 だん、だん、と床を響くボールの音と、シューズから鳴るきゅきゅっという足音。


 中学時代、部活に打ち込んでいたときの感覚が取り戻されていく。


 試合用のシューズがあればもっと完璧だったが、それは自宅に大事にしまってあるので、体育で使うもので代用する。


 私がバスケットボールを始めたのは、小学校に入学した時。


 もちろん、七美兄ちゃんの影響だ。当時兄ちゃんはまだ高校生だったが、そのころからすでにプロレベルとされるぐらいに上手くて格好良くて。練習するときは、兄ちゃんの真似ばっかりしていたと思う。 


 シュートモーションやドリブル、パス、ディフェンス、フェイントの入れ方など、癖は七美兄ちゃん瓜二つ。


 違うのは身長と性別ぐらいだな、と誰だったかに言われたこともある。


 ゆっくりとドリブルしながら、スリーポイントラインの外側で立ち止まった。


「――っ」


 深呼吸し、私はその場からシュートを放つ。


「うん、よしっ」


 手ごたえ十分。これは入る、と私は確信した。


 ふわり、と綺麗な放物線を描いたボールは、リングにまったく触れることなく、静かにゴールへと吸い込まれた。


 イメージ通りの、完璧なシュート。


 卒業式以来ボールにはほとんど触っていなかったので心配だったが、ブランクによる大きな感覚のずれはないようだ。


「お、おおう……」


「あの、先輩?」


「ふぇっ!? な、なにかしら?」


「いえ、私はもう大丈夫なので、そろそろどうかなと」


「あ、そ、そうね。それじゃあ早速勝負を始めましょうか」


 大したことをした覚えはないが、さっきのシュートで、伊辺先輩はすっかり私に圧倒されているようだった。


 この勝負……大丈夫だろうか。


「んじゃ、改めてルールを説明する」


 ボールを持った岡田先輩が、コート中央のサークルに立つ。


「半コートを使った一対一。攻守の切り替えは……まあ、ボールロストとか、シュートを外した時とかでいいか。そのほうが時間もかかんねえし。いいよな?」


「オッケーよ」


「わかりました」


 そして三本、シュートを先に入れた方が勝ち。スリーポイントはもちろん関係なし。


「そんじゃ、どっちが先にもつ?」


「それはもちろん、七原さんのほう――」


「いえ、伊辺先輩でいいですよ。私は後攻で」


 そう言って、私はゴールから背を向け、少しだけ腰を落とす。ボールを持つ気はない。


「舐められてんぞ、伊辺」


「ふふ……上等。ますます七原さんを仲間にしたくなったわ」


 瞳にいっぱいの闘志をみなぎらせたという感じの伊辺先輩が、岡田先輩からボールを受け取る。


 こんなイキった真似をするのは正直気が引けるが、これで先輩とも熱い勝負が出来るだろう。


「ファウルの時は、状況関係なくフリースローな。……はい、試合開始」


「いよっしゃー!」


 岡田先輩の合図と同時に、伊辺先輩が大声ともに私に突っ込んできた。


 体格はわずかにあちらのほうが上……強引に力で私のディフェンスを突破するつもりなのだろう。


「ほらほら、一本いくよ!」


 ファウルにならないぐらいの微妙な押し具合だが、それでも、ブランクのある私を押し込むには十分である。


 たまらず、私は上半身の体勢をずらした。


「隙あり――!」


 抵抗が弱まったのを見計らって、先輩が一気に私を抜きにかかる。

「いえ、まだです」


「えっ……!?」


 しかし、その瞬間、先輩の持っていたボールが、何かに弾かれたようにしてコートの外へ。


 もちろん、カットしたのは私だ。下半身は残したまま、上半身にのみフェイントをかけて釣り、先輩の死角から素早く手を伸ばしてボールをはじき出したわけだ。


 もちろん、ボールにしかいっていないので、ファウルはない。


「ふう、危なかった」


「むむっ、さすがにやるっ……!」


「はい、攻守交替。次、七原」


 ボールを受け取り、今度は私がゴールのほうを向き、先輩と相対する。


「……先輩、いいんですか? そんなに私から離れて」


「は――」


「シュート、打ち放題ですよっ」


 そうして私は、スリーポイントラインのはるか外側、センタサークルに近い場所からシュートを放った。


 小さいころ、体格に差がありすぎる七美兄ちゃんとの一対一で、私が点を取るための最も有効な手段。


 シュートが防がれるなら、防がれないところから放ってしまえばいい。


 成功率が落ちる分は、とにかく練習をしまくることで補った。


「よしっ」


 練習の時にいつも感じていた、うまくいった感覚。私はシュートの瞬間、小さく拳を握った。


 これで一本先取。

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