第15話 そういうことじゃない


「東南アジアあたりで去勢させろ」


「やっぱり七希に相談した私が馬鹿だったよ」


 帰宅した夜、私は今日のことを七希に相談した。


 本当は美嘉さんにも相談したかったところだが、今は会社で、


『ごめん、今修羅場ってるんだ』


 というメッセージが送られてきたので、あきらめるしかない。


「しっかし、偉いクソオヤジに売り出し中の若いアイドルか……なんてベッタベタなシチュだ。手垢にまみれすぎて、食指が動かんな」


「そっちから離れてよ。一応、真剣な悩みなんだから」


「わかってるよ。……ったく、お前ってコミュ力低いわりには、そういう面倒事に首突っ込むの好きな」


「しょうがないじゃん……放っておけないんだから」


 頬を膨らませつつ、私は今日のおかずのから揚げを口に放り込んだ。


 高校に入ってから二日、『普通の恋愛をしたい』という本来の目標について状況は『進捗ダメです』だが、だからと言って花宮さんのことも無視できない。


 そんな状態で自分のことだけ考えるのは、なんとなく気が引けた。


「お節介なのはわかってるけど……お願い、知恵を貸して。できることなら、なんでもしてあげるから」


「なんでも?」


「う、うんっ」


「ほう」


 七希の瞳の奥がぎらりと怪しく光ったような気がする。


 こういう時の七希は大抵いかがわしいことを考えているが、そういう時のほうがいい知恵が出てくることを、妹の私はこれまでの経験でよく知っている。


「……アイドル、そして俺の妹……最近の市場……タマブクロにも言われていたし……」


 ブツブツ言っている。どうやら解決する気は起きたようだ。


「……ん、よし、わかった」


 しばらく考えたのち、良さげな策が浮かんだようだ。


 いったい、どんな一手を……。


「七香、お前、その花宮アリアとかいうアイドルとイチャイチャしろ。触りっこだ」


「…………」


 やっぱり七希に相談した私が馬鹿だったようだ。


「なんだ、言っている意味がわからなかったのか? お前が花宮アリアの体に抱き着いて、制服の隙間に手を入れつつ、首筋やら〇〇やら××やらを触って濃厚な百合プレ――ぐえッッ!?」


 私はテーブルの下から、七希の股間に蹴りをお見舞いした。


「わ、わかってるっての! 私はアンタの妹だぞ! 非常に遺憾だけども!」


 つまりは花宮さんにエッチなことをしろということだ。


 だが、なぜそんなことをしなければならないのか。言っておくが、私はいたって普通の、ノーマルな性癖の持ち主だ。と思う。


 女の子同士とか、そういうのにはもちろん抵抗がある。マンガやラノベなどで、そういう題材の作品を読んだりはするし、好きな作品も中にはあるが、それはあくまでフィクションで、ノンフィクションの世界にまでそれを持ち込んだりはしない。


「ひ、ひとまず落ち着けよマイシスター……その花宮というアイドルの状況を考えてみろ」


「花宮さんの?」


「ああ。花宮アリアの取り巻く状況から考えると、結局はセクハラ行為を回避するのは難しい。なら、花宮アリアに強くなってもらうしかないということだ」


「強くなる、ってつまり触られても動じないよう、慣れるしかないってこと?」


「そうだ。慣れるためには経験値を積まないとな。ゲームと同じだ、ステータスは上がらない。レベルは上がらない」


 その経験値を私で積んでレベルを上げろと、七希はそう言いたいようだ。慣れて、上手いあしらい方を覚える。


「セクハラをしているというヤツが花宮アリアにしつこいのは、彼女が過剰に反応するからだ。それを楽しんでいるからな。クソリプを送ってその反応を楽しむたわけと似たようなもんだ。こういう仕事だからな、俺にも経験はある」


「でも、私、そんなのわかんないよ。その……女の子の触り方っていうか」


 経験値ゼロの私が触ったところで、花宮さんの経験値にならないと思うのだが。


「だな。だからこそ、まずはお前に経験を積んでもらわんとな」


 そうして、七希はポケットからスマホを取り出して、どこかに電話をかけ始めた。


「……おう、俺だ、黄七だ。タマブクロ、お前のところで新作を書いてやるから、その打ち合わせを今からするぞ。……あ? そんなの知らん」


 やっぱり美嘉さんに電話していた。


 忙しいというのに……本当に兄が申し訳ない。


「……あれ?」


 と、ここで私にとある疑問が浮かんだ。


「どうしたマイシスター」


「私がまず経験を積むということは、私、その、」


 美嘉さんに『触られる』ということにならないだろうか。


「心配するな。ヤツはその道のプロだ。優しくしてくれるさ」


「そういうことじゃない」


 というか、その道のプロとは。


 なんだか、どんどん私の考える『普通の女子高生』から乖離していっているような気がしてならない。


 果たして私は元の道に戻ることができるのだろうか。

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