第38話 藍子、近況報告だ
「藍子。今日は、10回目の命日だな。俺ばっかり年取っちゃって、今年はもう還暦だ。こうして墓の前で近況報告するのが命日の恒例になってから10年が過ぎたんだな」
「勇哉が社長になってから、あの会社は相変わらず成長を続けてて、グループ全体から慕われてるって話は、去年したよな。
そう言いながら、墓の前に座った。毎年、折り畳みの椅子を持ってきては、その1年間にあった話をじっくりするのが恒例となっていたのだ。
勇哉と咲良の子供は、男の子で、
「勇貴は、さすがに勇哉の子供だけあって、自分の意見をしっかり持っているよ。咲良も物事はっきり言う性格だし、なかなか怖い母親みたいだ。勇貴は、よく勇哉と一緒に俺んちに来るんだけど、『お母さん、怖いんだよ』って怒られた時のことなんかを教えてくれる」
琉生は、勇貴の口調を真似しながら、藍子に報告した。
「俺、なんか、孫を見ている感覚だ。藍子がいたら、きっと勇貴には甘いおばあちゃんになるだろうなって思うくらい、可愛いぞ。これ、入学式の前に家の前で撮った写真。ランドセルに背負われてるよな」
そう言うと、スマホにあった勇貴のランドセル姿の写真を墓に向けた。それを琉生も見ながら、
「ホントに、イケメンだろ?ま、勇哉に似ても咲良に似ても、いいところしかないから当たり前っちゃ当たり前なんだろうけどな」
と笑いながら、スマホをしまうと、
「で、正真正銘のおじいちゃんでもある勇次郎だけど、最近じゃ、仕事のほとんどを勇哉がやってるもんだから、時間があるらしく、俺を呼びつけて、鎌倉家で一緒に飲んだりしてる。そういう日は、俺、鎌倉家に泊まってるんだ」
勇次郎と連絡を取るようになったのは、最近のことで、きっかけは、勇貴の進学に関して、公立校を知らない勇次郎が、琉生を頼って連絡をしてきたことだった。大学以外は公立校だった琉生に、公立校のメリットやデメリットを聞きたかったらしい。
相変わらず、まだ生真面目な部分は健在だと琉生は藍子に語り掛けると笑った。
「そう言えば、咲良。勇哉にツッコむ時、藍子みたいにテンポがよくて、藍子と重ねちゃう時が多いんだ。なんか、藍子と俺を見てるみたいだ」
咲良は、頭もよく、性格もよく、勇哉のサポートをしっかりやってくれるし、勇哉もまた、咲良を大切にしているいい夫婦だということも毎年のように伝えていた。
どれくらい、墓の前に居ただろうか。ふと人の気配を感じた琉生は、気配の方を見た。そこには、藍子が笑顔で立っていた。
「藍子?」
琉生は思わず立ち上がった。座っていた折り畳み椅子がパタリと閉じ、そちらに気を取られた琉生は、一瞬藍子から目を離した。
そして、再び藍子を見ると、そこには誰もいなかった。
しばらく呆然としていた琉生だったが、やがて、
「安心しろ。藍子の分まで勇哉や咲良、そして勇貴のことを見守ってるから。しょうがないから、俺がお母さんでもおばあちゃんでもやってやるよ」
藍子が立っていた方を向きながら、琉生はそう言った。
「さてと。俺もそろそろ帰るかな。おじさん、おばさん、由布ねえ、藍子。また来るからな」
墓に向かってそう言うと、琉生はその場を離れていった。
琉生の後姿を、藍子は笑顔で見つめていたことにも気付かずに。
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