第17話 偽りの離婚理由と真実を知りたい勇哉
突然、琉生が来てくれてから一夜が明けた。昨夜は、面会時間が終わるまでずっと居てくれたお父さんと琉生。家族や幼馴染は長い間逢っていなくても、逢った瞬間逢えなかった期間が埋まるものなのだと、実感した時間だった。
1週間の点滴治療のあと、検査をして問題がなければ退院出来る。退院したらお父さんの待つ家に帰れると思うだけで、体調も良くなったような気がする。よく、”病は気から”と言うけれど、本当にそうだと思った。
お父さんたちが来てくれてから、4日が過ぎた。
食事も残さず食べられるようになり、声も少しずつ普通の会話をしても苦しくならなくなっていた。体調は目に見えて良くなっていることは、私だけでなく看護師からも聞かれた。
「藍子さん、最近ご飯も完食だし、息も苦しくなさそうですね」
いつの間にか、どの看護師も私のことを”鎌倉さん”ではなく”藍子さん”と呼ぶようになっていた。もしかしたら、私が鎌倉でなくなることを知っているのだろうか?私は、看護師に聞いてみたくなった。
「あの…もしかして、うちの事情、知ってます?」
看護師は、驚いた様子もなく、
「はい。知ってます。この病院、理事長が鎌倉さん…あ、藍子さんの義理のお父様なんです。愛川先生は、藍子さんのご主人のお姉さまの息子さんなんですよ」
看護師からの新情報に驚いたが、言われてみればあの無表情は鎌倉の家と関係があるなら納得できる。
「そうなんですね。私、全然親戚関係を教えてもらっていなくて知りませんでした」
「鎌倉家は、結婚式に甥や姪は出席しませんからね」
看護師は、鎌倉家を良く知っているようで、さらっと言った。確かに、結婚式には自分より若い人はいなかった。違和感はあったが、それがなんだったのか今になって解明した。確かに勇次郎にはお姉さんがいた。しかし、特に挨拶を交わした覚えもなく、結婚してからも一度も会っていないから既に顔を忘れてしまっていた。
藍子は、まだ姉がふたりとも一緒に住んでいた頃は、とにかく仲が良かった。ゆう姉がまだ生きていた頃は藍子はまだ成人していなかったし、大人になってから姉妹仲がいいままだったかは、分からないが恐らくみんな近くに住んでいて、普通の生活をしていたら、今でも連絡は取りあっていただろう。
鎌倉家は、外に出た人間とはあまり接点がないのかもしれない。本当に、不思議な家だと改めて思った。
看護師は、点滴を交換して、
「では失礼します」
と言って病室を出て行った。離婚寸前で、鎌倉家の新たな発見をするとは思っていなかったが、この病院に運ばれたことや、主治医が愛川になったことなどはすべて鎌倉家の指示だったことも分かり、自分が嫁いだ先が想像以上に大きな組織だったことが分かるとは思わなかった。
改めて、私はただ子孫を残す為だけに鎌倉家に嫁ぎ、家系などを覚える必要もなかったという立場に気づかされたが、それもあと少しで自由になれると考えるだけで、〈別にいっか〉と思えてしまっていた。両親のようにお見合いでも時間をかけて相手を想える存在になる夫婦もいれば、最初から想い合うつもりもない夫婦もいる。これが恋愛からスタートした結婚だったら、どんな感じになるのか想像してみたが、恋愛経験がない私の想像力はたかが知れていた。
参考になるのは、両親か琉生の家のお父さんとお母さんしかいないのだ。どちらも最終的には、相手を思いやり、言いたいことも言い合える夫婦。琉生の両親が見合いか恋愛かは聞いたことがないが、この2組の夫婦しか参考にするパターンがない中での想像だ。
夫婦は仲が良い…
これ以外の想像がつかないことに、我ながら情けなくなった。そんなことを考えて落ち込んでいると、ドアをノックする音がした。
「はい」
私が答えると、ドアがゆっくり開いた。そこに立っていたのは、私の息子、勇哉だった。
「勇哉!来てくれたの?」
「具合どう?」
「入って。具合はだいぶいいよ。来てくれてありがとう」
「お母さんに聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
勇哉の顔は、少し険しかった。鎌倉家の人間のわりに、感情をしっかり出してくれる勇哉は、あの家にいて唯一私がホッとできる相手でもあったし、勇哉も勇次郎と話す時とは違って私と話す時は、敬語は使っていなかった。私がそれでいいと教えたからだ。
「どうしたの?聞きたいことって?」
私が、聞き返すと勇哉は一度廊下を見てから病室に入ってきた。何かを気にしている様子だったのが気になったが、気付かないふりをした。
ベッドの方に向かって歩いてくる勇哉の姿に、ほんの10日ほど逢わないだけなのに、身長が伸びたような気がした。
「背、伸びた?」
「そんな短期間に伸びないよ」
「そっか。そうだよね…で、聞きたいことって何?」
私の問いかけに、なんだか聞きにくそうに下を向いたまましばらく黙っていたが、
「お母さん、お父さんを裏切ったって本当?」
と、予想外の言葉が飛び出した。更に、
「鎌倉家を捨てるために、病気の振りをして倒れた振りしたら、本当に病気が見つかったから、お父さんはお母さんを鎌倉家から追い出すことにしたって言われたんだけど」
予想外の言葉は続く。勇哉は真剣な顔のまま続けた。
「その話を聞いた時は、俺も腹が立ったけど、よく考えたらお母さんがそんなことするわけないんじゃないかって思えてきて…お見舞いには行くなって言われてたからずっと来られなかったんだけど、やっぱりスッキリしなくて」
ひとこと言うごとにドアへと向かい、ゆっくりドアを開けて廊下を確かめる姿に私は、勇哉が何かに怯えているようにも見えた。勇哉はさらに続けた。
「鎌倉の人間だから、時間外だけど入れてくれたけど、誰かにこの話聞かれたらまずいかな?って思って…」
もう一度廊下を確かめたあと、私の方に向かって歩いてきた。驚きすぎて、返す言葉が見つからないでいる私を見て、
「やっぱ違うよな。おかしいと思ったんだ」
私の表情だけで、何かを悟ったように勇哉は言った。まだ言葉が見つからないでいる私に、
「驚かせてごめん。俺、お父さんに『もう逢う気はないな』って聞かれて黙ってたら『お母さんにも逢う気はないと伝えておくから安心しろ』って言われちゃって…多分、お母さんには、そう伝わっちゃったんだって思ったら、ちゃんと俺は言ってないってこと、伝えたくて来た」
どこから理解していったらいいのか分からなかった。でも勇哉が逢う気がないと言ったわけではなかったことだけは、すぐに理解できた。
「やっぱり勇哉は言ってなかったんだね。おかしいと思ってたんだ」
最初の方は、まだ理解できなかったため、理解できたことに対して答えた。勇哉は、何度も「ごめん」を繰り返していた。
「勇哉は何も悪いことしてないでしょ?それより、これから卒業や就職、結婚があるのに見届けてあげられなくてごめんね」
私がそう言うと、
「なんで、離婚することになったの?」
と勇哉が聞いてきた。私は言葉が詰まった。まさか、病人は不必要だから返却するという趣旨のことを実の父親が、実の母親に対して言ったとは言えない。
勇哉は黙ってこちらを見て、私の答えを待っていた。
〈なんて言ったらいい?本当のことなんて言えない。かといって勇次郎の説明はすべてが嘘だからそれは訂正しなくちゃ勇哉が混乱する。どうすればいい?〉
私は、何と言ったらいいのか、いい答えが見つけられずにいた。
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