最高の人生

あかり紀子

プロローグ

「ねぇ。私、笑えてる?」

「すっごくいい笑顔だよ」

「そう。良かった」

「そうだね」


人は人生を終える瞬間にしている顔が、その人生に満足していたかどうかを表すといわれている。

藍子は、とびっきりの笑顔だ。


あんなに辛いことばかりだったのに…


あんなに人のことばかり考えていたのに…


あんなに愚痴っていたのに…


今、目の前の藍子は、間違いなくとびっきりの笑顔なのだ。その笑顔は、〈これでようやく自由になれる〉と言わんばかりに輝いていた。


そう。藍子の笑顔は、人生に満足したからの笑顔ではなく、不自由だった一生を終えられる安堵感からだった。


藍子の人生は、本当に波乱万丈だった。”事実は小説より奇なり”とはよく言ったものだ。藍子の人生は、下手な小説よりずっと人を惹きつけるものだった。


今、そんな人生に終止符が打たれようとしている。

お疲れ様。今までよく頑張ったね。君の一生を僕は忘れないよ。忘れないように、物語をしたためることにしたよ。


君が知ったら、怒るかな?

自分の一生がこんな形で残るなんて知ったら、どんな反応をするだろうか?


きっと、〈も~、やめてよね〉と言いながらも、にこりと笑って応援してくれるんだろうな。


君はいつだって誰かの笑顔のために生きていたんだから。

君はいつだって自分のことは後回しで誰かのことばかり考えて生きてきたんだから。


僕は知ってるよ。君は心が優しすぎて、誰かのためにすることが当たり前になっていたんだよね。本当はそれって誰にでもできることじゃないんだよ。そんなに簡単なことじゃないんだよ。


それに気付いてなかっただろう。


君はよく言ってたね。

「私に出来ることは誰にでもできることだけ」

と。でもね。君が当たり前にしてきたことを、僕にやれと言われても出来ないよ。


最期だから言っちゃうけど、

君がしてきたことは、君だから出来たことなんだ。他の誰にも出来ないことばかりだったんだよ。他の人なら、とっくに逃げ出していることにだって、君は逃げずに挑み続けた。


君は頑固者だったからね。僕や、友人がいくら「逃げろ」と言っても、いつだってにこりと笑って、挑み続けたよね。

逃げなかった結果がこれじゃ、報われない…

君はもっと幸せになってもいい人だったんだ。


神様はどうして生きている藍子に、もっと最高の人生を送ってくれなかったんだろう?


神様なんて本当はいないのかもしれないな。

もし居るとしたら…

神様の正体は、藍子本人なのかもしれない。

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