第16話 不思議なともだち(静原鈴)


 ☆



「あら、おはよう、鈴。今日はいつもより早いわね」


「うん。ちょっと、そわそわして。目、覚めちゃった」


 朝ご飯の準備をしていたお母さんが、ちょっとだけ驚いた顔をしている。


 この時間、いつもなら私は絶対にベッドから出てこない。


 学校に行きたくなくて、でもやっぱり行かなきゃいけなくて……なんてことを布団の中に潜り込んで葛藤していたからだ。


 学校は辛いところで、私はいつも自分の小さい体をさらに縮こませて、どこかから投げかけられる陰口に耐えていた。


 正直、高校でも状況はそんなに変わらないんじゃないかと思っていたのだが。


『――静原さんっ』


 とある人の笑顔と声が、私の脳裏によぎる。


 不思議な人だな、と思った。

 

 私が親近感を覚えるほど雰囲気が似ていて、入学式で緊張に耐え切れず空えずきを繰り返して。でも、いざとなったらとんでもない行動力と度胸がある。頭は良いし、運動神経だって抜群にいい。


 私に似てて、でも、全然私じゃない、そんな不思議な魅力を持った女の子。


 高校でできた、私の始めての友だち。


 その子に会えるのが、今はとても楽しみだったから。


「……へへ」


「どうしたの、そんなににやけちゃって」


「っ……な、なんでもないっ」


 お母さんがニヤニヤしてこちらを見ていたの気付いて、私は自分の顔が火照っているのを感じた。



「……あの、あの、七原さんっ」


 高校の最寄り駅で降りたところで、私は少し前を歩いていた友だちの背中に声をかけた。周りに人がいっぱいいたけれど、勇気を出して声を張ってみた。


「……七原さん?」


 だが、七原さんからは反応が返ってこない。


 聞こえなかったのだろうか。


 私は、小走りで前を行く七原さんに追い付く。


「あ、あのっ……」


「う~……なんかまだヘンなカンジ……美嘉さんのバカ……ついでに七希もバカ……」


 心ここにあらずといった感じで、七原さんはなにやらブツブツと誰に対して文句を言っているようだ。


 昨夜か、通学前か……なにかあったのだろうか。気になる。


 私は、いつものように七原さんの背中をつんつんとつついた。最初に声をかけた時と同じ力加減のはずだったが、


「――ひゃんっ!?」

「えっ?」


 私がつついた瞬間、七原さんは、弾かれたみたいにその場で飛び上がった。


「っ!? な、なんだ静原さんか……」


 ようやく私に気づいてくれたようだが、少し様子がおかしい。


 猫みたいにびっくりして飛び上がったのもそうだが、額にじんわりと汗がにじんでいて、顔も全体的にほんのりと赤く染まっている。


「一緒に学校に行こうと思って声をかけたんですけど……あの、大丈夫、ですか? お顔、すごく赤いですけど」


「えっと……あんまり大丈夫じゃない、かも」


 わずかに逡巡した後、七原さんは私にだけ聞こえるようにこっそり耳打ちする。


「やっぱりなにかあったんですね」


 昨日のことがあっての今日だから、多分そうなのだろう。


「静原さん……その、引いたりとかしない?」


「……ど、努力してみます」


 俯いて言った七原さんへ私は返す。本当は『引かないよ!』と力強く言いたかったが、ちょっと自信がない。


 なんか静原さんらしいね、と言って笑いながら、七原さんは私の隣に並んで歩きだした。


「昨日の花宮さんのことで、信用できる人に相談したんだけど……」


 昨日七原さんの身に起こったことと、そしてこれから七原さんがしようとしていることを私は聞いた。



 結論から言うと、努力もむなしく私は七原さんの話に引いてしまったわけだが――。

 

 やっぱり不思議な子だな、と朝からテンションをガタ落ちさせる七原さんを見て、私は思った。

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