第9話 初日終了
つつがなく入学式が執り行われる中、私の心拍数は徐々に上がっていく。
私の出番が近づいてきていた。
心細くなって、私は退屈そうに来賓の話を聞いているクラスメイトたちの中にいる静原さんをみた。
「……!」
目が合ったのだが、すぐに逸らされてしまった。多分『いい加減に腹をくくれ』と言ってくれているのだろう。
ユズの時もそうだが、仲良くなった子にべったりになりがちなのは、私の悪い癖だ。
入場の時に保護者席をちらりと見たが、来ると言っていた七希と美嘉さんの姿はない。仕事のこともあるし、遅れているのかもしれない。
「――新入生代表挨拶」
(きた……)
一年七組、七原七香。私の名前が呼ばれた。
「は、はいっ!」
少し声が裏返ったが、この場では誰だって緊張するもの。なので、及第点でいいはず。
息を吸って席を立ち、みんなの視線が一点に集中する壇上へ。
挨拶文はすでに机の上に置かれている。矢沢先生が考えたとのことで不安しかなかったが、案外文章は無難にまとまっているようだ。
喉奥からこみあげる吐き気をこらえながら、私は顔を上げ。
そして次には、私の思考はすべて消し飛んでいた。
(あ、れ?)
あとは文章を読み上げるだけだ。入学式におあつらえ向きの、形式ばった挨拶文。
だが、始まりの単語の読み方がわからない。別に難しい感じではないが、どうしても出てこない。緊張で飛んでしまったか。
「…………」
マイクの前で目を泳がせて、私は紙をもったまま俯くことしかできない。
適当に読んでしまうか。それともそこだけ読まず、続きから読むよう上手くごまかすか。
どうしよう。
迷ってしまうと、先に進まない。
さすがにじっとしている時間が長すぎたせいか、会場内がざわざわとし始める。
(やばい。これはやらかしたかも……)
嫌な汗が私の首筋を伝う。
突然のこととはいえ、こんなつもりじゃなかったのだが。
「おい七原、大丈夫か?」
矢沢先生も心配したのか、ステージ脇にまで上がってきて私に声をかけてくる。
口だけ笑みを作って、私は小さく首を横に振った。
「ったく、しょうがねえな……おい藤乃、やっぱり七原の代わりにお前が――」
矢沢先生と同じく脇に控えていた藤乃さんが、私と入れ替わり檀上に出ようとしたとき、
「たのもおおおおおおおおおお!!!」
と、いう叫び声が、体育館中に響き渡ったのである。
「えっ……!?」
ざわ、と会場全体がざわつく。
「七香、何やってんだ! そんなけったいなモン、捨てちまえ!」
そう私を指さして言ったのは、銀髪に七色のメッシュを入れたお馴染みの兄、七希だった。
隣にはぺこぺこと周囲に頭を下げている美嘉さんもいる。
「カッコイイとこ、親父とおふくろに見せんじゃなかったのか? お前がそんなんじゃ、ふたりとも心配しておちおち成仏もできねえぞ!」
ブランド物のスーツに身を包んだ七希の腕には、両親の写真が抱えられている。
若いころの、ちょうど私が生まれたころに撮影された笑顔の写真だ。
「――――」
「……七原?」
「あの、ご心配おかけしました。もう、大丈夫ですから」
「藤乃に変わらなくていいのか?」
今度は力強く頷く。
格好悪いところは、見せられない。
「……私はかわいいところが見せられれば、それでよかったんだけどな」
ふ、と笑って、私は紙を足元へと落とし、自分の言葉で、今日のこの日を迎えた気持ちを喋り始めた。
緊張による体の震えは、いつの間にかどこかへと消えていた。
「――で、なんだかんだで初日は上手くいったわけね」
初日を終えた後、私はすぐにユズに今日のことを電話で報告した。
ユズのほうかどうだったか聞いてみたが、これから一か月ぐらいは『見定める』期間で、実際に行動を起こすのはその後らしい。
……なんのことかわからないので、とりあえず相槌だけ入れておいた。
「いや、実は僕も心配だったんだよ。彼氏を作る前に、まずは同性の友達が必須だからね」
「そうなの?」
「そうだよ。友達からの紹介で付き合うことも結構多いんだから。合コンとか」
「合コン」
実はちょっとだけ憧れている響きが飛び出した。合コン。
中学のころは誘われることがなかったけど、今後はそういった遊びの誘いもあるだろう。
「ところで、人見知り気味のカーちゃんが良く初日で友達なんて作れたね」
「ちょっとそれ失礼だよ。……まあ、静原さんが私に話かけてくれたおかげなんだけど」
きっかけが緊張による吐き気というのが情けないけれど。
「静原さんっていうんだ。ま、初めて自分の力で作った友達なんだから、大事にしないとね」
「もちろん」
今日は七希と一緒に美嘉さんの車に同乗して帰ったが、明日以降の下校は、誘ってみることにしよう。
「しかし、女の子ばっかりのクラスかあ……それはちょっと予想外の展開だったね」
「まあね。でも、ちゃんと私にだって打つ手は考えてるよ」
「お? やる気だねえ。ちなみに、どんな作戦?」
「それはね――」
私、七原七香の、色々目白押しだった女子高生初日はこうして更けていく。
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